016 『小さな子は手がかかるからな』
「どうします? とりあえず、ワインでも飲みますか?」
「いや、僕は未成年だから」
「あ、そうでしたねっ」
うっかり
現在、僕たちが居るのはホテルのスイートルームである。そして、ルームサービスで豪華なディナーを楽しんでいた。
最初は何かの間違いじゃないかと思ったのだけれど、
ホテルの予約とかは奈月と湊に任せていたのだけれど、湊のやつが無駄に気を利かせて、僕と奈月だけ別部屋のスイートにしたらしい(少しお金も出してくれたとか)。
湊曰く、「夫婦水入らずだよっ」とのことだ。
思い返せば、パークにいる時やたらとアトラクションに並ばなかったのも、特別なチケットだったかららしい。
僕はもう一度部屋(というか家だ。いや城だ)をぐるりと見渡す。やっぱりすごい。
僕はこれでも現国の先生なので、こういう場所を上手く伝える言葉を沢山持ち合わせているのだけれど、今は上手く伝えられる自信がない。美術館みたいというのが精一杯だ。
とにかくすごい、お城みたいだ(感想がワンパターンだ!)。
こんな所に、連れて来られたら惚れちゃいそうである。湊大好き!
「でも
「
「夜中にトイレとか……」
「蓮花は一人で行けますよ」
「眠れなくて、寂しいとか……」
「翔奈からのLINEには、うるさいお父さんがいないので、はしゃいでるそうです」
「物を壊したりしないだろうか……」
「蓮花がお皿とか割ったことありますか?」
「……ない」
割るのは大体僕だ。おかげで僕の茶碗とか湯飲みはプラスチックになってしまった。
言い訳をするなら、小さな身体に慣れなくて力加減とかが分からなくなる時があると言っておくか。
まあ、とにかく。末っ子のことが気にはなるものの、上の娘二人が気を使ってプレゼントしてくれたスイートだ。楽しまないとな。
「翔奈と仲直り出来て、よかったですね」
「まあな」
「ふふっ、あんな仲直りの仕方、あなたくらいしか思い付きませんよ」
「思い付いたわけじゃない」
奈月は僕に合わせて、お酒ではなくリンゴジュースの入ったグラスを傾けながら、微笑む。
「まさか、私以外にも詩があるなんて知りませんでした」
「…………」
白状しよう。奈月と結婚した時、実はあんな感じの詩をプレゼントした(みんなからポエムと大人気のやつだ)。
今にして思うと、自作の歌を彼女にプレゼントするくらい痛いやつな気がするぞ。うわっ、なんでこれ! ちょー恥ずかしいじゃん! 思い出しただけで
奈月は僕の口調を真似て、
「僕にとって奈月の存在は––––」
「やめて⁉︎」
封印の扉を開かないで⁉︎ それはヤバい、とてもヤバい。奈月はクスクスと笑ってから、
「明日は翔奈と二人で周ったらどうですか?」
と訊いてきた。
「うーん、嫌がらないかな」
「そんなことないと思いますよ、翔奈は身長制限のことなんて気にしないでしょうし、翔奈はどちらかと言うと、マスコットキャラの方が好きみたいですよ」
なら、ちょうどいいかもしれない。僕も今日一日で、マスコットキャラクターの魅力に気付いたからな。
「よし、じゃあ明日は翔奈を誘って、マスコットキャラクターと写真を沢山撮ってくるよ」
「充電には気を付けてくださいね」
「分かってる」
「翔奈には、あなたから目を離さないように言っておきますね」
「おい」
流石に二回も同じ失敗はしない。
「でも、蓮花は大丈夫か?」
「湊が明日は蓮花と一緒に周りたいと言っていましたし、蓮花も湊が一緒の方が楽しめると思いますよ––––湊は気を使える子ですから」
「そうやって、湊に甘え過ぎるのも良くないと思うけどな」
本当にもう僕は父親だってのに、娘である湊に甘えっぱなしだ。
「湊は仕事をしているわけですから、子供ではありますけれど、もう立派な大人ですよ」
「小五だけどな」
「女の子は小学校高学年になったら、もう大人みたいなものですよ」
まあ、女の子は男の子より精神年齢が上ってよく聞くしな。
「ただ、僕は湊に一つだけ文句がある」
