027 『スイッチが欲しいです!』

 土曜の昼下がりの午後。

 夏の到来を肌で感じるこの頃、蓮花れんかが僕におねだりをしてきた。


「ニンテンドースイッチが欲しいです!」


 まあ、どこの家庭でもよくあるやつだ。だけど、これはちょっと予想外だった。

 だって、うちにはもうニンテンドーSwitchがあるのだ。

 うーん、壊しちゃった、とかかな?


「動かなくなっちゃったとか?」

「動くよ!」


 壊れてはないらしい。


「じゃあ、画面が割れちゃったとか」

「綺麗です!」


 綺麗らしい。

 でもそうなると意味が分からない。なんでニンテンドーSwitchがあるのに、ニンテンドーSwitchが欲しいのだろう?

 仲のお友達に誕生日プレゼントとか? いやいや、高過ぎるプレゼントだ。お友達の親が困っちゃうから、絶対にダメだ。

 まあ、シンプルに理由をくか。


「なんで欲しいの?」

「自分のが欲しい!」

「いや、自分のって……」


 どういうことだ? Switchってのは、家庭用ゲーム機で、テレビに繋いでやるゲームだろ?

 あ、もしかしてみなとが遊んでる時とかに、別のソフトがやりたくて喧嘩になったとかかな?


「湊と違うソフトで遊びたいのか?」

「ううん、みなねぇと同じやつ!」


 同じゲームで遊ぶのに、もう一つSwitchが欲しい? 意味が分からない。

 仕方ない、湊に直接聞くか。

 僕は湊を呼ぶため、スマホを取り出した。

 湊は声を出して呼ぶより、LINEをした方が反応が早い。

 いつも通り、メッセージを送ってから数秒で既読が付き、三十秒後くらいに湊がやってきた。


「もーTikTok撮ってたのにー」

「悪いな」


 とは言ってもすぐに来てくれる辺り、そんなに怒ってはいないようだ。


「で、なんの用ー?」

「蓮花が、ニンテンドーSwitchをもう一つ欲しいって言うんだよ」

「あぁー、把握」


 何を把握したのかは分からないが、湊は納得したように頷く。


「れんちゃんは、ポケモンが欲しいんでしょ?」

「そう!」


 湊に尋ねられた蓮花は元気に即答した。

 逆に僕は首を傾げる。


「ポケモン?」

「パパもポケモン昔やってたでしょ?」

「まあな」


 仕事を始めてからは時間が取れなくてやめてしまったが、僕もゲームはそれなりにやっていた方だ。

 今は蓮花や湊に付き合う程度だけど(スマブラとかマリカーとかな)。

 ちなみに、奈月は鬼のように強く(うちでは別名『ラスボス』と呼ばれている)、逆に翔奈はとても弱い(でも一人の時とかこっそり練習しているのを僕は知ってる)。

 まあ、それはさておき。


「だけどさ、ポケモンって、家庭用のゲーム機じゃなくて、携帯ゲームで出るだろ?」

「Switchは家庭用でありながら、携帯ゲームでもあるの」

「なにぃ––––––––––––––––––––––––⁉︎」


 それはどういうことだ⁉︎ なんでテレビに繋ぐゲームが、携帯ゲームになる⁉︎

 プレステがPSPになるようなものだぞ、それは⁉︎

 湊はリビングにあるテレビの所から、ニンテンドーSwitchを持って来た。


「ほら、画面があってボタンもあるでしょ」

「あるけど、テレビの画面でやる方がいいだろ」

「自分の部屋でも出先でも出来るのが、携帯ゲームだよね」

「まあな」


 学生の頃は、学校にDSとかPSPを持っていって、帰りに友達とマックとかでよくやったもんだ。


「Switchは、マックとか学校でも友達と出来るの」

「なにぃ––––––––––––––––––––––––⁉︎」


 どういうことだ⁉︎ それはどういうことだ⁉︎


「待て、理解が追いつかない、僕にも分かるように説明してくれ」


 湊は「うーん」と唸ってから、何かを思い付いたようで、スマホの画面を見せてきた。

 ネット通販のサイトで、ニンテンドーSwitchが表示されている。価格は二万くらい。安くなったな。


「まさか、安くなったから買ってというのか?」

「買って!」


 そう言ったのはもちろん蓮花だ。


「確かに安いけどさぁ……」


 僕は湊を見る。『買うなよ』と釘を刺すためだ。


「大丈夫、勝手には買わないよ」

「ならいいけど……」


 意図は通じたようだ。今回の問題は金銭ではなく、なんでニンテンドーSwitchが二つも必要なのか? だからな。


「で、この安くなったSwitchがなんなんだ?」

「Switchってさ、左右の所が取れてコントローラーになるじゃん?」

「なるな」

「これは取れないの」

「ほう」


 経費削減ってやつか。


「あと、テレビにも繋げられない」

「まあ、安いからな」


 しかし、湊は首を振る。


「そうじゃなくて、繋げる必要がないからなんだよ」

「うん?」


 なんか、妙な言い回しで引っかかりを覚えた。繋げる必要が無い? どういうことだ?


