004 『小さなギャルと小さな先生』
今日は四月二十日。
もうすぐ、ゴールデンウィークだ。ゴールデンウィークには、
それまでに、なんとか
ここでちょっとだけ、僕の仕事の話。
前に少し話したけれど、僕は高校の教師をやっており、女子校の教師をしている。
しかもかなりレベルの高いところであり、
なんでそんな所にしたんだとよく聞かれるが、ここだけの話、給料がとてもいい。
前の家(普通のアパートだ)から近い場所にあったので、通勤にも便利だったしね。
今の家に引っ越してからは車で通っていたのだけれど、今の僕は運転が出来ないので(身長的に脚が届かない)、駅前からのスクールバスを利用している。
なので、まずは家から駅前まで徒歩で歩く。
「ほら、パパ急いで」
「分かってる、秒で行く」
今日もバッチリ決まったオシャレな
そして、
「横断歩道を渡る際は、ちゃんと手を挙げてくださいね」
「だってさ、湊」
「それ、パパが言われてるんだからね」
うん、知ってた。毎回言われるから。もう慣れたものだ。子供扱いも、横断歩道で手を挙げるのもな。
「みぃなは先出て待ってるから、パパもママと早くちゅうしてから、来てね」
「…………」
湊は悪戯っぽく笑いながら、靴を履いて、玄関を出て行った。余計なこと言いやがって。
「あなた」
「……なんでしょうか、奈月さん」
「忘れ物ですよっ」
奈月はニコッと笑ってから、しゃがみ込み、目を閉じた。
僕は奈月の背後に誰も居ないことを確認してから(流石に娘に見られるのは恥ずかしい)、素早く朝の恒例行事を済ませる。ちゅっとね。
「ふふっ、いってらっしゃい」
「はいはい……」
玄関を出ると、湊のニンマリ顔が飛び込んできた。
「……何だよ」
「んー? 朝からラブラブで羨ましいなーって」
「ばぶばぶの間違いだろ、身長的に」
「ぷっ、パパ、面白いっ」
僕の自虐ネタが、湊にクリーンヒットした。
そして、一緒に駅前に向かって歩きだす。湊の通っている小学生と駅の方向は同じなので、朝は大体一緒だ。
「ねえ、パパ、今日のみぃなはどう?」
「だから、そういうのはママに––––」
「みぃなはパパに
そう言われると、答えないわけにもいかないので、僕は改めて湊の格好を見る。
この前までアッシュカラーだった髪は明るめの金髪になっており、服装も白いオフショルのブラウスに(肩が全見えだ)、黒のショーパンをハイウエストにして合わせている。
「……まあ、いいんじゃない」
「そう?」
「ただ、ちょっと露出多いからな、そういうのは学校に行く時は着ちゃダメだ」
娘の服装にケチを付ける父親に僕もなってしまっだが、
「パパの学校には、こういう子いないの?」
「うちはお嬢様校だからなぁ。みんな、真面目だよ。というか、制服だし」
「ふぅん」
実際、髪を染めているような生徒はいないし、スカートを短くしている生徒も少ない。
別に校則が厳しいわけではないのだけれど、全体的に雰囲気が真面目だ。
「あ、みぃな、今日は帰りちょっち遅くなるから」
「撮影か?」
「そう」
湊はモデルをやっている。
もう一度言う。湊はモデルをやっている。
なので、当然そこそこの収入がある。
毎月美容室に行くし(多い月は三回行く)、お洋服は家族全員を合わせたよりも持ってるし(たまに僕の服も買ってくれる)、スマホは常に最新機種だ。カネモだ(使い方あってる?)。
小学生でスマホなんてまだ早いと思ったのだけれど(長女の翔奈は中学に上がってからだった)、自分で払うと言われては僕も否定出来なかった。
まあ、撮影に行くのも電車に乗る必要があので、念のために持たせておくのは悪い考えでは無いと思う。
「帰りはいつも通り編集長さんに送ってもらうから、心配いらないよ」
「ああ、編集長さんには僕の代わりに、お礼を言っておいてくれ」
編集長はなんていうか、ギャルの人がそのままアラサーになったみたいな人で、とてもパワフルな方だ。どのくらいパワフルかというと、この僕が湊のモデル活動を許しちゃうくらい、情熱と熱意に溢れた人だった。
「あ、パパのこともキッズモデルに推薦しといたから」
「せんでいいわ!」
「それとも、キッスモデルかな?」
「キッツモデルだな」
「…………」
「いや、僕は悪くないと思う」
微妙な空気が二人の間に流れる。いや絶対に、最初にキッスモデルとか言った湊が悪い。
「まあ、みぃなとパパはキッズモテるって事で」
「お前、よくそのノリで友達減らないよな」
「あははー、よく言われるー」
僕は年齢が年齢だけに(中身の)、オヤジギャグとかは思い付いても絶対に言わないようにしているのだけれど、湊は小学生でも言わないようなギャグを平気でブチかましてくる。
