013 『あなたは年々言葉も若返ってますよね』
「ついたー!」
到着して早々に大はしゃぎで走り出そうとする
「パパ、はなしなさい!」
「なんで命令口調なんだよ……」
日本語がブレブレだ。だけど、この年頃ならそんなもんだ。そのうち、ちゃんとした日本語を自然に覚えることだろう。
蓮花は強引に僕の手を振り解こうと左右にぶるんぶるんと振るが、僕は離さない。
「お姉ちゃんの言うこと聞きなさいっ!」
「お姉ちゃんはこういう時に、急に走り出したりはしない」
ったく、
ただ、興奮する気持ちは分かなくもない。僕もこの日が楽しみで、仕事をしている間も実はワクワクしていたものだ。
ワークワークってね。冗談はさておき。
園内に入った後は、二手に別れる事になった。
僕と
翔奈と
翔奈と湊は僕と一緒がいいと嬉しいことを言ってくれたのだけれど、
「僕は身長制限で乗れない乗り物がある」
と言った所、渋々納得した。
身長制限に引っかかるなんて、懐かしい気分だ。子供の頃、楽しみにしていたアトラクションに身長制限のせいで乗れなくて、悔しい思いをしたことがある。今は別に悔しくないけどね。大人だし、子供じゃないし。
蓮花も僕と大体同じくらいなので(本当は蓮花の方がちょっと大きい)、僕と蓮花は身長制限ちびっ子ペアとなり一緒に回ることになった。
奈月が一緒なのは、奈月はもちろん身長的には問題ないが、僕と蓮花のちびっ子ペアが二人で歩いていると絶対に迷子扱いされてしまうので、(見た目が)大人の人が近くには必要だと判断した結果、こうなった。
子連れデートだと思えば悪くない。僕も子供だけどね!
園内は、ゴールデンウィークということもあり、家族連れや、カップルで賑わっており、人がとても多い。さっき入場制限もかかったそうなので、もしかしたらギリギリだったのかもしれない。
でも、日付指定券だからそういうのは無いのだろうか? いや、そもそもオフィシャルのホテルに泊まるのだから……うーん、僕はこの辺ちょっと分からない。
まあ、ちゃんと入れたのだから、深く考えるのはよそう。楽しい一日になるんだからね。
さて、まずはどうしようか。一応パンフレットには目を通したけれど––––そうだな。
「とりまタピるか」
「前から言おうと思っていましたが、あなたは年々言葉も若返ってますよね」
正直自覚はある。湊の影響もあるだろうし、僕は女子校勤務だ。現代女子の最先端に常に触れ続けてるのだから、その影響はあるに決まってる。
だけど、言葉に新しいも古いもない。正しい日本語なんてものは、相手に自分の言いたいことが伝われば、それでいいのだ。
『屋外』を『ヤガイ』と勘違いしていても問題はないし、『フンイキ』ではなく、『フインキ』でも、『雰囲気』と変換が出る。
時代に適応して、相手と正しくコミュニケーションが取れれば、多少日本語がおかしくても一切問題なんかないのだ。現国の教師が言うんだから、間違いない。
さて、現国の先生らしく授業をした所で、僕は蓮花に声をかける。
「蓮花もタピるか?」
「タピるー!」
「よし、じゃあパパと半分こな」
「えー! 全部飲めるよー?」
「いや、無理でしょ」
実際蓮花は、いつもペットボトルの半分くらいしか飲めない。
そこから考えると、多分タピオカも半分くらいしか飲めない気がするが、蓮花はタダをこねる。
「お姉ちゃんは、一人で飲めるます!」
飲めるます! 可愛いなあーもう。僕は奈月の顔をチラッと見た。
「せっかくですし、いいんじゃないですか?」
「いやでも、飲めなかったらどうするんだよ」
「チャレンジですよっ」
「ほう……」
そうだよなぁ、最初から出来ないと決め付けるのは子育てをする上で、バットなことの一つだ––––よし。
「じゃあ、三つ買ってくるよ」
「やったー!」
大喜びの蓮花を尻目に、僕はタピオカミルクティーを三つ購入した。ついでに蓮花が喜ぶと思って、首からぶら下げられるケースに入った、ポップコーンも買った。