「このニンテンドーSwitch lightは、いわばSwitchの携帯ゲーム版なんだよ」

「つまり、PSPみたいなものか?」

「うーん、PSPはちょっと分からないけど、コンパクトになった画面付きのPS4って言えば分かるかな」

「とてもよく分かった!」


 なるほど、画面付きか! なるほど、なるほど。うわー、あったまいいな!

 そうだよな、部屋で寝っ転がってゲームしたい時あるし、テレビの画面よりも携帯ゲームの画面がいい時あるもんな。

 スマホの画面で映画を見るようなものだ。その気持ちはとても分かる。

 そうか、Switchは家庭用でありながら、携帯ゲームでもあるのか。

 つまり、家にテレビが一つしかない家庭でも、テレビの取り合いになる事がない。

 だって、Switchには画面付いてるもん。うわー! ちょー頭いい!

 そういえば、Switchの前に出てたWiiUもコントローラーに画面付いてたな。なるほど、そういうことだったのか。


「でもさ、それならうちのSwitchは画面付いてるんだしさ、コントローラーを付けて部屋に持って行けばよくない? そもそも、湊の部屋にはテレビあるだろ?」


 なので、テレビの取り合いになることはない。

 しかし、湊は予想外のことを口にする。


「パパ、新しいポケモンはSwitchで出るの」

「なにぃ––––––––––––––––––––––––⁉︎」


 そうか! ニンテンドーSwitchが家庭用ゲーム機でありながら、携帯ゲームでもあるなら、そうなるのは必然だ!

 家庭用ゲームは、みんなでやるものという先入観に囚われ過ぎていた(もちろん例外もあるが)。でもニンテンドーSwitchは携帯ゲームでもあるのだから、ポケモンのような一人で遊ぶゲームも出る。

 今までポケモンは携帯ゲーム機で出るものだと思っていたが、Switchならそれがあり得るのか。

 つまり、Switchは人数分必要ってことか。

 だから、蓮花はSwitchをもう一台欲しがったのか。

 二万という価格も、携帯ゲーム機として考えるなら妥当な値段だ。確か、DSとか3DSもそのくらいだったし。


「なるほど、よく分かった」

「じゃあ、買ってくれるの⁉︎」


 蓮花はキラキラした目で、僕を見つめる。この目に弱いんだよなぁ。

 湊は小さな声で、「みぃなが出してもいいよ?」と耳打ちしてきたが、僕は首を横に振る。


「湊、それには及ばない」

「じゃあ、買わないの?」

「いいや、蓮花」

「はい!」

「今から、買いに行くぞ!」

「やりぃ––––––––––––––––っ!」


 蓮花は何回もジャンプして、嬉しさを爆発させた。床に穴が空かないか心配だ!

 でも、これは僕が決して蓮花に甘いからではない。

 ちゃんと事情があるのだ。

 最近は友達とのコミュニケーションにゲームが必要だからな。

 悲しくもあるけど、○○ちゃんはSwitch持ってないから、一緒に遊べないってのが普通にあるんだよなぁ。ゲーム機を持ってないだけで、仲間外れにされることがある。

 ある意味、サッカーボールや、バッドみたいな物だ。友達とサッカーをしたり、野球をしたりして遊ぶには、道具がいる。

 今は、それがゲームになっただけだ。

 まあ、僕の時代も外で遊ぶよりも友達の家でゲームしていた事の方が多かったので、否定することは出来ない。

 時代が変わったら、自分も変わらないといけない。


 今は友達とは、ゲームをして遊ぶ時代だ。


 ただ、蓮花に関して言えば、外で遊ぶのも好きなので、ゲームばっかりにならないのがいいとこだけど。


 僕は奈月に声をかけて事情を話してから、お金を貰い(奈月も納得してくれた)、湊と蓮花を連れて、ショッピングモールにあるゲーム屋さんにやってきた。

 店内に入って早々、蓮花はダッシュでSwitchを見つけ、空箱を持ってきた。


「これ!」


 うん、ちゃんとlightの方だ。色は水色だ。

 そして、僕は黒色のSwitch lightを取った。


「じゃあ、パパは黒にしよっかな」

「えー! 水色がいい!」

「違う、違う」


 蓮花は不思議そうに顔を傾け、湊は僕のしようとしている事が分かったようで、ニンマリ顔を浮かべた。


「パパもSwitch買う」

「まじー⁉︎」

「まじー!」


 なんか、欲しくなっちゃった。湊の話を聞いてたら、久々にゲームやりたくなっちゃった。ポケモンなら対戦も出来るし。

 奈月も『お小遣いで買うならいいですよっ』って言ってくれたし。

 まあ、最近の父親は娘と遊ぶのにゲームが必要ってことだな。

 ––––いや、違うな。


 ゲームでも一緒に遊べるのが最近の父親だ!

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