「ませてるところですか?」
「いいや、それもあるけど、ランドセルを複数個持ってるのは流石におかしい」
奈月は「ああ、それですかっ」と苦笑いした。
信じれないかもしれないが、湊はランドセルを五つも持ってやがる(もちろん全部湊が買った)。しかも高級なブランド物だ(僕はランドセルに高級ブランドがあるなんて知らなかった)。
ランドセルをオシャレ感覚で使い分ける小学生は、多分湊だけだ。もう本当にわけが分からない。
来年は蓮花も小学生になるので、一つあげて欲しい。
「湊はオシャレさんですからっ」
「それは分かるし、湊のオシャレは仕事にもなっているから否定するつもりもないけど––––ランドセルでオシャレするのは流石におかしい」
「うーん、お洋服に合わせて
「僕なんかそんなことをしたら、絶対に忘れ物をしそうだ」
ちなみに湊は、忘れ物なんてしたことがない。湊はなんて言うか––––人として正しいので、否定するのが難しいんだよな。
ランドセルを五個も持ってるのは間違っているけど、自分で買ったものだし、服に合わせて鞄は変えるもの––––と言われてしまうと、妙に納得してしまう。
普段の行いがいい分、甘く見てしまうって感じだ。
でも、本当にいい子だからなぁ。
奈月もそのことは分かっているようで、
「湊は蓮花のことも気にかけてくれますし、母親として、とても助かってますよ」
「小さな子はなんだかんだ言って手がかかるからなぁ」
なんか、奈月が何か言いたそうな目線を僕に向けたが、多分気のせいだろう。うん、気のせい、気のせい。僕は大人、小さくない。
僕が小さくて手がかかるなんて事実はあり得ない。迷子にはなったけど。
まあ、迷子の僕の話はさておき。
さっきも言ったけど、小さな子というのは本当に手がかかる。目を離したら何をするから分からないし、どこかへ行ってしまうこともある。本当に常に注意を払っておく必要がある。全然苦じゃないけどね。
手がかからなかったのは、翔奈くらいなもんだ(翔奈は三歳でお使いに行けた、すごい!)。
「湊は夜も蓮花と寝てくれてるしな」
「そうですね、そのおかげであなたを抱き枕にして寝れちゃいますっ」
奈月は、昔も僕のことを抱き枕にしていたが、僕が小さくなってもそれは変わらない。むしろ、サイズが小さくなった分、ちょうどよくフィットするようになったとか。
僕は結構な頻度で、鼻と口に奈月の胸がフィットして息苦しくなるけどね。
アニメなどで胸に顔を押しられて息が出来ないなんて描写がよくあるが––––あれはマジだ。
無駄に弾力性があるので、胸の脂肪が口と鼻の形にぴったりと吸い付くように張り付き、本当に息が出来なくなる。しかも、奈月は薄着で寝るため肌が直接当たるのが最悪だ。
『胸』という漢字に、『凶』という文字が含まれているのは、凶器の『凶』だったのかと、改めたくもなる。
というか、普通に奈月の顔よりも大っきいからな。カップ数は驚異のIカップである。ABCDEFGHIである。数えるのに指が九本も必要だ。
湊曰く、「ママはアンダーも65だから、グラビアアイドルも真っ青になって逃げ出すよ」とのことだった。でもアンダーってなんだろ? 下を意味するのは分かるけど(僕はファッション用語はあんまり詳しくないのだ)。
あ、あと湊はこうも言っていた。
「Iって文字をさ、平仮名にすると『あい』になるよね」
「なるな」
「両方とも母音だからさ、
「…………」
「あとはさ、『I』っ文字を横にするとさ––––」
湊は紙に『I』と書いた。だが、IはIではあるものの、『𝙸』こんな感じに上と下に横線のあるIだった。
そして、紙を横向きした。
「𝙸があれば横になってHする」
「…………」
ドヤ顔だった。いや、上手いけども。上手いとは思うけども、僕は湊の将来がとても心配になった。
まったく、誰に似たんだろうね……。
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