025 『八重垣家恒例模擬試験』
五月も半分くらいが過ぎたある日の夜。時刻は九時半くらい。
僕はリビングのソファーに身体を埋めるように座り、キーボードをカタカタ言わせていた。もうすぐ中間テストがあるので、その問題を作っているのだ。
一応仕事をする用の部屋もあるのだけれど、今日はなんとなくリビングでやっている。
現在、
で、
「なあ、翔奈」
「なあに、お父さん」
「見てのはいいけどさ、髪の毛乾かしちゃえよ」
「しばらくタオルドライしてからじゃないと、長いから乾かないの」
「ふーん……」
僕はそういうのちょっとよく分からない。奈月や湊はオシャレにタオルを頭に巻くけど(ターバンみたいだ)、翔奈はワイルドに頭から被っているので(フードを被ってるみたいだ)、そういうので何か違いがあるのだろうか? 例えば、タオルを巻くと、癖が付いて次の日巻き髪にしやすいとか? 奈月も湊も巻き髪の日多いし(とてもよく似合ってる)。
まあ、ベッカムヘアーの僕には関係のない話か。
この髪型にした理由は、湊にオススメされたからだ。最初は少し古い気もして否定的だったのだけれど、実際にやってみるとこれが超カッコいい。奈月からも好評だし。やりぃ!
まあ、それはさておき。
翔奈は僕の隣に腰掛け、パソコンの画面を覗き込んできた。
「これ、中間試験?」
「そうだ、見てもいいけど、うちの生徒には言うなよ」
「言わない、言わない」
今更になるけど、翔奈はうちの高校の中等部に通っている(校舎は少し離れた場所にある)。なので、当然翔奈の先輩達はそのまま進学し、うちの高校に来ている子が多い。
「出来たらお母さんに解いてもらうの?」
「まあな、いつも頼んでるし」
問題にミスがないか、ちゃんと意図が分かるか、そういうのを確認するためには第三者にやってもらうのが一番いい。
普通は他の教師に頼んだりするのだが、僕は奈月に頼んでいる。もうこれは、僕の
「お母さんはいつも何点くらい取るの?」
「大体、百点」
学年主席だった奈月の実力は今も健在だ。
翔奈は素直に感心する。
「……お母さん、すごいね」
「まあ、僕の作る問題に慣れてるってのもあるし、毎年六回お願いしてるからな」
最近では、『
言い訳をするなら、何問かは絶対に出さないといけない類の問題がいくつかあるので、しょうがなかったりもする。
これは生徒にも教えたことがあるのだけれど、教科ごとにそういう問題は結構あるから、山を張るならそこを勉強するように––––とアドバイスしている。
「ねえ、お父さん」
「なんだ?」
「私もやってみたい」
「別にいいけど、これ高二のやつだぞ」
「うーん、じゃあ古文は無理だけど、現国だけ」
「いやそもそもこれ、現国だけなんだな」
うちは現国と古文で担当が分かれている。もちろん僕は古文も出来るけど(そもそもこの両方に加え、漢文が出来ないと教員免許が取得出来ない。中学なら書道も)、学校の方針で分担制になっている。
僕としては、自分の得意な方に集中出来るので結構いいなって思ってたりもする。相方の先生とも仲いいしね。
ちなみに、その先生は奈月の同級生だ。つまり、僕の教え子になる。
うちの高校の先生は結構OBが多いって聞いてたけど(なので必然的に女性教師が多い)、まさか自分の生徒が教師になって戻ってくるなんて、嬉しい驚きだった。
僕の教師生活でも、一二を争うくらい嬉しい出来事だった。
だって、『
今ではその人しか、僕のことを『八重垣先生』って呼んでくれないけどね……はぁ。
話が長くなりそうなので、
「まあ、一応あらかた出来てるからな……よし、プリントアウトするからやっていいよ」
「やりぃ」
それ、翔奈も使うんだ。現在八重垣家は、空前の『やりぃ』ブーム到来中だ。
翔奈は「その間に髪の毛乾かしちゃうね」と言い、湊の部屋へと向かって行く。
湊の部屋には、ダイソンのドライヤーがあるからな(もちろん湊が自分で買った)。
僕は出来たばかりの問題をもう一度見直してからプリントアウトし––––翔奈を待つ間に、古典の先生にもメールで、問題を送る。
数分後、髪を乾かした翔奈が戻ってきた。
僕はリビングのテーブルに置いたテスト指差す。
「左側が問題用紙で、右側が回答用紙、時間はまあ……本番じゃないし、好きなだけ使っていいし、分からなかったら
高二の範囲だしな。甘めでいいだろうし、テスト問題を使った本物の先生付きの自宅学習みたいなもんだ。
問題の種類は大まかに四つで、
『
『傍線部イが指している内容を説明する』
『単語の意味を説明する』
『この文章を100文字以内で要約する』
みたいな感じだ。今回は結構テンプレートにそって作ったので、割と無難なテストだと思う。
翔奈は問題を一通り見てから、「分かった」と頷き、
「でもお父さんはお風呂入っちゃえば?」
と提案してきた。
「いや、奈月がまだ入ってるだろ」
僕がそう言うと、翔奈は珍しく湊みたいなニンマリ笑顔を浮かべた。
「そっちの方が、お父さんはいいんでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます