019 『お母さんのCA姿を想像したでしょ』

 翔奈かなは唐突に、僕にあることを尋ねてきた。


「お父さんはさ、どうして先生になろうと思ったの?」

「なんだ急に」

「なんか、気になって」

「そうだなぁ、別に深い理由とかはないよ。学生の頃にお世話になった先生に憧れたわけでもないし、翔奈も知ってる通り、両親が教師だったというわけでもないしな」


 僕は昔を思い出すように、そんなことを語り始めた。


「なんとなく大学は行かないとなと思って、家から一番近い大学に行って、学部とかよく分からないから、適当に教育学部に入っただけだよ」

「なんか、本当に適当だね……」


 翔奈は少し期待外れのような顔でこちらを見ていた。気持ちは分かる。とても分かる。


「ただな、初めて教育実習に行って、生徒と接して、なんかいいなって思ったんだ」

「……じゃあ、そこから教師に目覚めたわけ?」

「そうだな、何となくで入った教育学部なわけだけど、結果的には良かったと思ってるよ」


 僕は以前も言ったけれど、教師という仕事に誇りを持っている。若い子達の人生の分岐点となる今を、手助けしてあげたいと思っている。何となくでなった教師だけれど、僕自身教師という仕事を通して、人として成長出来た部分はかなりある。

