005『パパの頭はお姉ちゃんが洗ってあげる!』
滞りなく仕事を終えて帰宅した僕を待っていたのは、元気な末っ子であった。
「パパ! 今日はお姉ちゃんが頭洗ってあげる!」
「いや、自分で洗えるから大丈夫だよ」
しかし
「あらうのー! あたしがあらうのー!」
まるで欲しいものを買ってもらいたい子供のように駄々をこね始めた。
こうなっては
幼稚園生とは言え、年長さんとなれば、女の子は結構大人びているものと思っていたけれど、それはご家庭によって違うらしい。
比較対象として、
逆に湊は、その頃からオシャレに敏感であり、奈月の化粧品でイタズラをしたりしていた。これもある意味大人びている。
そう考えると、人によってかなり違うものだと勉強になる。子育ては一生勉強、これは最近の僕の指標だ。
まあ、僕のお勉強の話はさて置き。
末っ子の蓮花の話だ。
蓮花は末っ子なのもあり、お姉ちゃんにやたらと憧れている。そりゃあ、上に二人もお姉ちゃんがいるのだから、憧れるのは当然だ。
だけど蓮花は、見た目がお姉ちゃんになりたいのではなく、精神的にお姉ちゃんになりたいらしい。
僕は違いがよく分からないのだけれど、多分僕が見た目は子供、中身はお父さん! みたいな感じかなと勝手に思っている。
オシャレやメイクをしたいわけじゃないけど、小さな子の世話は焼きたい……みたいな。
誰かに対してのお姉ちゃんで
まだまだ子供な蓮花なわけだけれど、小さな子の前ではお姉ちゃんぶりたいのは可愛くもあると思う。
その対象が僕じゃなければだが。
それにしても、「パパの頭はお姉ちゃんが洗ってあげる」という日本はどうなのだろうか?
現国の教師としては、間違いを添削しないといけないのだけれど、僕と蓮花の関係性としては間違っていないので困るのも事実だ。
蓮花は僕の娘であるのだけれど、身長的には蓮花の方が少しだけ上なので、お姉ちゃんと言ってもいいかもしれない……。
うん、間違ってない(かなり無理矢理だけど)。
そもそも僕の五歳という年齢も、見た目からの自己申告になるので、実際の年齢は謎だ(身長や体重からはその辺と推測している)。
真面目な話を保健体育的にすると、僕はまだ子供が作れる状態にない。もっと詳しく言うと、精通はしていないので、(この話をした時の奈月の反応はヤバかった。もう十八禁と言うより発禁だった)、身体の機能的にその辺と見て間違いない。
てなわけで、だいぶ話が脱線したがまとめると、「パパの頭はお姉ちゃんが洗ってあげる」という日本語は、半分くらいは正しいので訂正出来ない。
まあ中には、年長さんから父親と一緒にお風呂に入るのを嫌がりだすこともあるという話も聞いたことあるので、まだ嫌がらないだけマシと考えるか。
……いや、しかし。年長さんならそろそろ一人で入る練習をすべきじゃないだろうか?
現に長女の翔奈は、そのくらいから一人で入る機会も増えて来た。
具体的には一人か、奈月か、湊か、蓮花としか入らなくなった。
言い方を変えれば、僕とは入らなくなった。
いつかは訪れてると思っていたその日は、かなり早く訪れた。
ショックだったさ。ああ、白状する。とてもショックだった。
「もうお父さんとは一緒にお風呂には入りません」
だとさ。
これは、父親が聞きたくないの娘の一言ベスト3に入ると確信している(後は多分『お父さんの下着と一緒に洗わないで』とかかな)。
それをもう一度言われない為にも、僕は蓮花のお願いを大人しく毎回聞いてあげることにしている。
大人らしくね。
ちなみに湊は、物凄く長風呂なので、一番風呂に翔奈と入って、最後の僕と一緒に出ることもある。
「分かった、今日はパパと一緒に入ろっか」
そう言うと、蓮花は笑顔の花を満開に咲かせ、飛び跳ねて喜んだ。
「やったー! じゃあ、あたしのカッパさん貸したげる!」
ちなみに蓮花の言う『カッパさん』とは、シャンプーハットのことだ。
「いや、パパはカッパさんは要らないよ」
「なんでー? カッパさん無かったら、目が痛くなっちゃうよ?」
「パパは使わなくても大丈夫なんだよー」
なんて言いつつ、僕は一つの疑問を抱いた。
そもそも年長さんでシャンプーハットってどうなのだろうか?
他のご家庭では、まだ使っているのだろうか?
他所は他所、家は家とは言うけど––––年長さんはお泊まり保育がある。
泊まりだ。
その時に、「えー! れんちゃんまだシャンプーハット使ってるのー⁉︎ ちょーあり得ないんですけどー!」って言われたらどうするんだ?
うん、ありえるぞこれは。
大いにありえるぞこれは。
小学校高学年くらいまで指をしゃぶって寝ていた僕としては、こういうのは早目にやめさせるべきだと知っている。
じゃないと恥をかくし、中々治らないし。
よし、これを気に蓮花にはシャンプーハットを卒業するように促してみるか。
「なあ、蓮花」
「なあにー?」
「今日からカッパさん使うのやめてみないか?」
「えー、なんで?」
「蓮花はお姉ちゃんなんだろ? ほら、大人はみんなカッパさん使ってないだろ? だから、蓮花もお姉ちゃんになるなら、カッパさんはそろそろ卒業しないとダメじゃないかな?」
よし、これはかなりいいぞ。蓮花はお姉ちゃんになりたい。そして、お姉ちゃんになる為にはシャンプーハットは卒業。
うん、子供にも分かりやすいと思うし、蓮花的にも納得出来る理由がある。
しかし、蓮花は意外な一言を言い放った。
「でもパパは、この前ママと入った時使ってたよね」
「…………」
そう、確かに使っていた。いや、決して僕はシャンプーハットが無いと頭が洗えない系のパパというわけではないのだけれど––––奈月が冗談半分で僕にシャンプーハットを装着して、僕もその日は少し仕事で疲れていたので、大人しく頭を洗われていた。
誤解のないように言っておくけど、決して奈月に甘やかされるのが嬉しかったわけじゃないし、そもそもいつも自分の頭は自分で洗ってるからな!
一緒にお風呂に入ってたのは昔からだし、そもそも奈月は勝手に入ってくる。
だから僕は子供じゃないし、この歳になって幼児退行しているわけでもない。
見た目はしてるけどな!
でも、どうしよう……。『大人は使わない』と言った手前、大人である自分が使っていたとなると、説得力に欠ける。
お泊まり保育があるのは夏休みに入ってからなので、後三カ月はある。
奈月と協力してゆっくりと説得していくだけの時間はあるにはあるが……。
––––いや、待てよ。
問題は大人である僕が使っていたにある。
ならば、そこを変えてしまえばいいのではないか?
大人らしく、ずる賢く。
「パパはほら……その、見た目が子供だから使うけど、蓮花は……えっと、パパのお姉ちゃんなんだから、子供じゃないでしょ? だから、今日でカッパさんは卒業しようねー」
蓮花は『パパのお姉ちゃん』と言われたのがよほど嬉しかったのか(日本語がおかしいツッコミはこの際無しだ)、元気に即答した。
「分かった! じゃあ、今日からカッパさん使わずに頭あらってみる! カッパさんはパパにあげるね!」
こうして、蓮花はカッパさんを卒業し、僕の頭にはめでたく娘のお下がりのシャンプーハットが装着されたのであった。
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