029 『アスレチックに行きたいでござる!』


 五月二十六日、日曜日。

 起きて早々に、蓮花が僕に駆け寄ってきた。


「アスレチックに行きたいでござる!」


 今度はござるか。まったく、可愛いでござるなぁ。

 僕は「アスレチック?」と首を傾げて、蓮花に尋ねる。


「そう! なんかね! 出来たんだって!」

「どんな感じなんだ?」

「びよーん! って、すごいジャンプするの!」

「んー、多分トランポリンかな」

「それ!」


 僕は朝食をテーブルに並べている奈月なつきに視線を向ける。僕の視線に気が付いた奈月は、物知り顔で微笑んだ。


「昨日、ショッピングモールに行った時に興味を持ったみたいで、見た感じ室内で遊べる屋内施設みたいでした」

「へー」


 まあ、最近テストの準備とか色々忙しくて、中々蓮花を遊びに連れて行けなかったからな。


「いいんじゃないか?」

「じゃあ、お昼を食べたら行ってみましょうか」

「やりぃ!」




 *



 てなわけで、ショッピングモール内部にあるアスレチックにやってきた。

 室内にあるので、内心大したことないんだろうなぁ––––とか失礼なことを考えていた僕だけれど、その予想は大きく裏切られた。

 入ってすぐに、全長七十二メートルもある障害物アスレが視界に飛び込んできた。

 スタッフさんの説明によると、登ったり、潜ったり、飛び越えたりしてゴールを目指すらしい。

 しかもなんと、二人で競争出来たり、タイムまで測れるようだ。

 他にもいくつかのエリアに色々なアスレチックがあり、なんか普通に大人でも楽しめそうだ。


 人も思ったより少ないし、かなり遊べそうだぞ。

 でも、これだけの施設に人が居ないのはちょっと心配になる。

 僕は小声で奈月に耳打ちした(手を口元に当てたら、奈月がしゃがんでくれた)。


「ここ、人気ないのかな?」

「んー、そんなことないと思いますけど」

「でも、人少なくない?」

「入場出来る時間が限られるみたいですよ」


 と奈月は壁にあるパネルを指差した。

 そこには、入場時間の案内と書いてあり、内容を要約すると、二時間おきにしか入場出来ないらしい。

 なるほど、そうやって入場出来る人数をコントロールして、中にいる人は伸び伸びと遊べるってわけか。

 沢山人が居たら、アスレチックって危ないもんな。よく考えられてるなー。


「れんちゃん、勝負する?」

「するー!」


 暇だからという理由で付いて来た湊が、蓮花を誘い、障害物アスレに仲良くチャレンジすることになった。

 ちなみに翔奈は、今日は友達と約束があるらしいので来てない。

 蓮花と湊がスタート地点に着き、僕がスターターを務めることになった。


「位置について、よーい……どん!」


 僕の掛け声と共に、二人はスタートを切る。

 まあ、結果は大体分かってるけど。

 蓮花は確かに運動神経がいい。同年代の子供になら、圧勝すると僕は思う(実際同年代の僕はかけっこで負けちゃったし)。

 だが、湊の方が歳上だ。さらに、湊自身も運動能力は高い。

 なので、当たり前のように湊が勝つと思って見ていたのだが、最初にゴール地点に設置されている滑り台を滑ってきたのは、蓮花の方だった。


「やりぃ!」

「あちゃー、負けちゃったかー」


 ゆっくりと滑り台を降りて来た湊は、笑いながら蓮花の頭を撫でる。

 ……あれ絶対ワザと負けたな。蓮花は得意な事だと(この場合は運動)、負けず嫌いなとこあるからなぁ(無限のスタミナでエンドレス『もっかい!』コールをされる)。

 僕は一緒に観戦していた奈月に声をかける。


「僕たちも勝負するか?」

「あらあら、やっちゃいます?」


 結構乗り気な奈月さんだった。

 そんなわけで、僕たちは揃ってスタート地点に向かったのだけれど、僕だけ係の人に止められてしまった。

 理由? チビだからだよ!

 所謂、身長制限ってやつだ。蓮花はギリギリ引っかからなかったようだけど、僕はダメらしい。


「ま、まあ、キッズコーナーもあるようですし––––ほ、ほらっ、トランポリンなら出来るみたいですよ」


 なんか、奈月に励まされた。

 湊からも「ドンマイ、パパ」と言われ、蓮花には「パパもおっきくなったら、あたしと勝負でござる!」と、『次来たらやろうね』的な励ましをされた。

 幼稚園の年長さんに励まされる父親ってどうなんだろう?

 いや、こういう時こそポジティブシンキングだ! 年長さんで他者のことを思いやり、励ましの言葉をかけられるなんて、偉いじゃないか! すごいぞ、蓮花!

 ……まあ、その励ました相手が、身長制限に引っかかる父親じゃなければだけど。

 閑話休題かんわきゅうだい


 次は、蓮花待望のトランポリンである。これなら一応僕も出来るということなので、ちょっとワクワクしている。

 トランポリンエリアは、複数のトランポリンが配置されており、トランポリンからトランポリンに飛んで移る––––みたいな事も出来そうだ。

 というか、蓮花と湊が早速それをやっていた。すっごい楽しそうだ。


 よし、僕もやってみるか。

 僕もトランポリンの上に乗り、軽く跳ねてみると––––ピョンと、身体が宙に浮く。

 ……ほう、この感覚悪くない。

 もう一度、今度は深く踏み込みジャンプしてみる。

 トランポリンの反発力を最大限に利用し、僕は飛んだ。すごい、ベッドの上で跳ねるなんかの比じゃないぞ! 

 僕は続けて、ピョン、ピョンと続けてジャンプしてみた––––うわっ、なんだこれ! めちゃくちゃ楽しいぞ! トランポリンなんて今までやったことなかったけど、これは超楽しいぞ!


「奈月! 超楽しい!」

「あらあら、良かったですねっ」


 にっこり顔で微笑む奈月。


「奈月もやったほうがいいぞ、これ!」

「私はその……」


 奈月は少し言い辛そうに、胸の辺りに手を置いた。


「なんだ?」

「えっと、ジャンプすると、揺れて痛いので……」


 僕は奈月の胸をマジマジと見る。うん、確かに揺れるな。呼吸してるだけでも揺れるのに、トランポリンなんかしたらどれだけ揺れることやら……。

 見たい気持ちはあるけど。

 まあ、それはさておき。

 僕はトランポリンでピョンピョンと楽しそうに跳ねている、湊と蓮花に声をかけた。


「怪我しないように気を付けろよ」

「大丈夫だよー、パパー」

「平気でござる!」


 ござる! まったく、こういうのどこで覚えてくるんだろうね。前も言ったけど、この位の子供ってのは本当に話しているだけで楽しい。

 あ、もしかしてアスレだから、忍者的な感じで『ごさる』なのかな。

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