030 『むりむりむりむりむりっ!』

 トランポリンで十分に遊んだ僕たちは、次にロープウォークエリアというところにやってきた。

 ここでは、地上三メートルの位置に設置された空中アスレで遊ぶことが出来るそうだ。

 ヘルメットやら、プロテクターやらを装備していると、奈月に声をかけられた。


「あなた」

「ん?」

「身長制限は大丈夫でしたけど、気を付けてくださいね」

「僕が運動神経いいの忘れたのか?」

「忘れてはいませんが、昔とは違うんですから」

「分かってるって」


 むしろ身体が小さい方が小回りが効くので、アスレなんかじゃ有利なんじゃないかなーと個人的には思っている。


 蓮花、湊、僕の順番でアスレに挑戦することになった。年功序列だ。アスレには命綱となるロープが設置されており、滑っても問題ない。この辺、多くの子供が遊ぶ施設として、よく考えられてるなーと感心する。

 ちなみに奈月は、下で僕たちの勇姿を撮影するとのことだ。


 階段を登り、スタート地点に到着したので、とりあえず下を見てみる。うおっ、結構高いな。命綱があるから落ちる心配はないと分かっていても、結構怖いぞ。


「二人とも気を付けろよ、無理そうだったら、すぐに言うんだぞ」

「了解でごさる」

「了解でごさる」


 仲良くござるな挨拶を決め、まずは蓮花が最初のアスレ、一本橋に挑戦する。

 一本橋の周りには、バランスを取るために掴めるロープも垂れており––––ゆっくり行けば簡単にクリア出来そうだ。

 だがなんと蓮花は、元気に走って駆け抜けた。ロープなんか掴まずに、一直線だった。すごい余裕って感じだ。


 そして、次の湊も難なく通り抜け、僕の番が来た。

 まあ、このくらいなら余裕だろ。

 僕はゆっくりと一歩目を踏み出す。うわ、なんか歩幅狭くない? ロープ! ロープ掴もう! うん、これなら行けそうだ!


「パパー、大丈夫?」

「大丈夫!」


 湊に心配されているけど、なんて事はない。僕は一歩、一歩確実に進み、一本橋をクリアした。

 ふう、次は––––丸い円盤のような足場の上を渡るやつだ。

 あれ、蓮花が居ない。


「湊、蓮花は?」


 湊は無言で向こう岸を指差した。なんと、蓮花はもうクリアしていた。


「はや!」

「駆け足だったよー」


 まあ、別に行けるなら行けるで、僕たちのことを待つ必要はないからな。

 湊が向こう岸に渡るのを見てから(いとも簡単に渡ったてみせた)、僕はゆっくりと右足から足場に乗せる––––うわ、この足場! よく見ると左右に傾いるぞ! 建築ミスじゃないのか⁉︎ バランス取りづらいだろ⁉︎


「パパー、大丈夫ー?」

「だっ、大丈夫!」


 心配そうにこちらを見つめる湊にサムシングポーズを決め、ゆっくりとロープを掴みながら左足を伸ばして、一歩、一歩、足場を進む––––よし、クリア!


「パパ、腰が引けてたよ」

「そ、そんなことないぞ……」


 僕の弁解を聞いて、湊はニヤリと笑う。

 おっかしいなぁ、このくらい前だったら余裕だったはずなのになぁ。

 ま、今までのはウォーミングアップみたいなものだ。次だ、次。


 お次は、うわっ、一本の細いロープの上を渡るのかよ⁉︎ しかも、蓮花はもうクリアしてるし! 早過ぎアクティブガールだな、おい!


「じゃあ、パパ。先に行くね」

「気を付けろよ」


 流石にこれは難しいだろうと、湊が渡るのを僕はおっかなびっくり見ていたのだけれど––––湊はバランスを崩すことなく、モデルウォークを決めながら渡ってみせた(周囲のスタッフさんから軽い歓声が上がった)。

 じゃあ、思ったよりも簡単なのかなと僕も一歩目を踏み出したのだけれど、


「むりむりむりむりむりむりっ!」


 意味わかんない! なんでロープの上を綱渡りしないといけないわけ⁉︎ どんな拷問だよ!

 足の裏に当たる面積も狭いし、僕は曲芸師じゃないんだから、こんなの渡れるわけないじゃん!


 とは言いつつも、止まっているわけにもいかないので、ゆっくりゆっくりとすり足のように歩みを前に進め、周囲にあるロープをしっかりと掴みながら、慎重に前へ進み––––僕はなんとか綱渡りを成功させた。


「むりむりむりむりむりーって言ってたねっ」

「言ってない、そんなこと言ってない」


 僕がしらばっくれたのを聞いて、湊は再び悪戯っぽく笑い、こう提案してきた。


「ねえ、次のアスレちょっと不安だからさ、手繋いで一緒に行かない?」

「……まあ、いいけど」


 どうやら次が最後らしい。結構難しかったな––––なんて思いながら、周囲を見ると、案内には初心者コースと書かれていた。

 ……え、これ初心者コースなの⁉︎ 上級者コースじゃなくて⁉︎

 僕は再び周囲を見渡して、上級者コースの方を見つけ、どんなアスレなのかチェックする。

 うわ、足場になる丸太が回転してるし! あんなの無理じゃん! ツルってなるに決まってるじゃん! と思ってたら、なんと初心者コースを早々とクリアしたと思われる蓮花が、回転する丸太を楽しそうにクルクルとしながら、渡っていた。

