014 『綺麗に撮るってのはな、高画質で撮るってことなんだぜ』

 奈月なつきのタピオカチャレンジをスマホのカメラに収め、みなとに送ってやった。

 送信後、十秒くらいで既読が付き、『立てるけど動けない、つまり満員電車で身動きがトレイン!』と返ってきた。

 湊のやつ、分かってるぅ!


 その後、待ち時間が比較的に短いいくつかのアトラクションを楽しみ(思い返せばどのアトラクションもなんか妙に待ち時間が短かった。謎だ)、お城の前で記念撮影をした後、翔奈かなと湊と合流し、昼食を取ることになった。


「そういえば、生徒からは待ち時間に昼食を取るといいって教わったぞ」

「それはありよりのありだったね」

「でも、こういう落ち着いた場所で食べる方が、私は好きですね」

「私も」

「ねえねえ、みなねぇ!」

「んー、なぁに、れんちゃんっ」

「みなねぇに、ブロッコリーあげるっ」

「れんちゃん、嫌いな物もちゃんと食べないと、ねぇねみたいにおっきくなれないよー」

「そうだぞ蓮花れんか、好き嫌いはダメだぞ」

「あなた」

「なんだ、奈月」

「こっそり私の所にピクルスを乗せたあなたが、それを言うのはどうなんでしょうか?」

「お父さん、ピクルス嫌いだもんね」

「違う、気分じゃないだけだ」

「じゃあ、お姉ちゃんも気分じゃないです!」

「ほら、あなたがこうだから、蓮花も真似をしちゃうんですよ」

「そうだよ、お父さん。嫌いな物を食べろって言うなら、まずは自分が食べないと示しが付かないよ」

「……うっ」

「パパ、みぃなのことが大好きなのは分かるけど、そうやって見つめられてもコレは助けられないよ」

「……分かったよ! 食べりゃいいんだろ、食べりゃ!」


 僕はピクルスを一つ口の中に放り込んだ。そして、無心で噛み締める。酸っぱいんだか苦いんだか分からない汁が、ピクルスから溢れ出してきた。正直に言ってピクルスを育ててくれた人には本当に申し訳ないが、とても不味い。

