第三話『怪盗ノワールと探偵』


 ──科学者ちゃんが怪盗ノワールに説得されて仲間になったらしい日からちょうど一週間が経過した。


 あれから、僕の周りでは少しいつもと違うことが起きた。


 一つが夏服の解禁だ。殆どの人はだらしなくシャツを着崩して、暑そうにしてる。実際暑い。


 いつも通り僕の机を椅子がわりにしてる女子も、窓際でウェイウェイしてる(?)リア充くん達もそうだった。まだまだ夏でもなんでもないけど暑いから仕方無い。


「あっ、ふじのんおはよー!!」


「おっはよー!!」


 ……そして変わったことはもうひとつあった。


「碓氷くん、おはよう!!」


 黒峰さんから話し掛けてくるようになったこと、である。


「…………ぉ、」


 挨拶だけじゃないか? そう思う? そう思うならこちらをご覧ください。はい真後ろ。


「…………どしたの?」


 首を傾げて立ち止まりましたよー、ぴったり真後ろで立ち止まりましたよ。

 私メリーさんあなたの後ろにいるの。ちなみに僕の電話帳には妹しか載ってないですね……。


 僕の正面は女子グループに取られているから……? まあどうして立ち止まっ近!? 見上げれば、黒峰さんはにっこりと笑顔を浮かべていた。なんかこっちみおろしてる。こわっ。


 いや僕何かした?? こう、急に近付いてきたのか、思い当たる節が『怪盗ノワール』だけだもん。正体知ってるだけだもん、もう前に協力はできないって言っちゃったし、ほら僕の事はどう考えてもジャマイカ。じゃない邪魔じゃないか。暗殺されない?


 されますねー、間違いなく。


 しかも凄い笑顔!! 天真爛漫!! 満面の笑み!! 天使!!! かわいい!! 結婚して!!! いや最後のはキモいな。落ち着いてくれ。


 僕の頭をフル回転させて記憶という記憶を掘り返して見ても、僕を見てそんな顔する人間は妹くらいしか知らない。


 ……あの妹がこんな顔をするときは僕を詰るときだけなんだよなぁ。天使の笑顔してるのは魔王みたいなこと言い出す前兆だ。


 結論.このえがおはとてもよくないものである。証明完了である(ガバ理論)。


 だから僕がここで黒峰さんに何かされる前にするべきことはひとつ……。


「ど、どうしたの? あ、もしかして僕席間違えてた? ごめんね?」


「「合ってるよ!?」」


 逃走であ…………ん?


 今、二人ぶん声が聞こえたような。黒峰さんだけじゃないと。はてこれはいったいどういうわけだろうか??


「なによ。別に合ってるんだから座ってりゃいいじゃないの」


 声を上げたもう一人、当然のように僕の机に陣取ってる金髪の女子が不満そうに僕を睨んだ。この女、かなり整った顔立ちをしているからか、ガチで睨まれると凄い威圧感が凄いヤバいのでこわい。


「そうだよ碓氷くんは間違ってないよ」


 黒峰さんは僕の両肩をポンと上から押さえ込んでくる。そして前のめりになり「ね?」こっちを覗き込んでくる。


 しかも前屈みになったことで特定の部分が後頭部に接触。これはなにか、見ずとも分かる。


 そう────おっぱいだ。


 昨日までは冬服で上着に隠されていたが、今日から夏服でヤバいしかもシャツの第2ボタンまで外した状態圧倒的存在感がヤバいなんか後ろ髪に掠めてるしぶつかっててヤバいしっていやいや待て待て僕は一切見てないから想像だし妄想だよ本当はただシャツが掠ってるだけかもしれないそうだ絶対そうに決まってるわね。


 だってほら、黒峰さん何事もないような顔で僕を見てるし。前を見てる僕の視界の上の方からそんな顔が見えてるし。いやこれ前来すぎでは?


 そもそもまだ黒峰さんが僕のことを『秘密を知っていて処分しなきゃいけない奴』と思っている可能性は僕はまだ捨てていない。油断はダメだ。


 人間の意識の八割は悪意と害意で出来ている。そうだ。学校一の美少女でも例に漏れず、その裏には悪意、もしくは何らかの狙いがあるはず。じゃなきゃ、おかしい。


 僕がここで指摘するのは相手の事を意識しすぎと指摘したが最後『えー、なに意識してんのwキモ……(真顔)』とでも悪意たっぷりに言われたら死ぬけど。


 そもそも一週間、やたら話しかけられるようになったけど、たかが一週間だ。億が一、好意的な意味合いで近付いてきてたとしてもそれは一時的なブームかなにかだ。すぐに離れていくだろう。


 だって、僕は────、


「────また黒峰さんはアイツ……誰だっけ?」

「────羨ま……ころす……誰だか知らんが」

「────あれ当たってるだろ、なんでアイツは爆発しないんだ? つか誰?」

「────かげうっすいですわね……なんなのですあの男は……!! なんであんな奴にお姉様が……!!」


 ────なんて具合にボロカス言われているのが現実である。そんな悪意の塊を目の当たりにしたら、役得だなんてとても。……お姉様??