 だからその恩返しの意味も込めて、僕は生徒たちの為になることをしてあげたい。若い子達には夢を持って欲しい。

 僕は今更な質問を翔奈にする。


「翔奈はさ、なんでCAになりたいんだ?」

「……答えないとダメ?」

「ダメじゃないけど、面接で絶対訊かれるぞ。『あなたはどうしてCAになりたいんですか?』って」

「なんか、面接の練習小慣れてる感あるね」

「実際かなり慣れてるよ」


 就職にしろ進学にしろ、面接の指導や練習ってのはあるからな。僕も教師歴はそれなりだ。


「言いたくない気待ちや、恥ずかしい気持ちは分かるが、その仕事に対する熱意を再認識するうえで、言語化するというのは大事なプロセスだ」


 こういう、自分の気持ちという曖昧なモノを言語化する作業というのは、色々役に立つ事が多い。これは僕が教師になってから学んだ事の一つだ。

 翔奈は少し考えてから、CAを志した理由をゆっくりと話始めた。


「昔ね、私が小二くらいの時に、友達が『翔奈ちゃんのお母さんって、CAさんみたいだよね!』って言ったの」

「まあ、そんな雰囲気はあるな」


 綺麗で、姿勢が良くて、凛としていて、常に優しそうな表情を浮かべ笑っている。うん、CAって感じだ。脳内で奈月にCAの制服っぽいものを着せてみる。

 ……うわ、なんかイケナイ感じになっちゃった。やめとこ。すっごい似合ってたけど。


「お父さん」

「な、なんでしょうか?」


 翔奈に、いきなり顔を覗き込まれるように近付かれ、ちょっとビックリしてしまった。


「お母さんのCA姿を想像したでしょ」


 先程の考えがバレてた。僕はブンブンと首を振り否定する。


「シテナイヨー」

「…………」

「ソンナコトソウゾウシテナイヨー」

「…………」


 翔奈はジト目でこちらを数秒見つめから、ため息をつき、脱線した話を元の軌道に戻す。良かった、おとがめなしだ。


「それでね、CAって何か分からなくて、図書室とかコンピューター室とかで調べたの」


 分からないことを自分で調べるのは、良いことだ。


「文章では『飛行機に乗る客室乗務員』て書かれていて、それがどうしてお母さんになるんだろう? って思ったけれど、CAさんの画像を見て、すぐに納得出来た」


 僕としてはレースクイーンとか、女子アナウンサーって言われた方が納得出来るけど、黙っとこ(話がややこしくなる)。


「なんていうか、自信溢れる女性像って感じで、憧れた」

「ああ、そっちか」


 見た目じゃない。内面の話だ。

 奈月の場合は、自信があるというより余裕があるって感じだけどな。

 大人の女性の余裕、それは奈月が高校生だった頃からずっとあるものだ。


「私もこんな風になりたいって思った」

「……そうか」


 面接で言うならともかく、動機としては納得の出来るものだと思う。


「まあ、CAってのは異文化に触れる機会も多いからな、勉強にもなるし、自分の世界が広がるいい仕事だと思うよ」

「お父さん詳しいね」

「そりゃあ、卒業生の中にもCAになった子そこそこ居るし」

「ほんと⁉︎」


 なんか、食い付いてきた。


「僕も教師歴長いからな、進路希望とかで、CAになりたいって子は毎年いるよ」

「じゃあ、私はなれると思う?」


 翔奈は真面目な顔をして、僕の顔を見る。

 ここは、甘やかしてはいけない場面だろう。


「そうだな……、厳しいことを言うなら、現状では難しいな」

「どうして? やっぱり英語力?」


 まずはそこだ。CAに一番必要なのは、語学ではない。


「いや、英語自体はそこまで関係ない。必要ではあるが、必須ではないんだ」

「じゃあ、何が大事なの?」

「客室乗務員ってのはな、接客業なんだよ。他人を思い、他人を気遣う接客業だ。それも通常のサービスを上回る、ホスピタリティが求められる職業だ」

「ホスピタリティって何?」

「おもてなしとか、他人を思いやる心みたいな意味だ」


 僕はパークを見回しながら言う。


「ここのパークで働いている人は、みんな最上級のホスピタリティを持っている」


 僕を迷子だと思い案内したあのお姉さんだってそうだ。僕が困っていると察して、そうしてくれた。

 マスコットキャラクターもそうだ。同じ耳のカチューシャをしているだけで、いやおそらくしていなくても、抱きしめてくれたと思う。これは紛れもないホスピタリティだ。


「ホスピタリティを簡単に説明するなら、翔奈や湊が僕と奈月をスイートルームに泊めてくれた気持ちもそうだし、この前翔奈が言った、『奈月とデートしてくれば』もそうだ。アレは僕と奈月の為に言ったんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

「それに翔奈は僕と手を繋いで歩く時、歩幅狭くして歩いてるだろ?」

「だってお父さん小さいし」

「そういうのがホスピタリティだ。接客業にはそれが大事になる。だから、まずはそういう他の人を思いやる気持ち––––みたいなものを意識するが大事だ」

「……お父さん、ちゃんと先生してるんだね」


 翔奈はジッと僕を見つめ、感心したような表情を浮かべた。


「ったく、当たり前だろ。お父さんは友達は少ないけど、卒業した生徒からは毎年あけおめLINE来るんだからな」

「なるほど、若い女の知り合いはいっぱいいると」

「おい」


 言い方がアレ過ぎるぞ、翔奈。


「女子校の教師なんだから、仕方ないだろ」

「やっぱり特別に可愛がっている生徒とか居るの?」

「何を言う、先生にとって生徒はみんな可愛いものだ」

「…………」


 翔奈は何故か関心したような顔で、僕を見つめていた。


「なんだよ」

「あ、ううん。お母さんや湊が、お父さんのことが大好きなのがちょっとだけ、分かったていうか……」

「うん?」

「なんでもない」


 なんか、誤魔化された。まあ、深くは追求しないでおくか。

 僕はもう一度、周囲を見渡す。


「とりあえず高校生になったら、バイトしてみるといいと思うよ。こういうテーマパークなんてうって付けだろうし、スタバとかも良いと思う」


 とここで、僕はあることを思い付いた。


「じゃあ、ここからはパークで働いてる人のそういう所を見ながら、周ってみるか。とりあえず、もう一度あのマスコットキャラクターと写真を撮りに行くか」

「それはお父さんがもう一度あのマスコットキャラクターに会いたいだけじゃないの?」

「…………」


 バレてた。でも大丈夫。


「それを許すのがホスピタリティだぞ」

「ホスピタリティを理由に、自分の行きたい所言ってるだけでしょ」


 またまたバレてた。

 でも翔奈は、仕方ないという表情を浮かべながら立ち上がり––––人差し指を差し出してきた。


「ほら、行くんでしょ」

「…………」

「迷子になりたいの?」

「……いいえ」

「じゃあ、お父さんが迷子にならないように手を繋がないとね」


 僕は苦笑いをしながら、その指を握った。

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