「~~~~~っ、この、アホ太陽!!!」
むかしむかしあるところに、さみしがりやの神様がいらっしゃいました。
神様はずっとずっと、真っ白なところにひとりぼっちでした。
神様はふと思いつきました。
「そうだ、種をまいてみよう。
色とりどりの花が咲けば、きっとさみしくなくなるだろう」
神様は真っ白なところに種をまきました。
小さな種たちは、神様にだいじに育てられてて、すくすくと成長していきました。
ながいながい時間をかけて、
ようやく咲いた たくさんの花を見て、神様はよろこびました。
うれしくなった神様は、さらに種をまきました。
そしてまた、そのすべてに愛情をかけて育てていきます。
いつしか真っ白いところは花でいっぱいになり、
気づけば神様はすっかりさみしくなくなっていました。
「ああきれいだ。わたしの花たち、いとしい花たち。
どうかわたしと、ずっと一緒にいておくれ」
たくさんの花に、ひとりの神様。
それが起こってしまったのは、仕方のないことだったのかもしれません。
あるとき神様は手入れの途中で、疲れて居眠りをしてしまいました。
そして次に神様が目をさましたとき。
手入れを終えていなかった花たちは、すっかり枯れてしまっていました。
神様は かなしみました。
自分が世話をしてやらなかったからだと泣きました。
そしてかろうじて残された花々をみて、かんがえます。
またこんなことがあってはならない。
どうすれば花を守れるのかと悩んだ神様は、また思いつきました。
「そうだ、“わたし”が“ひとり”じゃなければいい」
神様は、自分の長い金色の髪を、半分ほどばっさりと切りました。
金の髪がさきほど流した涙の中に落ちると、
その光を反射した涙がきらきらと銀色に輝きます。
「ひとつの花に、ふたつのわたし。
そうすればもう花を枯らすことはない」
髪と涙は金と銀のひかりになって舞いあがり、
それぞれの花のもとへと、飛んでいったのでした。
*
「おい、黒のは一体何をしているんだ」
切り立った崖の上に座って眼下に広がる花畑をぼんやり眺めていた俺の横に降り立った月のが、空を見上げて言う。
「頭冷やしたいんだって。戻ってからずっと飛び回ってるよ」
それはもう文字通り、異世界で友人と見た曲芸飛行さながらに飛んで回っている。
月のは妹に向けたものでない溜息を吐くと、そのままじとりと俺を睨んだ。
「それにしても、いつまでその姿でいるつもりだ」
「うん?」
「その人間体への戻り癖など、もうとっくに抜けてるんだろう」
「……やっぱりばれてた?」
ひとつ苦笑を零して、手を一振りする。
すると高校生ぐらいだった人間の姿が、一瞬で二十代半ばほどの見た目に変化した。
「分かるさ。貴様のことは何でもな」
月のは風になびく髪を耳にかけながら俺の隣に座った。
それと同時に、今度はぴたりと止んだ風の隙間から、月のの静かな声が届く。
「眷属たちは望めば消滅することも出来るが、我らの生は絶対だ。あの人が望まぬ限り、この身が消えることはない」
永劫の時間。
花の世話が出来るように、花をもう枯らさないように、神様は俺達に意思をくれた。自分で考える心をくれた。
「花の数だけ神使は在れど、貴様は特にあの方に似ているな。あの方にとっての花が……お前にとっての“人”なのか」
月のの言葉を聞いて、俺は観念するように深く息を吐く。
俺は人間が好きだ。あの弱くて強い生き物が、愛しくてたまらなかった。
けれど愛すれば愛した分だけ、その終わりを見届けることがつらくて、つらくて、たまらなくなるから。だから俺は“逃げた”のに。
異世界の友人たちを思いだして、小さく笑う。
「……自分の管轄じゃない別の花にいる人間ならさ、あまり大切にならずにいられるかと思ったんだけど、やっぱりダメだったなぁ」
