第6章 プロファイリング大作戦

「もたもたしている時間はありません。早速イベント責任者の聴取に入りましょう」

 観客の目線を意識しながらジュリアン警部は改めて指示を出した。

(ジュリアン、お前が長々くだらない推理していたからだろう)

 と堀川はケチをつけた。

「ところで、さっきから気になってたんですが、この会場にいる大勢の人々は一体何なんですか?」

ジュリアン警部は今になって初めて気づいたかのように周りに質問した。すかさずアピールに余念のない山崎巡査が前に出た。

「警部、こちらの人々は遺体発見時にこの会場にいた観客です。遺体の発見者も含めて全員そのまま残ってもらっています」

 それを聞いたジュリアン警部は大きくかぶりを振った。

「いや全く、無意味、ナンセンス。そんな事をしているから、世界で日本の警察は横柄だとか無能だとかツィートされてしまうんですよ。私のプロファイリングからは、犯人は男性、三十代以上でマニアックな傾向があり、幼稚性と猟奇的趣向を持ち、自己顕示欲旺盛、新年や伝統行事に対する反抗心を持つところまでは見えて来てます」

「えーとそれはつまり……どういうことですか?」

 山崎が弱々しく声をあげた。

「その他のタイプは容疑者足りえません。即刻、女性と若者を解放してあげてください!」とジュリアンは会場のオーディエンスを見回すと言い放った。

「いや、でも、この後全員の聞き取り調査をしないことには……」

 あくまで強気のジュリアンの勢いを前に山崎の心が揺れている。

「無意味な情報はいくら集めても無意味です」というと、笑顔を見せてジュリアン警部は、フットワーク良くステージに上がっていった。

(何を始めるつもりだジュリアン!)

 その様子を見た堀川の顔が曇る。他の警察官たちは、次の作業を停止して見守るしかなかった。

「都民の皆様、大変長らくお待たせして申し訳ございません。初詣の途中、デート中の方、家庭に帰りたい方、様々だと思います。これからは警視庁の浦賀ジュリアンの名においてこの事件の早期解決をお約束します!」

 ステージから五百人近い観客に向かってジュリアンは演説し始めた。無関心に実況見分を見ていた観客の一部が拍手を送った。

「なかなかユニークな警部ですね」

 坊主の大宮はほれぼれした表情でジュリアンを仰ぎ見ていた。

「変人は変人を理解するのね」堀川はこぼすしかない。

 さらにジュリアンはスタッフにマイクを催促し、さらに本格的に演説を続けた。

「事件の早期解決のためには、皆様に少々ご協力いただきたいことがございます」

 場内で退屈していた観客は「なんだ、なんだ」と歓迎の様子で立ち上がった。

「はい、まずはみなさんこのステージ前にお越しください。それと鑑識さんフロアの真ん中に黄色いテープを縦に一直線に引いてもらってよろしいでしょうか? 死体は邪魔になるので、さっさと運んでもらって大丈夫ですよ」

 ジュリアンの指示を聞いて早速遺体は場外に搬送され、フロアの中央にステージからまっすぐに鑑識用「立ち入り禁止」のビニールテープが引かれた。

 一体何が始まるのか、経験豊富な鑑識戸田にも分からない。


「ではこれから皆さまにご協力いただきまして、私がFBIで学んだ『プロファイリング仕分け』をレクチャーします。まず最初の仕分け行きますよ!」

 マイク片手にジュリアンはテンションが上がって来た。

「まず女性は私の左手のフロアへ、男性は私の右手に分かれてお集まりください」

 これから始まることへの期待感から観客はざわざわと声を上げて、右と左におよそ半数づつに男女が散らばっていった。


「いいですか、間違いないですか? もう動けませんよ! 大丈夫ですか」

 ジュリアンはステージ上をウロウロと動き周り、観客に念を押しをする。

(一体これは何のゲームだ……)

 堀川はなるべく関わりたくないと思いながらも、捜査とは思えない展開に不安を募らせた

「それでは最初の仕分けを発表します。ハイ、女性の方! お帰りいただいて結構です」

 ジュリアンが右手を前に出し、お辞儀するようなそぶりで最初の答えを発表した。

 場内は一瞬の沈黙のあと「おぉ! 」という驚きの声があがった。女性たちからは檀上のジュリアンに喜びの歓声と拍手が送られながら出口に向かい始めた。

「まだ帰らないで下さい、捜査の途中です」

 堀川は声を上げるが、雑踏にかき消された。

 ジュリアン警部の突然の『解放宣言』によって、ホール出口に殺到する女性たちで場内は騒がしくなった。

 所轄署員らは「お帰りの方は出口でお名前と連絡先を控えさせていただきますので一列でお願いします」と群衆の整理に追われた。

 残された観客たちは今度は自分が帰る番だと期待に満ちた目をしていた。

 その様子を満足そうに壇上から見ていたジュリアンは「では次、第二回プロファイリング仕分けです。始めちゃってもいいですか!」と完全に調子に乗っていた。

「平成元年以降にお生まれの方は私の左、昭和生まれの方は右にお集まりください」

 男だけとなった群衆はもそもそと動き始めた。

 今回は見分けがつきにくいため分かれた群衆の間に鑑識官がロープを張って、勝手な出入りが無いように見張っていた。

「では発表します。男性の平成元年以降にお生まれの方! おかえりいただいて結構です」

「ヨッシャー」

 場内の若手観客から「ジュリアン! ジュリアン!」とプロファイリング仕分けを歓迎するジュリアンコールもあがる。

「チクショー逆かよ」

一方では場外馬券売り場のような中年のため息が聞こえた。

 会場出口では女性の記録だけで一杯なところに、解放された若手男性百名以上が殺到し大混乱となった。中には不満の声を上げて巡査の手を逃れて出ていく連中もいた。

 二回の仕分けで場内の一般観客は減って、現在の残りは百名程度のおっさん達だけとなった。

「ジュリアン警部! 次の仕分けは何ですか! 早くやってください」

 次は自分の番だと願い、観客からは甘えたリクエストが出始めた。

 檀上のジュリアンは落ち着いていった。

「これで仕分けは終わりです。みなさんは全員参考人ですので、勝手に出ていかないように、以上です」

残された観客からはおっさんの声で大ブーイングがあがるが、ジュリアン警部は全く気にせずスタスタとステージから降りていった。

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坊主探偵~ラノベプロデューサー殺人事件 遊良カフカ @takehiro

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