 ていうか誰も僕のこと知らねえじゃねえか。もう一学期も中盤だぞ? ここまで低い認知度、さすが僕。ぼっちの化身。ぼっち神。もう誰も友達出来ないねぇ?? はー、僕は君たちの名前全員言えますが???


 …………って、現実逃避気味にそう考えたけど。



 ────



「…………ぅ」


 視線に慣れてない。注目されるのに慣れていない。意識されることに慣れていない。悪意を向けられるのに慣れてない。女子に触れられるのに慣れていない。一人でいないことに慣れていない。慣れていない。


 ────


 遠巻きに見ている人たちは陰口叩いても直接言いに来るほどではない。そして何故か近寄りもしないで遠ざかるので僕の回りの人口密度がドーナツ現象を起こしている。あれ、ストロー現象だっけ?


「っていうか、学校一の美少女だかなんだか知らないけど、急に何なの?」


「……?? 何ってなに? 碓氷くんに挨拶しただけだけど」


「ああ゛?? 藤乃、あんたが男子に下手に近付くと空気が悪くなんのよね。わかる?? わっかんないかー」


 何故か僕を挟んでギスり始める女子。やめてほしい。冗談は僕の机に座るくらいに抑えて欲しい。流れ弾が刺さる刺さる。ドス効いた女子の声って怖いよ、ふええ……。


 あ、やば、吐きそう。



「────おや、顔色がよろしくないようだが……君大丈夫かな?」



「ぇ」なんで分かったの、と僕は声の主を見上げる。


「は?」急に何なの? と声を掛けてきた男子を睨むのが一人。


「えっ?」嘘、碓氷くん体調悪いの!? と驚いたように僕を見詰めてくるのが一人。


「よろしければ、保健室にまで同行しよう」


 見覚えのない男子だった。


 明るめの茶髪の美男子……見覚えのない男子だ。


 えっとぉ……さっき自分の認知度マウントとった上でアレなんですけど、マジで見覚えがないよ……。もう人のこと言えないねえ??


「えっと…………はい」


 爽やかなイケメンにそう言われてしまえば、イエス以外はない。ぼっちは人気者に弱いので。


 実際のところ、この場から抜け出せるのであれば渡りに船。なんだかよく分からない感じだけど、手を引かれて教室を脱出したのだった。


 ……ところでこの人は誰ですか??






「────さて」


 暫く歩いたところで、彼は口を開いた。


「まず一つ、質問してもいいかな?」


 気取った感じの喋り方。


 まずなんだその『一つ』と言ったのに合わせて人差し指を立てる動作はカッコいいな!! そして自分の容姿が優れていると確信したような溢れる態度は何だ!! 演技っぽい所作が様になってやがる……イケメンめ……!!


 誰だか知らないが、目立ちそうな奴だし後で誰かしらに聞いてみようかな。じゃあ一生分からないままですね(ぼっちは気軽に質問できる相手がいない)(誰かなんていないので)。


 同じクラスにこんな奴は居なかったと思うんだけど。……いや、やっぱどこかで見たことがある……ような? わかんないや。


 で、えっと……質問してもいいかって?


 そんなの当然NOに決まっているじゃあないか!! だーれが知りもしない相手の質問なんて答えるかよぉ!! はー、まったくもー、僕知ってるよ!! 顔の良い奴はだいたい性格が悪いんだ(偏見)!!


 そう思った僕は、きっぱりと突きつけてやったのさ!!


「な、なんでもどうぞ!!!」


 ────まあ無理だよね。ぼっちはかっこいいにんげんによわいので(※個人の意見です)。


 嫌な視線から開放された反動でつい叫ぶような大きな声が出てしまったが、彼は不愉快そうにすることなくにこやかに頷いた。


「たしか君の後ろに居たのはこの学校で一番の美少女と定義されている黒峰藤乃、そうだね?」


「そうだよ? ……まあ、そうじゃなかったら何なのかわかんないけど」


「はは、そうだね。しかし彼女は今まで自主的に他人には近付かないとても奥ゆかしい人であったと俺が質問をした同輩達は皆口を揃えてそう言っていた。そんな彼女がどうして君のような影の薄い──……おっと、君を貶そうという意識はなかったんだ。すまない……怒りをおさめてくれるとありがたい」


「キレてないっすよ」


「そうかな」


 ええキレてないっすよ?? ええ。遠回しな喋りをしてるのもこう、顔もスタイルも良いとやたらと様になるよね。……いやちょっと無理だったけどね(怒)!!!


