026 『お父さんと同じ高校が嫌なの』
お風呂から上がり、髪の毛を乾かしてから、リビングへと向かう。
奈月はお風呂上がりに色々やることがあるので(化粧水とか乳液とかそういうのだ)、まだ脱衣所に居る。こういう寝る前にやる習慣のことを、ナイトルーティンって言うらしいね(湊に教わった)。
まあ、それはさておき。
リビングでは、ちょうど問題を解き終わった翔奈が待っていた。
「おかえり、お父さん」
「出来たか?」
「まあ、それなり」
「どれどれ……」
僕は翔奈から回答用紙を受け取る。お、回答欄全部埋まってるじゃん。
筆箱から赤ペンを取り出して(ちなみにこの筆箱は湊から貰った誕生日プレゼントだ)、丸付けを始める。
まる、まる、まる、まる、まる、まる、まる––––お、結構いいじゃん。
数分後、僕はビックリしていた。スマホを使って調べたとしても(現国は調べても明確な答えというものはないので、実はあまり意味がない)、半分くらい出来ていたら上出来だと思っていた。だが、翔奈は僕の予想をいい意味で裏切り、八十二点を取ってみせた。
国語とはいえ、中学二年生が高二の問題でこれだけ点が取れれば、十分優れていると言えよう。
「やるじゃん」
「ほんと?」
「八十二点」
「ふーん、まあまあだね」
「謙遜するな、かなり凄いぞこれ」
翔奈は僕に褒められたのが嬉しかったのか、少しだけ口角をあげる。
「一応、『この意味を答えなさい』とかは、調べないでやってみた」
僕はその問題の箇所を確認する。四問中、二問がマルで、一問がバツで、三角が一つだ。
「うん、ちょっと説明不足なのもあるけど、
「やりぃ」
やりぃ。僕も翔奈が思った以上に出来ていたので、やりぃだ。
おっと、大事なことを忘れてた。
「問題の意味が分からなかったり、変換ミスとか、そういうのは無かったか?」
「大丈夫だったよ」
「そうか、よかった」
元々、それのチェックをお願いするのが目的だからな。
「あ、でもどうして問題が『しなさい』じゃなくて、『しましょう』なの?」
「なんか、命令口調なの嫌じゃない?」
「小学生のテストやってる気分になる」
確かに問題が命令口調になるのは、中学からだからな。
「お父さんだけでしょ、こんな感じの問題作るの」
「まあ、うん」
古文の先生は僕に合わせて丁寧口調で作ってくれてはいるが、他の先生はみんな命令口調だ。
「それで、どうだった高二のテストは?」
「うーん、古文とか漢文なら分からなかったかもだけど、現国なら結構出来たね」
「現国は日本語力が試されるからな。翔奈は本を結構読む方だから、それで出来たのかもな」
「ちなみに、通知表付けるならいくつになる?」
「テストの点だけで判断するなら、4」
「いくつ以上から5になるの?」
「テストの点だけなら、僕は90点以上から」
「結構厳しいね……」
「難しい話をするなら、一応評価基準のガイドラインみたいなのがあるんだけど、提出物、授業態度、テストの点数から、総合判断して決める。だからテストが八十二点でも、提出物をしっかり出して授業態度がよければ5だよ」
「へー、そんな感じになってるんだ」
翔奈は感心したようにもう一度、問題用紙を見る。
「でも、それなら結構な人が4とか5を取れちゃうんじゃないの?」
「うちは代わりに、テストが難しくなってるんだ」
学校側からも、手加減不要って言われてるしね。
僕は翔奈が持っている問題用紙を指差し、
「それは進学校とかで出るのと同じくらい、難しい問題なんだ」
「じゃあ、出来たらすごいってこと?」
「まあな」
おかげで先生の評判は生徒から悪くなる一方だけどな。『あの先生の作る問題は難し過ぎる』って、全ての先生が言われたことがあるからな。
「まあ、翔奈も高校に上がれば分かるさ」
僕がそう言うと、翔奈はムッと顔を歪めた。
「どうした?」
「––––かない」
「は、なんて?」
「私、お父さんの高校には行かない」
「……なんでぇ⁉︎」
いや、普通行くでしょ⁉︎
もう一度言うけど、翔奈の通っている中学はうちの高校の中等部にあたる。そのまま進学すれば受験の必要もないんだぞ⁉︎
「おいおい、なんでだよ、翔奈」
「嫌なものは嫌なの」
「いや、うちは翔奈の希望してる交換留学もあるし、短期留学もあるし、何より僕も居るんだから––––」
「それが嫌なの」
「……え」
「私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの」
私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの。
私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの。
私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの。
私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの。
私はお父さんと同じ高校なのが嫌なの。
辛い。
「な、なんでだよ、一緒に通えるし、学校で問題があっても僕がすぐに駆けつけるし……」
翔奈はボソボソとした小さな声で言う。
「だってなんか、恥ずかしいし……」
「恥ずかしいことなんてないだろ!」
「お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない……」
お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない。
お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない。
お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない。
お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない。
お父さんと一緒に居るところ、クラスメイトに見られたくない。
辛い。
ショックを受け呆然としていると、お風呂上がりの奈月がリビングに戻ってきたので、僕は助けを求める。
「な、奈月! 翔奈が僕と同じ高校やだって言うんだよ!」
「あらあらっ」
奈月は翔奈見て、にっこりと笑う。
「翔奈は、お父さんと仲良くしているところをお友達に見られるのが、恥ずかしいんでしょー?」
「ち、ちがっ」
「大丈夫っ、みんな羨ましがると思うよー」
「だから、違うっ」
否定する翔奈。ニコニコ顔の奈月。
ああ、なるほど……そういうことか。理解した。
僕で例えるなら、毎日親が僕の仕事ぶりを見に来るようなものだ。それは、流石に恥ずかしい。気持ちはなんとなく分かった。
でも、そこは大丈夫だ。
「学年とか担当教科とか、あと部活の顧問とかにはならないように多分学校側が配慮してくれるからさ、学内で直接的な関わりを持つことはないと思うよ」
「でも、廊下とかですれ違うでしょ」
「お父さんとじゃなくて、
「……八重垣先生」
翔奈は僕の言ったことを呟く。
反対に奈月は、
「私は八重垣先生とじゃなくて、好きな人とすれ違ってましたよ」
「おい」
「恋はすれ違いですね」
「最初は奈月の一方通行だったろ」
「だから、振り向かせたんじゃないですかっ」
「廊下で会う度に、用もなく職員室まで着いてきたりな」
「あなたに着いていきますという、意思表示ですよっ」
「分かりにくいわ」
「家まで行っちゃったり」
「ストーカーだからな」
「行くところまでいっちゃったり」
「おい」
娘の前でそういう話はダメだろ。湊ならともかく、翔奈はダメだろ。
まあでも、それでそのまま一生添い遂げることになるとはな。
世の中本当に何があるか分からない。
「ねえ、もしかして私って邪魔?」
翔奈がジト目で僕たちのことを見ていた。奈月は上機嫌に「そんなことないよっ」と笑い、僕は咳払いをしてから話を戻す。
「とっ、とにかく、そんなに意識することは無いと思うよ、学内で会わない日の方が多いと思うし」
「ほんと?」
「ほんと、ほんと」
翔奈は少し考えてから、
「じゃあ、お父さんと同じ高校に行く」
「うん、それがいい」
一悶着あったものの、こうして翔奈の進学先が決まった。
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