 あまりの不味さに、顔がゆがむ。


「パパ、可愛い顔が台無しだよ?」

「がわいぐない」


 なんで湊は、僕を口説く王子様みたいなことを言っているのだろうか? 多分からかわれたんだろうとは思うけど。

 僕はピクルスを何とか噛み砕き、飲み物で流し込んだ。


「それで、パパ達はどこに行ったの?」

「えっとな––––」


 僕は撮った写真を湊に見せながら、行った場所を説明した。

 だが、湊は写真を見て顔をしかめた。


「ねえ、パパ」

「なんだ?」

「どうして、スマホのカメラで撮るの?」

「え、デジカメとか持ってないし」


 昔は持ってたけど、今はスマホがあるからな。

 だが、湊が言いたかったのは違うようで、


「どうして、みぃなが教えた盛れるカメラアプリ使わないの⁉︎」


 スマホに初めから入ってるカメラで撮ったのが、不満だったらしい。


「今時カメラアプリを使わないとかあり得ないよ⁉︎」

「……えーと、別にいいかなって」

「良くないよ、パパ。いい、カメラアプリを使えば、パパの大好きなママがもっと綺麗に撮れるんだよ?」


 湊は身を乗り出しながら、その盛れるカメラアプリとやらで今日撮った写真を何枚か見せてきた。

 うーん、白いって感じ。


「どう?」

「なんか、前髪透けてない?」

「シースルーバンクって言うの」


 今流行りなの、と湊は前髪を触わる。

 そんなのが流行りなのか––––こっちは歳とったら勝手にシースルーバンクになりそうだってのに。あ、今五歳だった。フサフサだ。


「とにかく、アプリを使えば肌も綺麗になるし、髪も艶が出るし、小顔にもなるの。使わないのは、焼肉にタレをつけないで食べるようなもんだよ」

「それは、勿体ないな」

「でしょっ」


 星が飛ぶような『でしょっ』で湊に同意を求められた。

 湊の言い分も分からなくはない。焼肉は焼肉のタレを付けた方が確かに美味しい。

 だがな、湊よ。お前は勘違いをしている。


「湊」

「なあに、パパ」

「綺麗に撮るってのはな、高画質で撮るってことなんだぜ」

「⁉︎」


 湊は衝撃を受けたように眉を上げる。


「カメラアプリ? 肌が綺麗になる? お前は何を言っているんだ湊––––僕の嫁にそんなの必要ない」


 隣に座る奈月は「あらあらっ」と僕の頭を撫で始めたが、一旦無視だ。


「奈月の肌は綺麗だし、髪はツヤツヤだし、小顔になんかなられたら、顔が無くなっちまうぜ」


 奈月は再び、「あらあらっ」と僕に抱き付いてきたがここも無視だ。


「奈月はそのままでいい––––最高の肉はそのまま食っても美味いんだぜ」

「パパ……カッコいい!」


 湊がキラキラした目でこちらを見つめてきた。ふふん、だろうだろう。もっと言っていいぞ。


「だがな、湊––––それは、お前もなんだぜ?」

「えっ……?」

「お前だって、カメラアプリなんかで盛る必要はない存在だ。お前は僕の自慢の娘なんだから、ありのままを撮ればいい。そうだろ?」

「……パパ」

「なんだ?」

「やるじゃんっ!」

「だろ!」


 湊とハイタッチを決めた。パシっとね。


「みぃなも今日から、高画質で撮ってみるっ」

「うむ、それがいい」


 なんか謎のやり取りを終え(この日を境に、湊のインスタフォロワーが急激に増えたのは、また別のお話)、僕達は昼食に戻る。

 大体半分くらい食べた辺りで蓮花が、


「トイレ行きます!」


 と宣言した。行きたいではなく、行きますだ。意図はもちろん伝わるけど。

 一緒に行くか。心配だし。


「僕が連れていくよ」

「私が行く」


 そう言って立ち上がったのは、翔奈だった。


「ちょうど行こうと思ってたし」

「そうか……なら頼むよ」

「場所は––––」

「あっちだよっ」


 湊がトイレがあると思われる方向を指差す。そちらに目を向けると、割と近くにトイレがあった。


「じゃあ、レン、行こっか」

「やりぃ」


 はーい、やりぃ、頂きましたー。なんか最近の蓮花のマイブームらしい。

 やりぃ。どこで覚えたんだろ? 小さな子供は、僕達大人が日常であまり使わない言葉を唐突に使うことがあるから面白い。

 そんなやりぃが口癖となってしまった娘を連れ、翔奈は席を離れて行った。

 二人を見送った後、なんとなく時間を確認しようとスマホを出したが、電池残量が少ないことに気が付いた。


「電池が無い」

「最近持ちが悪いといつも言ってますものね」

「そうなんだよなぁ……」


 奈月の言う通りで、このスマホは三年前に買ったものなので、そろそろ寿命かなとは思っている。


「買い替えないの?」


 常に最新機種の湊は、スマホをイジりながら言う。


「いや、本当はそうしたいんだけどさ、僕の手小さくて」

「あぁ、新しいのはデカいもんねぇ」


 湊は最新機種のスマホをヒラヒラと振って見せた。

 大人だった頃も思ってたんだけど、最近のスマホはデカすぎる。とても片手じゃ扱えないし、子供の手なら尚更だ。

 スマホは大人の物と言えばそれまでだけど、僕としては昔みたいにコンパクトなものが欲しかったりする。

『Something wonderful in your hand(あなたの手の中に素敵なものを)』僕はこの意味をもう一度考え直すべきだと思うね。

 僕の愚痴はさておき。


 スマホの電池が少ない以上、午後からはあんまり写真とかは撮れないな……。

 家族が出来る前は写真なんであんまり撮らなかった僕だけど、翔奈が生まれてからは、結構撮っていたりする。

 娘の成長と言うのは、嬉しいものだ。


 まあ、一番多い写真は奈月のなんだけどね。

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