 というかなんですか、わざわざ僕みたいな薄い影よりも見えないぼっちの最下層みたいな存在にも噛みついてくるなんて……、あそっか────黒峰さんのこと好きなのか!!


 なるほどそれなら僕みたいなのが黒峰さんの隣の席に座ってたら目障りだよね!!? そうだよね! 学校一の美少女だもんね!! よく分かるよお似合いだよね!!!


 見た目は。


「なら話を続けさせてもら────」


「その前にちょっっっっと、いいかな!?」


 結構ムカついていた僕は、かなり悪意的に話をぶった切った。僕、激怒である。げきおこ。


 けれど彼は僕の怒りを意に介さず、聞き返してきた。


「おっと……何かな? 碓氷影人君?」


 ────えっ!?!?!? 僕の名前を知ってらっしゃるんですか!? えっ、ええー、まじかー。しってらっしゃるかー。まじかぁー!


 どうやら珍しいことに、僕の名前を知っているらしい。


 いや、普通にクラス名簿とかあるし知っててもおかしいことなんてなにもないんだけどね!! じゃあもういっかな(手の平返し)!!!


 邪魔とかよくないよ、なに考えてるの?(ブーメラン)


「……?」


 彼はなにも言い出さないで口パクパクさせてる僕を不思議そうに見返してきている。しまった、怒りのままに割り込んだは良いけどなにも考えてなかった!! なにか言わないとまずいよね。


 えーと。うーん。あー。


 そうだ!!


「……えっと、きみは、誰なの?」


「ふむ……ダレ、というとそれは焼き肉とか、つけると美味しい」


「それはタレ」


「じゃあ少し目尻が下がった」


「それは垂れ目」


「木の枝が下へ曲がった桜のことかな」


「それはしだれ桜。って、いや違くて。僕、君の名前、知らないってそういう。一応僕だって辛うじてクラスの人の名前と顔くらいは一致させてるつもりなんだけど、君の顔、見たことも無いし……」


「……驚いた。そんなことを言われるなんてここ数年で無かったからね。へぇ、俺が誰か、かぁ。本当に? 見たことも?」


「……えなんでそんなことを聞くの? 当然そうだと思うんだけど、もしかしてどこか、昔に会ったことがあったりしますか……? だとしたらマジで覚えはないんで土下座させてもらいます……」


 そう言って僕は速やかに膝を屈して手を地面につけ「いや、止めてくれないか?」あっはい。


「君を貶そうなんて、そんなつもりは無かった。……しかし、、か。もう一生聞く事なんてない言葉だと思ってたけど、そうか、そうか……ふふふ、ははははは!!」


 何か笑いだした!? どうしたの!? 僕なにか変なこと言った!? もしかしてお怒りですか!?


 この人、黒峰さんの事が好きっぽいし────黒峰さんに近付いた気に入らないクソザコ陰キャぼっち(笑)が『てめーなんざ眼中にねーよ!!!』って言ったように聞こえたかもしれない。おっとそれは土下座ですか。土下座しましょう(土下座)。


 もちろんそんなつもりはないからキレないで……っていうか『一生聞くことはないと思っていた』ってなに? 僕も一生に一度くらい言ってみたいな、それ。


 それから、彼は苦笑しながら少しだけ僕の方へ寄ってきた。


「まあ僕の事はで検索してくれればすぐに出るよ。だから、今はどうでもいい。それより君の話だ。どうして君に対して、黒峰藤乃が近付いてきているのか。それはとても興味深いだ」


「えぇ……そんな近いことないよ? 皆に対して同じ態度だよね? 距離感バグってるだけだと思うんだけど」


「すでに証拠は上がっている。君と一緒に帰っている姿が、ほら」


 ────僕の手を握りつぶす勢いで引っ張って走り出そうとしている制服姿の黒峰さんが写った写真だ。


 これは科学者ちゃんを説得(物理)した後喫茶店に引きずり込まれた時の写真だろう。


 全く覚えが無さすぎてこわいちまいくださいこれ。へへへ、旦那ァ、こいつぁすげぇレアだぜ、いちまい一万円はらいますぜへへへ。


 ………………って! なんだこれいつ撮ったの!?