 ……お前がナンバーワンだ。


 まあ、今は蓮花は後回しだ。

 大事なのは初心者コース最後の関門である。

 コースとしては、丸い小さな足場が左右に等間隔で配置されている感じで、右、左、右と、交互に渡っていく感じだ。

 普通に考えれば、先程の綱渡りの方が難しそうに思えるが、今回は掴めるロープが無いのでバランスが取りにくい。

 僕は湊が差し出して来た手をしっかりと握る。


「はい、じゃあ行くよ」

「えっ、もう行くの⁉︎」


 もっと心の準備とか、そういうのしないの⁉︎ 鬼メンタルかよ⁉︎


「行かないなら、みぃなは先に行っちゃうよ?」

「行く! 行くから置いてかないで!」


 なんか、もう父親の面目とかないけど、そんなの知らん。とにかく今はクリアすることだけを考えろ。

 僕は湊に続いて、一歩、一歩、慎重に渡っていく。

 うん、湊と手を繋いでいるから、バランスも取れるし、安心感もある。


 ––––だが、ここで。

 半分くらい来た辺りで、湊が突然、僕から手を離した。


「お、おい! 湊!」

「ごめん、パパ! ちょっとトイレ!」


 そう言って湊は、勢いよく跳ねるように向こう岸まで渡りきりゴールすると、階段を急いで降りて、トイレへと駆けていった。


 ……あれ、これもしかして置いていかれてない⁉︎

 ちょ、もしかしてここからは一人で渡らないと行けないのか⁉︎

 裏切りだぞ、湊! 一緒に行こうって言ったのは湊の方じゃないか! 僕を残して行くなよ!


 と、とにかく落ち着け。大丈夫、ゆっくり行けば大丈夫。

 幸い、今このアスレに挑戦してるのは僕だけみたいだし、焦る必要はない。

 しっかりと確実に足場を確認しながら、行こう。

 僕はたっぷり五分くらい使って、なんとかゴールに辿りつくことが出来た。


「お疲れ様ですっ」

「あ、あぁ……」


 奈月から差し出されたスポーツドリンクを受け取り、一気に半分くらい飲み干す。

 すごい疲れた。

 奈月はタオルを取り出して、僕の額の汗を拭いてくれた。


「すごい汗ですよ」

「結構、厳しかった……」

「ふふっ、頑張りましたねっ」


 笑顔で褒めてくれる奈月を尻目に、僕は二人を探す––––居ない。


「あれ、蓮花と湊は?」

「あそこです」


 奈月が指差した方向を目で追うと、二人はボルタリングに挑戦していた。


「あなたもやってきたらどうですか?」

「あ、いや……僕はいいや」


 なんか、もう無理だ。さっきので今日一日のエネルギーを使い果たした感がある。


 ボルタリングを終えた湊と蓮花は(ちゃんと二人とも上まで登れていた)、最後に長方形に立っている足場を登り、頂上を目指すというアトラクションに挑戦することになった。

 頂上まで登ると、地上七メートルくらいの高さはあり、結構高い気がする。


 まずは蓮花。

 ゆっくりと一歩、一歩上がり、割と余裕そうに頂上に到達した。その表情は満足げだ。この顔を見ると、連れて来て良かったなって思える。


 お次は湊。まあ、予想通りなんの障害もなく頂上まで登り、頂上で「ママ撮ってー」と奈月に写真撮影を頼んでいた。


 で、最後は僕––––ではなく奈月。

 今までずっと見学していた奈月さんなわけだけれど、別に奈月は運動神経が悪いわけではない。今でも身体とか柔らかいしね(柔軟的な意味で)。

 なので特に苦労することなく、ヒョイヒョイと、頂上まで階段でも登るかのように上がり、頂上で僕に向かって手を振ってきた。

 一応奈月から預かったスマホで、その姿をカメラに収めておいた。

 こうして、八重垣家初の屋内アスレは終わった。

 僕は精神的にも、肉体的にもとても疲れた。


 帰宅した後は、すぐにお風呂に入った。

 その後晩御飯を食べ終わり、リビングでゆっくりしていると––––奈月がスマホである動画を翔奈かなに見せ始めた。


『むりむりむりむりむりむりっ!』


 そんな声が奈月のスマホから聞こえ、翔奈は僕の方を見て、ニヤリと笑った。


 そうだ、思い出した。

 最近は全然運動をしなかったから忘れていた。僕は足は速いが、バランス感覚は皆無だった。逆立ちとか出来ないし。僕とバランス感覚が大事なアスレチックは、かなり相性が悪いと言えよう。おかげで大変な目にあった。

 もう、アスレチックは懲り懲りだ。

 しかし、その考えは数秒後には強制的に変えられてしまった。


「ねー、パパ! またアスレチック行きたい!」


 蓮花が今朝同様、元気に僕に駆け寄り、屈託のない笑顔を浮かべた。

 ……この笑顔を見せられては、断れないのが父親ってもんだ––––はぁ、溜息。

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