020 『パパが昔作ってくれたチャーハンゲロまずだった』

 五月五日。僕の日ではない日。つまり子供の日。

 一泊二日の楽しい旅行から帰ってきた八重垣やえがき家は、最後のゴールデンウィークをゆっくりと休む––––ことにはならなかった。


 ––––奈月なつきが風邪を引いたからだ。


「どどどどど、どうしよう⁉︎」

「パパ、三十七度五分だよ、落ち着いて」


 みなとは僕を諭すように言うが、これが落ち着いてられるか! 奈月に熱があるんだぞ⁉︎ どうすりゃいいんだ!

 そんな僕を見兼ねた翔奈かなも、僕の肩に手を置き、


「お母さんだってスーパーマン……じゃなくて、スーパーウーマンじゃないんだから風邪くらい引くでしょ」

「いやでも、辛そうだし身体も熱いよ! とりま、99カー呼ぶ⁉︎」

「お父さんの日本語おかしいし、三十七度で救急車なんか呼んだら、常識の無い人だと思われちゃうよ」


 翔奈にも諭されてしまった。いやでも奈月が––––


「パパ、お座り!」

「犬じゃないだろ」


 やっと冷静になった。蓮花れんかにお座りと言われ冷静になるとか、どんな父親だと思うが、少し取り乱してしまった。


 ことの経緯を簡単に説明すると、キッチンで奈月と一緒に朝食を作っていた湊が、若干奈月の顔が赤いことを不審に思い、額に手を当てた結果、熱があったらしい。

 奈月は全然平気と言って、朝食作りを続けようとしたものの、湊と翔奈が止め、今は寝室で寝ている。その時に僕も起きて、奈月の発熱を知った。

 で、今に至る。


 とりあえず、奈月の作りかけの朝食を湊が仕上げ、それを三姉妹と食べた。湊のやつ、また腕を上げたな。


「美味しかった?」

「まあ、美味かった」

「ふふっ、よかったー」


 エプロン姿の湊は、にっこりと機嫌が良さそうに笑ってから、キッチンへと向かい、お盆に土鍋を乗せて戻ってきた。


「おかゆ作ったからさ、パパがママに食べさせてあげて。あ、あと冷蔵庫にゼリー入ってるから、持ってたげて」

「分かった」


 二つ返事で湊からお盆を受け取り、冷蔵庫を開いて台に乗ってから(背が小さいので上までは届かないのだ)、ゼリーを一つ取る。

 ここで、リビングから湊の声が聞こえてきた。


「パパー、リンゴのやつだよー」

「分かってるって」


 奈月は、昔からリンゴが好きなのだ。

 台を邪魔にならない場所に片付けてから、お盆にゼリーを乗せ、寝室へと向かい扉をトントンとノックした。


「はーいっ」


 奈月のやたらと元気な返事が返ってきた。まるで出席確認で奈月の名前を呼んだ時並みの元気さだった(懐かしいな)。

 僕は扉をゆっくりと開き、寝室へ入る。

 奈月はベッドから起き上がり、こちらを見て笑っていた。


「もう、みんな心配し過ぎなんですよ、全然平気なのに……」

「ほ、本当か?」

「あなたは少し焦り過ぎです、少し落ち着いてください」

「僕は落ち着いている、とても落ち着いている」

「心配してくれるのは嬉しいですが、ただの風邪ですよ」


 昨日の旅行で、ちょっとはしゃいじゃったのかもしれませんね、と奈月は言う。


「私も歳かもしれませんねー」

「何を言う、奈月は未だに制服を着て登校出来るぞ」

「……ふふっ、本当にしちゃいますよ?」


 奈月はそう言って、柔らかく微笑んだ。

 昨日も一昨日も、奈月には車の運転をお願いしちゃったからな。疲れが出たのかもしれない。


「今日は寝てろよ、僕がやるから」

「そっちの方が心配ですね……」


 奈月はマジの心配顔で僕を見つめる。


「おいおい、僕は一人暮らし経験者だぜ?」

「ヘアアイロンでワイシャツにアイロンかけていた人が何言ってるんですか」

「…………」


 これは本当の話だ。

 ネットでアイロンって調べたらヘアアイロンが出てきて、評価も高いからそれを買ってアイロンがけをしていた。

 挟んで伸ばせるし、最近のアイロンってちょー便利! って思ってたんだけどな……恥ずかしい。