唯一上手いと思ったのは、『令和』が発表された時に、「つまり、クールジャパンだね」と言った時くらいだ。
「ねえ、パパ」
「なんだ?」
「早くねぇねと仲直りしなね」
「……分かってるよ」
小学生の娘に諭される父親。そのくらい言われなくても分かってるさ。きっと、心配もされてるのだろう。
「まあ、パパならなんとかなるよっ」
「軽く言うなぁ」
「パパは、娘であるみぃなから見ても、結構いいパパだと思うんだよねー」
「なんだよそれ……」
僕がそう言って肩をすくめると、湊はニコッと笑い、八重歯を見せる(この八重歯は
「みぃなはねぇ、パパが時たまやる、『お父さん』の顔が好きなんだー」
「なんだそれ、どんな顔だよ?」
「うーん、顔とは言ったけど……、なんていうか、全体的な雰囲気がお父さん! って感じかなぁ。それを見るとね、パパがみぃなのパパで本当に良かったなって思うんだー」
こいつは、たまにこういうことをサラッと言う。お小遣いあげたくなちゃうよね。
「……お前は父親を口説く天才か?」
「あははー、浮気しちゃう? ママから乗り換えちゃう?」
「バカ言うな、奈月は怖いんだぞ」
「だよねー」
なんて会話をしているうちに、交差点に着いた。
「じゃあ、行ってくるね、パパ」
「ああ、あとナチュラルに頭を撫でるな」
交差点で湊と別れ、僕はちゃんと手を挙げて横断歩道歩道を渡り(湊は遠くからそれを見て笑っていやがった)、駅前を目指す。
駅前にはすでにうちの高校の生徒が何人かおり、僕に気が付くと手を振ってきた。
「あ、しょうちゃん、おはようっ」
「……おはよう」
「しょうくん、今日も可愛いねー」
「可愛いくはない」
「しょうくん、飴食べる?」
「食べない」
「しょーちゃん、カバン重くない?」
「大丈夫」
「ショタくん」
「おい、今、ショタくんって言ったやつ誰だ! ゴールデンウィークの宿題二倍にしてやる!」
とまあ、こんな感じでいじられている。毎回バスの椅子に座らせてくれたりするのはありがたいが、ちょっとみんな僕のことを先生だと思ってないんじゃないんですかねぇ。
確かに黒板の上の方に手が届かないから、パワーポイント使って授業したり(前は椅子の上に立ってた)、着ている服も子供服だったりするけど、一応歳上なんだぞ。
それをショ……ショタくんだなんて、ゆ、許せない! やっぱり宿題五倍にしてやる!
くそ、これだからスクールバス通学は嫌なんだ。生徒にからかわれるのが
僕は何故か、昔から生徒に親しまれやすいタイプらしく、みんな僕のことを友達か何かに思っているに違いない。
もちろん、生徒に慕われるのは悪いことではないとは思うのだけれど、適切な距離感というものがあるの思う。
それを思いっきり超えたやつが言うな、って話だけど。主に奈月の件で(生徒と結婚しちゃった件)。
それを言われたら僕も弱い。後悔はないけどね。
真面目な話、僕は教師という仕事に誇りを持っている。
やる事は多いし、ムカつくことも当然あるけど、やりがいがある好きな仕事だ。
生徒はみんな可愛いし、教えがいもある。
初めて
その時に卒業したのが、奈月だった。まあ奈月は僕からは卒業せずに、そのまま着いてきちゃったけどね。
懐かしい話だ。
「しょうちゃんは、ゴールデンウィークどっかいくのー?」
「旅行に行くよ」
「えーどこどこ!」
「みんな知ってるようなテーマパークに泊まりで」
「しょうくん、家族サービスだー」
「まあな」
「いいなー、うちなんかそういうの全然だし」
「友達とかと、どこか行けばいいじゃないか」
「鬼の宿題教官が居るので無理でーす」
ほぼ全ての生徒が僕のことを見ていた。いや、僕だってお前らの為を思って宿題出してるんだって。
僕も学生の頃は、なんでこんなに宿題出すんだよ! って思ってたけど、今ならその気持ちが分かる。
先生になったら分かる。
大人になったら分かるの先生バージョンだ。
それに宿題を増やすというのは、こっちの作業量が増えるのと同義であり、問題を作る時間や、丸付けの時間も当然増える。
僕はもちろんそんなの苦じゃない。可愛い生徒のことを考えれば、残業だってしてやる。
ただまあ、僕の宿題のせいで生徒達の遊ぶ時間も減るのもまた事実だ。それは僕も悪いとは思っている。
そうだな……、前年度の学期末のテスト、平均点とか割と良かったし––––今回は宿題は無しにするか。せっかくのゴールデンウィークだ。
みんなには、出来るだけ有意義な時間を過ごして欲しいし。うん、そうしよう。
「あ、ショタくん、バス来たよ!」
「宿題十倍だ、こらぁ!」
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