「これ、どう見ても君だ。ちなみに黒峰藤乃は基本的に下校は一人だ。これも写真があるが……見るかい?」


「そんなの、どこで……?」


「色ボケした極めて厄介な性格の助手が居てね。『おもしろそうなー、なぞがー、ありますよぉ?』ってね」


「…………助手って?」


「まあ、なんでもいいだろう? 事実俺にもこれから確かに面白そうなの匂いがするんだ。黒峰藤乃から、ね?」


「そんなんだ……?」


「で、当人である君の考えを聞かせて欲しいわけなんだけれど」


「それって先に黒峰さんに聞いたらいいんじゃない?」


「いやいや、俺が黒峰藤乃に話し掛けてしまうと変に噂になってしまう。だからそれは助手に任せたんだよ」


 なんじゃそりゃ……。


 まあ噂になるのは僕でもよく分かる。


 学校一の美少女と、謎の美少年。画になるからね、きっと手を振るだけで黄色い声がキャーキャーと飛んでくるんだろうな。


 僕だったら殺意が飛んでくるし、見たら飛ばすけど。当たり前だよね。


「それで、どうなんだい?」


 その一言で僕は思考の海から引き上げられた。


 僕に何故黒峰さんが近付いてくるのかって、それは、正直わかりきってるんだよなぁ。


「(命を)狙ってるからですよ」


「へえ、(ハートを)狙っている、ときたか。大胆だね」


「大胆って……普通に怖いよ?」


 いつ何時手のひら返し食らうか分からないしさ。


「確かに、君の普段の振舞いからして彼女に付き合うのは周囲の視線が精神的にストレスになるだろうね。ふむふむ」


 生徒手帳じゃない手帳を取り出して彼は何か書き始めた。メモる事かなそれ。


「確かに黒峰さんはさ、凄い美人だし顔もいいしスタイルもいいしおっぱいもおっきいし可愛いし運動できるけど苦いコーヒー飲めなくて砂糖あり得ないほどいれたり甘さ控えめなビターなチョコケーキは一口で食べるのをやめる子供舌だったり服の趣味がちょっと黒とロリータファッションに寄りすぎてたりそういうところが凄く可愛いけど怪と──ぅおっほいん!!!」


「だ、大丈夫かい?」


 あぶねぇーっ!!って言いそうになったけど咳き込んで誤魔化せた!!! 誤魔化せたよね? え。今の全部メモりましたねこの男? 聞いてました?


「大丈夫大丈夫、それよりも君だって学校一の美少女って言われてるレベルの女の子がスクールカースト最底辺の僕なんかに構うのはおかしいって思ったんでしょ、普通に考えて。だから聞いてきたんだし」


「助手は『もえますよねー、とうといっ』なんて言っていたね」


 なんだそりゃ。


「だからまあ最初はお近づきになれるー、なんて喜びもしたけど断ったんだよ。僕なんて所詮単なるぼっちで覚悟もなんもない役立たず。方向性はともかく、黒峰さんの並じゃない意思の強さが眩しく思ったのは本当だよ? まあ方向性はともかく。カッコ良いし。方向性はおかしいけど。そんな下心で近付こうだなんてどっかで迷惑になるからだめでしょ」


「ほうほう!? つまりは黒峰藤乃の為に下心も抑えて付き合うのを拒否したと?」


 なんで今の質問するとき前のめりになったの!?


「まあ、そうだけど……それからずっとあの調子で僕のを狙ってきてるんだよね……」


 ────あれは失敗だったかもしれないって今でもちょっと思っていたりする。


 頷いていたら、こうも黒峰さんに怯える必要はなかっただろうし、もっと仲良く出来たかもしれない。


 ……いやでもあそこで頷く僕は解釈違いだね。美少女に詰め寄られてハイって言える鋼鉄な精神性じゃなくてクソザコメンタルなので、それはそれはもう、ありえないIFでしたわ。世界線の整数値変わるレベルの。どこにDメール送れば良いですか?


 ………………ってあれ? その僕の恋愛詰んでね??? 僕はただ隣の席になれただけで満足だったから満足です。


「ふむふむ、なるほど。ところで体調の方はどうだい? きっと人の視線を意識しすぎた影響だから、こうして廊下を歩くだけでもマシになっただろう?」


「え? ……うん。そうかも」


 まさかそれで質問攻めに……???


「謎解きは探偵の領分だからね、つい没頭してしまったが結果オーライと言うことだね」


 やっぱ違うのね!!?


「って、……?」


「ははっ、もしかして俺の事が分かったのかな!?」


「いやわかんないけど」


「くっ、わからないか。だが、それもいい!! 保健室には着いたからな、俺は失礼させてもらう!!」


 ばさぁっと制服の上着をはためかせながら走り去っていった(珍しいことにこの人は冬服を着ていた)。


 何言ってんだあの人……。


 さっき名前言ってたっけ……『しらいた はくし』……? よく考えたら聞いたことあるかも。


 検索してみよっかな……、なんだこれ、いきなり顔写真と……Wikip○dia?


「……うげっ、マジで実在するのか、って……あー思い出した、白板白紙って黒峰さんの隣の席の不登校さんだったか。知らなかった……」


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