「いや、とにかく大丈夫だから」

「でも……」

「大丈夫の『ブ』は夫と書くんだ、大きくて丈がある夫で大丈夫だ」

「丈はないと思うのですが」


 冷静なツッコミだった。

 それでも奈月は、僕を見ながら昔を懐かしむように笑った。


「流石は国語の先生ですねっ」

「ふふん、だろう」


 おっと、ドヤ顔を浮かべてる場合じゃない。湊が作ってくれたおかゆを忘れてた。


「これ、湊が作ってくれた」

「あらあら、じゃあ冷めないうちに頂いちゃいますね」


 僕は茶碗におかゆをよそっから、奈月に差し出す。

 だけど奈月は茶碗を受け取らずに、「あーんっ」と口を開いた。……そういえば、湊も食べさせてやれって言ってたな––––仕方ない。

 僕はスプーンでおかゆをすくってから、フーフーと火傷しないように熱を冷まし、奈月の口元におかゆを運ぶ。


「あ、あーん」

「ぎこちないですね」

「いいから早く食べてくれ」


 奈月は「ふふっ」と楽しそうに笑ってから、おかゆを食べた。


「あ、美味しい」

「おかゆに美味しいとかあるのか?」

「生姜が入ってますね、これ」


 確かに言われてみると生姜の匂いがする。やるな、湊。

 その後、奈月はおかゆをペロリと全て平らげ、ゼリーもしっかり食べた(ちなみに全部僕が『あーん』ってした)。食欲はあるようで安心した。


「ふう、これなら毎日風邪をひいてもいいかもしれませんね」

「それは僕が困るからやめてくれ」


 奈月は「はいはい、分かってますよー」と僕の頭を撫でてきた。


「だから、そういうのはやめてくれ」

「いい子、いい子〜」

「…………」


 まあ、病人相手なんだし、それくらい許すか。奈月は大体二分ぐらい頭を撫で続け、それで満足したのか、「ふうっ」とベッドに横になる。


「じゃあ、僕はお盆片付けるから、何かあったら呼べよ」

「はーいっ」


 再び元気な返事を返す奈月を尻目に、僕は寝室を後にした。

 お盆を片付けるめにリビングに向かうと、湊が何かを熱心に見ていた。ま、ファッション誌とかだろ。


「翔奈と蓮花は?」

「ねぇねは、朝からお勉強するって」

「じゃあ、蓮花は?」

「トイレ」

「あ、そう……」


 ふと、僕は湊が見ているものに目が止まった。先程は遠くからだったので良く見えなかったのだけれど、近くで見ると、湊はスーパーのチラシを見ていた。


「なんでチラシなんか見てるんだ?」

「んー、お昼は冷蔵庫にあるもので適当に出来るけど、晩ご飯どうしようかなーって」

「それは僕が作るから、湊には関係ないだろ。それとも何か希望があるなら聞くぞ」

「え、パパが作るの?」


 湊は不満そうな表情で目を細めた。


「なんだ、嫌なのか?」

「嫌も何も、パパが昔作ってくれたチャーハンゲロまずだった」

「奈月は美味しいって言ってたぞ」

「ママはパパが作ったものなら、なんでも美味しいって言うに決まってるでしょ」


 あれ、もしかして僕は料理が下手なのか? そういえば奈月は、僕に中々料理を作らせたがらなかった。それは僕の料理がゲロまずだったからなのか⁉︎


「とにかく、ご飯はみぃなが作るし、もう洗濯機も回したし、パパは蓮花れんかと遊んでていいよー」

「いや、僕も何か手伝うよ」

「うーん、キッチンに脚立を持って来ないとダメな人がいると、ちょっと邪魔なんだよねー」

「…………」


 そうなんだよなぁ。うちのキッチンはオーダーメイドのキッチンで、長身の奈月に合わせて作られており、湊ならともかく僕なんか流し台に手が届かなかったりする。

 なので、僕が料理をするとなると足場は必須となる。

 僕はトイレから戻って来た蓮花に声をかけた。


「……よーし、蓮花ー! パパとプリキュアごっこしよっかー!」

「やりぃ!」

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