031 『自転車に乗れるようになりました!』
五月二十七日、月曜日。
仕事を終え帰宅した僕を、末っ子の
「パパ! おかえり!」
「はい、ただいま」
蓮花の後ろから、奈月も出迎えに来てくれた。
「おかえりなさい、あなた」
「ああ」
「晩御飯、出来てますよっ」
「今日はなんだ?」
「ふふっ、当ててみてくださいっ」
そうきたか。ま、数秒後には分かることだからな。
僕は鼻をヒクヒクとさせながら、リビングへと向かう。
うーん、匂い的には揚げ物かなぁ。そういえば、今朝奈月がチラシを見ながら、「鶏肉が特売ですね……」と呟いていたことを思い出した。
となると、唐揚げ。いや、唐揚げは先々週に出た。いくら唐揚げ大好きファミリーで有名な八重垣家とはいえ、二週間で再び唐揚げがやってくることはない。
……となると、衣が違う。
正解はチキンフライだ!
「今日はですね、チキンフライを作ってみました」
「お、当たった」
「蓮花がつまみ食いしたんですよ」
「つまみ食いはいけないな」
「美味しかった!」
なら、仕方ないね。
手洗いうがいを済ませてから、椅子に座り、全員でいただきますをする。
僕は早速チキンフライをパクりと頬張る––––うっま。
「どうですか?」
「美味いよ」
「ふふっ、頑張った甲斐がありました」
奈月はそう言って微笑み、サラダを口に運ぶ。ちなみにこのサラダもオリジナルのドレッシングが使われており、なんかオレンジみたいな味がする。
「ママの料理は何でも美味しいよねー」
「そうね」
と言いつつ、上の娘達もチキンフライを取り分ける。
「あ、ねぇねのも取ってあげるよ」
「じゃあ、その手前のやつと、隣のやつ」
「おっけー」
ついでだから、僕も無言でお皿を差し出すと、湊はにこっと笑ってから、チキンフライを3個と、自分のプチトマトを僕の皿に乗せてきた。
「おい」
「好き嫌いしてると、おっきくなれないよ?」
「それはお前もだ、湊」
湊に唯一弱点があるとするなら、トマトだ。湊はトマトが大嫌いなのだ。
僕? もちろん、嫌いだけど?
トマトを作ってくれている農家の方には本当に申し訳ないのだが、中に入っている種が好きになれない。
トマトソースとか、ミートソースとかは平気なんだけどなぁ。
僕は仕方なく、ため息を付いてから、湊から渡されたトマトを口に運ぶ。
味は嫌いじゃないけど、この種が……うぇぇ。
僕はお茶で何とかトマトを流し込み、一息つく。
「これは裏切りだぞ、湊」
「いやいや、裏切りも何も、前回トマトが出た時はみぃなが食べてあげたんだから、今回はパパでしょ」
「そうだったか?」
「そうだった」
僕の湊間の取り決め。トマトが出た時は、交互に食べる。我が家の謎ルールだ。
ここで蓮花が僕に話しかけてきた。
「パパ! 聞いて、聞いて!」
「おー、なんだー? なんでも聞くぞー?」
「自転車に乗れるようになりました!」
「いや、元から乗れただろ」
ちょっと前に、湊が小さな頃に使っていた自転車が物置にあるのを思い出し、少し遅いけど、蓮花に初めてのおつかい頑張ったね記念で贈呈した。
自転車に乗ってお外に行くのはまだ危ないので、庭限定で誰かが見ている時のみ乗ってもいいことにしている。
そして、先程も言ったが蓮花はちゃんと自転車に乗れる。言い間違えちゃったのかな……『自転車に乗りました!』とかと。
だが、蓮花の言った意味は合っていたようで、
「今日、補助輪を取って欲しいって言うから取ったんだけど、普通に乗れちゃったの」
と翔奈が僕に報告してきた。
「え、早くない?」
「家の子達はみんな早かったじゃないですか」
奈月に指摘され、僕は思い出した。
そうだ、確かに早かった。