これなら移動しながらでも食べられるし、首からコレをぶら下げてる蓮花は絶対に可愛い。
だがここで、問題が発生した。
買ったはいいが、全部持てない。ポップコーンは首からぶら下げばいいかもだが、ドリンクホルダーに入った三つのタピオカドリンクを運んで、二人が待つ場所へと帰還出来るだけのバランス感覚が今の僕にはない。
そもそも、重い。こんな重さの物をこぼさないように運ぶのは、小学生が給食を持って、階段を降りるくらい難しい。
だが、悩んだのは一瞬だけだった。
「あなた、持ちますよっ」
と奈月が蓮花を連れ、助けに来てくれた。
「悪い、全部持てなくて」
「しょうがないですよ、身体も手もちっちゃいんですから」
夫婦は助け合いと言うけど、奈月には助けれてばっかりで頭の下がる想いだ。
奈月にドリンクホルダーの方を持ってもらい、ポップコーンのケースは蓮花の首にかけてあげた。
「これなに⁉︎」
「ポップコーン」
「食べてもおけまる⁉︎」
「おけまる」
「やりぃ」
やりぃ。はーい、やりぃ、来ました。可愛いなぁ、もう。
湊の時は、こういう言葉使いをいちいち訂正してたりしたのだけれど(翔奈は必要なかった)、それは結局意味の無いことだし、必要のないことだった。
それが分かっただけ、僕も大人に––––いや、父親として成長したものだ。
近くの座席に腰を下ろし、ポップコーンを頬張りつつ、タピオカを飲む蓮花を見て、僕は自然と笑みが漏れた。
もう、本当に可愛いんだから。
「パパ、もうタピいらない」
「…………」
そんなこと言われても、可愛いと思っちゃうのだから、実際は甘やかしているだけかもしれない。
僕は溜息をつきつつ、蓮花からタピオカを受け取った。こんな事もあるかと思い、僕はまだ自分のタピオカにストローを刺してない。予想は見事に当たったというわけだ。
でも予想外のことはあるもので、蓮花の飲み残しのタピオカを見た瞬間、僕は思わず笑ってしまった。
タピオカミルクティーのタピオカだけ全部無くなって、ただのミルクティーになっていた。蓮花はタピオカだけ器用に吸い出していた。流石は棒アイスは、外のパリパリだけ先に食べる蓮花だ(ちなみに蓮花は食パンも耳から食べる)。
僕はそのタピ無しミルクティーを奈月に見せようとしたが、奈月の姿を見てその考えは吹き飛んだ。
奈月は––––胸の上にタピオカを置いて飲んでいた。
タピオカチャレンジしていた。見事に成功していた。
なんだよ、自分だって流行に敏感じゃん。
でもなぁ、奈月の場合素でやってる可能性もあるんだよなぁ。奈月は洗濯物を取り込む時、洗濯物を胸の上に置くし、手を洗う時にお財布を胸の上に置いていたりする。
自分の胸の上を、物置か何かと勘違いしているに違いない。
「あの、奈月さん?」
「なんでしょうか?」
「どうして胸の上を物置にしてるんだ?」
「それはほら、普段はお荷物なので、こういう時くらいは有能活用しているんですよっ」
お荷物の上に荷物を置いているのか。
奈月にとって、大きな胸はお荷物なのか––––まあ分からない話じゃない。いつも重い、重いと言ってるし、下が見えないので階段が辛いらしいし、奈月のブラは布面積が大きい分、三倍の価格がすると湊に聞いたこともある。
色々、苦労はしているのだろう。
でもすごいよな、胸を物置に出来るなんてな。使い方次第では、便利そうだ。
「そのまま立って、移動したりとか出来るのか? ドリンクホルダー的な感じで」
僕がそう尋ねると、奈月はタピオカを見下ろし、
「立つことは出来ますが、動けなくなりそうですね」
「なるほど、満員電車みたいな感じか。身動きがトレイン的な」
「…………あはは」
湊と違い、奈月は苦笑いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます