012 『あの自由の女神のとこ(ラブホ)、行ってみたい!』

 僕は車という乗り物が好きではない。

 いや、この言い方では語弊ごへいがある。正しくは好きじゃなくなった、だ。つまり、昔は好きだった。どのくらい好きだったかというと、意味もなくドライブに出かけたり(そういえば奈月なつきとの初デートもドライブだった)、休日には洗車したり、若い頃は座席をバケットシートに取り替えたやらもした。いやぁ、懐かしいね。

 まあ、それくらい車が好きで、僕の趣味と言ったら車と言っても過言ではなかった。


 ––––だが。

 今となっては、正直乗りたくない。

 別に自分で運転出来ないから乗りたくないわけじゃないし、運転しないと車酔いをするというわけでもない。


 僕の身体は五歳相当だ。

 中身は決してそうではないが、外見で判断されるのが人間社会というものだ。

 日本の法律では六歳未満の子供を車に乗せる際、

 つまり、結論を述べると––––、僕は車に乗る際にチャイルドシートに座らなければならない。

 文字通りのチャイルドだから。

 まさかバケットシートからチャイルドシートへ乗り換える人物がいるなんて、夢にも思わなかった。

 チャイルドのごとく、赤ちゃん的にいうならばぶばぶだ(やれやれ的な)。


 ま、まあ、ガッチリと身体をホールドするという意味では、バケットシートもチャイルドシートも変わらないかな!

 うん、ポジティブに考えよう。何事もポジティブシンキングが大事だ。

 ちなみにこのチャイルドシートは、父の日にみなとにプレゼントされたものだ(そこそこ高いフェラーリのチャイルドシートだ)。

 父の日にチャイルドシートを娘にプレゼントされるとか……、なんかもうダメな気もするが、早めの親孝行と考えればいいような気がする! ポジティブシンキングは継続だ。


 てなわけで、五月三日、旅行当日。

 憲法記念日だけに法律を守り、チャイルドシートに座る僕を乗せた車は、高速道路を走っていた。

 運転席には奈月なつき。助手席にはチャイルドシートの僕。後部座席には、左から翔奈かなみなと、チャイルドシート仲間の蓮花れんかが座っている。

 旅行というのは、出発した直後が一番楽しいと個人的は思っている。

 その証拠に、一番元気な蓮花は元気が有り余っているのか、車内だというのに窓の外を眺めながら、大はしゃぎだ。

 今朝湊に結ってもらったツインテールがぴょこぴょこと跳ねている。


 正直、窓の外の風景なんて何が面白いの方思うけど、小さな子供にとっては見たことない景色は新鮮で、物珍しいものなのだろう。

 だから僕は微笑ましい気持ちで、蓮花に「アレなに!」ってかれる度に答えてあげてたのだけれど、突然問題が発生した。


「あの、大っきい人なにー!」

「……あれは、自由の女神だ」

「行ってみたい!」

「……ダメだ」

「えー、なんで、なんでー?」

「…………」


 僕の額から汗がダラダラと流れてきた。

 ……だってあそこ、ラブホテルだもん。子供には説明しにくい場所だもん。

 小さな子供にこういう事を説明しなきゃいけないフェイズが久々にやってきやがった。『赤ちゃんはどうやって出来るのー?』とか、『なんでチューするのー?』とか、コレはそういう類の質問だ。


 でも大丈夫、奈月ママはこういう時にいつも上手くやってくれていた。

 前に小さい頃の湊が、お城(ラブホテル)を指差して、「あそこ行ってみたい!」と言った時も、


「湊が大人になったら、王子様が連れて言ってくれるから、それまで待ってないとダメだよっ」


 と百二十点の回答をした事がある。その後、湊が「じゃあ、ママは行ったことあるのー?」といた後、こっちを見て、


「ママは、パパに連れて行ってもらったよっ」


 と言ったのは余計だったが。今じゃ王子様じゃなくて、お子様だが。

 とにかく、今回も奈月がなんとかしてくれるはずだ。

 そう期待を込めて、運転中の奈月の横顔を見ると、「あなたがんばっ」の顔をしていた。なんで?

 僕は小声で、奈月に声をかける。


「なんでだよ」

「自由の女神からだと、中々いいのが思い付かなくて……」

「頼むよ、僕には無理だよ」


 なとど情けなくも奈月を頼っていると、バックミラー越しに湊と目があった。「パパ、任せて」って感じの顔をしている。

 よし、湊を信じてみるか––––僕は無言で頷いた。

 それを見て湊は、隣に座る蓮花に話しかける。


「じゃあ、れんちゃんが大きくなったら、みぃなと行こっか!」

「おい、湊ぉ––––––––––––––––っ!」


 裏切りだぞ、湊! 姉妹でそんなとこ行って何するつもりだ! お父さんはお前をそんな子に育てた記憶はないぞ! 確かにお前は可愛いものや、可愛い子が好きかもだけど、そういうことだったのか⁉︎ そっちだっのか⁉︎

 いや、もちろん僕はそういう偏見はしない。女子校の勤務が長いからな、そういうカップルは結構見てきた。

 でも妹はダメだろ⁉︎

 実の妹だぞ⁉︎ いくら可愛いからと言って血が繋がってるんだぞ⁉︎ それは絶対にダメだ!

 だが湊の思惑は、僕の考えていた事と全く違った。


「あそこはねー、美味しいご飯食べれたりぃ、カラオケもあったりぃ、大っきいお風呂があったりして、とっても楽しいんだよー」

「えー! そうなの!」

「ただ、十八歳にならないとあそこで遊べないからさ、それまでは我慢ねっ」

「うん、分かった! 絶対おっきくなったら、いこーねっ」


 ……上手いなぁ。湊は本当にこういうのが上手い。湊は子供だからこそ、子供の側に立って、説明してくれる。自身も子供でありながら、大人として説明した。嘘を一つも言わずに、蓮花にラブホの説明をしてみせた。

 それに、もしその歳になって行くことになったとしても、ラブホで女子会ってのは結構あるらしいし、別におかしな所もない。


 湊は子供の顔と、大人の顔を使い分けるのが抜群に上手い。例えば一人称だ。知っている人や、仲のいい人の前では『みぃな』だが、初対面の人や、目上の人が相手の場合、『あたし』になる。

 小五でこれが出来るような子は、中々居ないと僕は思う。

 世渡り上手ってのは、湊みたいな奴のことを言うんだろう。


 ……てか、湊はラブホ知ってんのか……はぁ。ため息が出る。スマホだ、スマホが大体悪い。

 そんな事を考えていると、後ろから湊が耳打ちしてきた。


「ねえ、パパ」

「んー?」

「ご褒美に一つ質問してもいい?」

「いいぞ」


 まあ、お手柄だったしな。断る理由もない。


「パパってさ、小さくなってからもママとしてるの?」

「ぶっ––––!」


 小さな爆弾の後は、大きな爆弾が投下されてきた。おかげで吹き出してしまった。

 湊の声は小さかったため、奈月は当然聞こえてないだろうし、翔奈は聞こえたとしてもこういう場合は無視だろうが、その質問はヤバい。

 ……よし、とぼけよう。


「……な、何をかな?」


 返答は無い。代わりに僕のLINEに『みぃな』さんからメッセージが届いていた。


『してるのは知ってるからさ、きたいのは別のことなの』


 ノーコメントだ、僕はノーコメントを貫くぞ。

 だけど湊から、『保健体育的な意味で』と追加のメッセージが届いた。

 ……多分、興味本位で訊いてるんだろうな。保健体育の勉強、性教育は小四から始まるし、女の子は別のことも学ぶ時期だし。

 勉学に置いて、何事も興味を持つというところから始まるのは事実だ。好奇心自体に悪いことは無い。それが例え、エロ方面でも。


 ……仕方ない、答えてやるか。

 蓮花とはケースが違うし、湊はソレを知る年齢に達している。

 だが、その前に聞くことがある。僕もLINEで湊にメッセージを送った。


『なんで知ってるんだよ』

『だって、ママっていつもムダ毛の処理とか完璧なんだもん』


 確かに完璧だ。奈月の肌は、常にツルツルのツヤツヤだ。僕もだけど(子供だから)。


『アレは日頃から誰かに見せる為にお手入れしてる身体だよ』


 すごっ! 湊、なんて鋭い子! うわー、そういう所から推測してくるのか……、すごいな最近の小学生は。いや女子か。女子はそういう所から分かるのか、すげーな。


『ママが浮気とか絶対ありえないし、となると相手はパパでしょ?』

『もういい、分かったから質問を早く言え』


 LINEとはいえ、僕は娘となんて会話をしているのだろう。このオマセさんめ。


『ぶっちゃけ、その身体でイケるの?』


 ……こいつ、重ねてとんでもない事を訊いてきやがったぞ! もう本当にスマホはダメだ! 調べ物をするのには役立つけど、そういうことも調べられるんだから、いずれは知ることだとしても、もう少しなんとかして欲しい!

 他所の家庭はこういう時、どうやって答えてるんだろうなぁ。

 いや、成人男性から五歳児になった人なんて殆どいないのだから、参考にはならないか。

 だからこそ、湊も訊いてるのかもしれない。

 ……仕方ない、アレだ––––変に誤魔化すなんてのは僕には出来ないし、正直に言うか。


『回数制限は無い』

「やばっ!」


 LINEではなく、湊は普通に大声を出し、後部座で驚いていた。これが奈月発禁の真相である。

 翔奈は湊をチラッと見たが、スマホを見ているので、それで驚いた何かがあったのだと、自己解釈して、特に何もかなかった。

 だが、蓮花は違う。


「みなねぇ、何が、何が!」

「あ……、えーとね、このブラウス、今だけ半額なんだってー」


 八重垣やえがき湊、誤魔化すのも上手い。蓮花にブラウスの解説をした後(蓮花が「ブラウス?」と首を傾げたので)、湊は再び僕にLINEしてきた。


『それ、ほんとなの?』

『本当だ』


 湊は小声で「だからママは肌艶いいんだ……」と呟いていた。

 身体が小さくなって不便なことも多いけど、悪いことばかりじゃないのは間違いない。


 まあ、それがいいことなのかは知らないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る