翔奈なんか、自転車を買って三日後くらいに、「お父さん、車輪邪魔」と言って来たし、湊は「パパ、車輪ダサいから取って」と、初日から言って来た(二人とも子供とはいえ、『補助輪』じゃなくて、『車輪』って言ってる所がなんか面白い)。
そして、二人ともちゃんと乗れていた。
なので僕は、子供が自転車に乗れるように後ろから押してあげる––––というお父さんになったら、みんなやるイベントを出来ずにいる。
まあ、優秀なのはいいことか。
「やるじゃないか、蓮花」
「すごい⁉︎」
「ああ、すごい、すごい」
こいつは『蓮花親衛隊』に報告しないとな。
ちなみに、蓮花親衛隊とは僕の担当しているクラスLINEのグループ名だ。
最近は、担任の教師もクラスのグループLINEに入ったりする。
イジメ防止だとか、連絡網の
これを学校側がやると言った時は素直に「バカじゃないのか?」と思ったものだ。
そんなの先生を除いたグループLINEを作るに決まってるだろうし、連絡網の循環は良くなるだろうが(休講とか、提出物の催促とか)、生徒同士の関係に大人でもある先生が割り込むのは有り得ない。
こんなのは、普段LINEを使い慣れていない大人の発想で、最善手とはとても言えない。
まあ––––僕の場合は「先生もクラスのグループLINEに入ってよ!」とクラス総出で言われ、仕方なく入った経緯があるので、なんとも言えない。
そもそも、クラスLINEという物の存在時代があり得ない––––と、僕なんかは思っちゃうんだけど、そういうのとも付き合っていくのが現代の学生なのかなとも思う。
学校は勉強する場でもあるが、人間関係を学ぶ場でもある。
それはネットでも変わらないし、ネットが中心となった現代社会では、そっちの方が重要だってこともある。
ただ、これも使い方次第だと思う。
先程も言ったが、僕なんかクラスLINEで、一番下の娘、蓮花の可愛い画像を定期的に投稿して、娘自慢してるからな(その結果グループ名が『蓮花親衛隊』になった)。
生徒とどうやってLINEでコミュニケーションを取るかも問われるのが、現代の先生と言えよう。
まあ、それはさておき。
「なら、今度自転車に乗って一緒にどこか行ってみるか」
「いいの!」
「ああ、いいぞ」
「やりぃ––––––––––––––––––––––––!」
目を輝かせて喜ぶ蓮花。
ま、この年頃ってのはなんでも楽しいものだからな。一緒なら遠出しても問題ないだろうしな。
だが、何故か奈月と翔奈と湊が僕を見ていた。
「なんだ?」
三人は見つめあった後、代表して奈月が僕に尋ねる。
「あなたはどうするんですか?」
「どうするって何が?」
「蓮花と一緒に行くんですよね」
「ああ」
「自転車に乗って行くんですよね」
「ああ」
「あなたの自転車はありませんよ」
「…………」
そうだった。僕が前に使っていたやつは、翔奈にあげちゃったんだった。
僕は身体が小さくなってしまったので、大人用の自転車はサイズが合わないのだ。なので、丁度大人用の自転車に買い替える予定だった翔奈にあげたのだ。
つまり、先程奈月が言った通り僕の自転車はない。誰かのを借りるにしても、僕が使えるようなサイズの自転車は今蓮花が使っているものだけだ。
結論。
うわ、どうしよう僕だけ行けないじゃん!
*
後日。
「お父さん、ちゃんと掴まっててね」
「…………ああ」
「お父さん、娘の身体にしがみ付くとかえっち」
「いや、お前がちゃんと掴まってって言ったんだろ!」
そこには、娘の荷台に乗っけてもらい、二人乗りをする父親の姿があった。
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