018 『究極のバブみはお姫様抱っこにある』

「お父さん、抱っこされちゃったね」

「うん」

「お父さん、チューもされちゃったね」

「まあ、うん」

「浮気だね」

「いや、相手はマスコットキャラクターだから!」


 なんか、マスコットキャラクターと同じカチューシャを付けて写真撮影をお願いしたら、抱きしめられて、チューをされた。

 正直に言うと、とても嬉しかった! あーもう、なんであんなに可愛いんだろ! 動きとか仕草とか、可愛すぎる!

 もう一つ別バージョンのぬいぐるみも買っちゃったよね。あと帰りにお土産買う時に、クッションも買おう。うん、そうしよう。


 現在、僕と翔奈かなは次に行く場所の相談も兼ねて、手頃なベンチに並んで腰掛けていた。

 先程、合流して軽めの昼食を取り(ピザを食べた、美味かった)、今は午後の部である。本日帰宅する予定ではあるものの、明日はみんな休みなので、割とゆっくり出来たりもする。

 予定では、パレードを見てから、お土産を買って帰ろうということになってはいるが––––それまで時間はまだ結構ある。

 今から買う予定のお土産を吟味ぎんみするのも悪くないかもだが、さてどうしたもんか……。

 僕はとりあえず、先程買ったぬいぐるみをもう一度マジマジと見てみた––––お目々がクリクリしていて可愛いなぁ。

 そんな僕の姿を見て、翔奈は目を細める。


「なんだ?」

「そうやってぬいぐるみを抱っこしてると、本当に子供みたい––––迷子にならないでね」

「ならないよ!」

「昨日なったよね」

「うっ……」


 それを言われると弱い。とても弱い。

 でも昨日のアレは迷子じゃないんだ。確かに迷いはしたものの、たまたま迷子と勘違いされて、そのまま迷子センターに連行されちゃっただけなんだ。いや、本当に。言い訳じゃないからな。


「お父さん可愛いから、誘拐とかされないか心配」

「おい、可愛いは余計だ」


 最近の男の人は『可愛い』と言われても喜んだりする人もいるらしいが、その気持ちは僕には永遠に分かりそうにない。

 翔奈はパンフレットを開きながら、「それで、次はどこ行く?」と僕にたずねてきた。


「そうだな……、翔奈はどこか行きたい場所はないのか?」

「特には」


 一番難しい回答だった。『何食べたい? 何でもいいよ』的な回答だ。

 奈月なつきも同じことをよく言うが、奈月の場合、僕の食べたいものが食べたいもので、僕の行きたいところが行きたいところだからなぁ。意味合いが全然違う。


「うーん、とりあえず身長制限のあるアトラクションは無理だからな」

「お父さんちっちゃいもんね」

「実際そうだけど、直接言われると結構ヘコむ」

「学校ではどうなの?」

「学校?」


 質問の意図が分からずに、僕はき返した。


「学校がどうしたって言うんだ?」

「ほら、お父さん教師でしょ」

「まあな」

「生徒とかに小さいとか言われたりして、いじられないの?」

「ああ、それか」

「で、どうなの?」

「しょっちゅうだよ、毎日のように言われる。可愛いだとか、髪の毛サラサラだとか、そんなの」


 気を付けていないと、後ろから抱っこされて持ち上げられちゃうからな。背後には注意だ。

 僕をお姫様抱っこしていいのは、奈月だけだ。

 そう、僕は奈月にお姫様抱っこをされたことがある。その時の話をちょっとだけしようと思う。


 正直、お姫様抱っこというのは、一体何がいいんだろうと僕は疑問だったし、奈月が結婚式の時にお姫様抱っこをして欲しいと言ってきた時も(実際にしてあげたら大喜びだった。奈月は時々その時の写真を見て、ニヤニヤと笑っている)、女の子にとってお姫様抱っこというのはそれほどまでして欲しいものなのか、もしくは『お姫様』という単語に憧れを感じているのだろうか、としか思わなかった僕だけれども––––いざ自分がされてみると、なるほど……これはいいと思ったものだ。


 確か僕のお姫様抱っこ初体験は、小さくなってからしばらくたった日のことだった。

 仕事帰りのある日、少し疲れていた僕は夕飯を終え、お風呂から出た後、テレビを見ながらうたた寝をしてしまった。

 心地よく睡魔に揺さぶられる中、軽い振動で僕は目を覚ました。

 軽い浮遊感と、心地よい振動感、肌の温もり。

 見上げると、そこには優しい眼差しで僕を見つめる奈月。

「何するんだ」とか、「下せよ」とか、そういう言葉は出てこなかった。僕は奈月に身を預け、そのままお姫様抱っこでベットへと運ばれた。

 肌を密着され、心地よい揺りかごに揺られているような浮遊感と、振動。優しく抱き抱えられる、安心感。

 あの安心感は、お母さんに抱っこされる以上のオギャる感がある。

 まるで、母親の子宮に戻ったような気分だった(さすがに気持ち悪い表現だが、本当にそうだったのだ)。

 究極のバブみは、お姫様抱っこにあると言っても誇張表現こちょうひょうげんにはならないと僕はここに断言しておこう。

 ……って、いかん、いかん。すぐに話が脱線してしまうのは僕の悪い癖だ。

 生徒達にも、これはよく言われる(すぐに娘の話しちゃうんだよね)。先生あるあるだ。

 閑話休題かんわきゅうだい


「お父さんは、そういうの嫌じゃないの?」

「嫌だけど、悪意は無いしな。イジメとかそういうのでもないし。単純に可愛がれてるって感じ」

「ふーん」


 翔奈は対して興味もなさそうに相槌あいずちを打つ。


「世の中には、生徒と上手くいかない先生もいるからな。関係が悪いよりかは、いいと思ってるよ」

「お父さんの場合は、良過ぎると思うけどね」

「多分友達だと思われてる」

「いや、どう考えてもマスコットでしょ」

「…………」


 僕は、無言で自分の抱っこしているぬいぐるみとにらめっこをした。そうか、僕はマスコットだったのか……。そう言われると、そのワードは僕の立ち位置にピタリと当てはまる。


 あー、だから去年の学園祭は、僕もクラスのコスプレ喫茶に参加させられたのか(奈月とみなとは大喜びをして写真を何枚も撮ってた)。

 なんか、嫌な納得をしてしまった。

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