結局俺は、あの生き物を愛でることが止められないのだと再確認するだけの結果に終わってしまった。
ちらりと横目で俺を見た月のが、呆れたように眉根を寄せる。
「まったく、花が大切で大切で大切すぎて、まだ起きてもいない事柄を必要以上に怖がる様が本当にそっくりだ」
「辛辣だなぁ……」
「ふん。だいたい、出来もせんことをやらねばいいのだ。そうやっていつまでも怖がりながら愛していればいいだろう。大切である以上、失う恐怖が消えることなど無いのだから」
「……月のがそういうこと言うのめずらしいね。俺が人間と関わるといつも渋い顔をするのに」
「それは貴様がちょっとしたことでいちいち凹むからだ。面倒くさくてかなわん。だが……まぁ、音信不通になられるよりはマシだからな。もう好きにしろ」
吐き捨てるようでありつつもどこか穏やかな声色でそう言った相棒に、ありがとう、と小さな声で伝えれば、照れているらしい沈黙が戻ってくる。
ここでからかったら怒られること間違いなしなので、そのまま黙って笑みを浮かべた。
「しかし貴様、その口調は戻らんのか」
「あー、なんか楽でさぁ。これこそホントに馴染んじゃって……せっかくだから月のも、」
「断る」
「早いな!」
*
飛び回っていた黒のがようやく降りてきたのは、それから数日後。
自分で制限をかけないかぎり肉体疲労など感じない竜の体であるはずなのに、妹は三徹後のエンジニアのような据わった目で、じっとりと俺を見上げた。威圧感がすごい。
「……黒の?」
「わかりません、でした」
「うん?」
「わからない。わからない。人間も感情も。わからないことだらけ、です」
黒のはそこで一度言葉を切って、何やら覚悟を決めたように拳を握る。
「このわからないの正体をしるまで、黒はかえれません。眷属竜ともあろうものが、こんなざまではあにさまとあねさまのお役にたてません」
「ザマて」
どうも考えて考えて考えすぎて、何かがオーバーフローして勢い余って吹っ切れたらしい。隣に立つ月のは、こうなると思った、と言わんばかりに溜息をついている。
「だから黒は、あの村にもどります。あそこでなら……この感情の意味も、わかるかもしれないから」
ほかの弟妹たちが何か大事なものを定めたときと同じ、強い光を宿したその目を見返して、俺は思わず笑いながら妹の頭をくしゃりと撫でた。
「二人によろしくな、黒の」
村のほうへ飛び去っていく黒い竜の背中を見送って、ひとつ伸びをしながら相棒に語りかける。
「ねぇ月の」
「なんだ太陽の」
「最初は本当に現実逃避っていうか、逃げるための異世界旅行だったんだけど」
いろんな花を渡り歩いて、いろんな人々と出会い、別れ、また出会った。
その中にはもちろん葛藤もあったし、やっぱり辛いことだってあったけど。
「なんやかんやでさ、楽しかったよ」
旅の中で会った彼らも、今回の里帰りで出会った人たちも、遙か昔、かつて共に生きた人々も。なんだか今思い出すのは笑った顔ばかりだった。
「……そうか」
「うん。俺、旅行するの結構好きみたいだ。それでさ月の」
「ああ」
「高校の友達と旅行にいく約束してるから、またちょっと異世界行ってくるね!」
「ああ………………、ハァ!?」
「おみやげ何がいい? シーサーとかかな。そういえばアレふたつ隣の花の神使さんに似てるよなぁ」
「ちょっ、きさ、」
「あ、さすがにまた弟妹達に心配かけるのは何だし、次はもう少しこまめに里帰りするから大丈夫だよ。ということで行ってきまーす」
「~~~~~っ、この、アホ太陽!!!」
神の山と呼ばれ、人々に敬われる荘厳な山脈のふもとにて。
そんな神々しさの欠片もない神竜の雄叫びが、真っ青な空に高々と響き渡ったのだった。
神竜さんの里帰り ばけ @bakeratta
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