第5章 ラテン系プロファイラー到着
事件現場に立つ堀川の元に町田巡査が駆け込んできた。
「堀川巡査部長! 大変です! 警視庁の皆様が到着されました」
殺人事件発生に警視庁捜査一課が到着するのは当たり前だが、所轄の刑事としては本庁の警部様のお迎えにあがらないといけない。減点加点思想の島田係長が堀川に期待したミッションの中身はこれだった。
駐車場へ向う堀川に機動捜査隊山崎も同行しようとする。
「あなたは事件現場にいてよ」
「いえ、捜査一課の皆様に是非とも御目見得されたく御同伴お願い申し上げます」
「日本語無茶苦茶よ、あんたもアピールするわね。現場どうするのよ」
「先ほどの元警察官の大宮さんがいらっしゃるので、ひとまず安心かと思いまして」
「それが一番心配だわ」
「なんですか? 私もついて行きますよ」 聞き耳をたてていた大宮は言った。
「あんた一般人でしょ……余計なことしないで善意の通行人としてとりあえず現場見張ってて」
「承りました!」
嬉々とする僧侶大宮を現場に残して堀川はイベントホールの表に出た。
ホール前の広場には、見慣れない黒パトが止まっていた。フロントのエンブレムは緑の蛇が赤い舌……イタリア車アルファロメオだ。その傍らで白手袋をはめている背の高い男が立っていた。男は堀川と山崎に気付くと笑顔を浮かべた。
「現状維持ご苦労様です。捜査一課強行犯十三係特別捜査官の浦賀ジュリアン警部です。ジュリアンと呼んでいただいて結構ですよ」と堀川に手を差出した。
「君は確か……」
「沼部署の堀川巡査部長です。現場にご案内します」
「こちらです警部」山崎も強烈な敬礼のあと緊張しながら先導する。
「いいね、君テキパキして」
「はっ。沼部署機動捜査隊山崎巡査であります。御目文字頂き光栄至極に存じます」
若手刑事は自分アピールに余念がない。最近は本部の刑事に覚えめでたければ本庁への引き抜きも二十代からバンバンあるらしい、だからか。
規制線の張られたイベントホール入り口までくると、なぜかジュリアン警部が先に立ちドアを開け「どうぞ、女性のあなたから」とセクハラまがいの、いらんレディーファースト精神をみせた。
また変な男の登場に堀川は嫌な予感しかしない。
殺人現場では僧侶大宮が立ち番警官のように坊主頭の敬礼で迎えた。その姿は突っ込みどころ満載だが意外にもジュリアン警部はスルーした。鑑識の靴袋をつけながら「ちょっと拝見します」と平然とひとり規制線の中に入っていった。
堀川はジュリアン警部に知っているだけの情報で説明し始めた。
「会場では昨日の二十一頃からイベントパーティーが開かれており、こちらのご遺体はおそらく……」
「キミちょっと黙っておいてくれないか。余計な先入観は僕の捜査には必要ない」
ジュリアン警部はさっきまでの優しい雰囲気から変わって、何かに取り憑かれたように険しい表情になっていた。
「嫌な男ね」
堀川がぼやくと隣にいた大宮は頷きながら「堀川さん、仕方ないですよ。あの方は帰国子女キャリアですから。外国仕込みのプロファイラーです。我々凡百の平民とは違いますから」とジュリアン警部の経歴を語り出した。
浦賀ジュリアン警部は外交官だった父親の関係でフランスで生まれ。母親はフランス人です。両親ともにキリスト教で、ジュリアンという洗礼名は日本でも名前に登録された本名なんです。
小学生の時に帰国。日本ではカトリック系私立の名門暁星高校から上智大学法学部に進み、そこから国家一種に合格し警察庁へ。外国語に堪能なことから、公安部欧米課で二年間、幹部候補生として働いた後、警視庁へ異動。それと同時に留学制度を利用してイタリアのローマ警察署で、ラテン系プロファイリングを学び、昨年の夏に帰国のしたばかりです。
「あんたやけに詳しいわね」堀川は怪訝な顔で聞く。
「念願叶って警察官に戻った時の為に、警視庁のキャリアの名前と経歴は全て暗記しています」
「くだらないこと覚える前に、寺の手伝いしっかりやってくれ。それにしてもジュリアン警部の経歴めちゃくちゃ変わってる割には日本での現場捜査経験ゼロじゃないの? そんな奴に捜査指揮任せて大丈夫なの」
「その心配は無用です」
今度は同じくジュリアンの飼い犬と化した巡査の山崎が答える。
「浦賀ジュリアン警部は帰国早々、未解決だった『東新宿外国人娼婦惨殺事件』の犯人像を瞬時に言い当て、資料にあった切り傷から刃物の特徴をズバリ、生ハムを切り分けるナイフと見抜き、容疑者の一人であった立ち飲みスペインバルの店長を逮捕したそうです」
「さすがラテン系プロファイラーですね」大宮も感心する。
「何がさすがよ。まぁそんなに優秀な捜査官がいらっしゃったというならこの事件も早期解決してくれるでしょうね。元日中には一度は家に帰りたいわ」
堀川は単独で検死に集中する浦賀ジュリアンの動向を見守った。
その間も浦賀ジュリアン警部は、遺体を様々な角度から眺め手際よく検視を続けていた。会場に留め置かれた数百人の観客の視線を意識したように、刑事としては長すぎる髪をかきあげながら手元のタブレット端末を操作している。
「なるほど、そういうことか! これは日本の通常捜査では見落としがちなエビデンスだな」と時々、わざとらしい大きな独り言を挟みながら、大仰な仕草で動き回っていた……。
十分ほど経過、やがてジュリアン警部は捜査官を集めて、会場の一般人観客に対してアピールするかのように自身の検死所見を大ぴらに話し始めた。
「こちらのデッドボディが、この場で断頭され殺されたとした場合。その血痕の範囲は付近十数メートルに及びます。しかし、この遺体発見現場の周りには血痕が少ない! これが意味するのは、こちらの遺体はこの場所で殺されたのではないということです」
ジュリアンはルーペのCMのように大げさな身振りで観客のリアクションをあおるが、数時間留め置かれて疲れ切った観客からは戸惑いの反応しかおこらない。
それを不服に感じたジュリアンは続ける。
「ヘッドが見つかっていませんが、理由分かる方いますか? いらっしゃらない? では申し上げます。理由は二つ。一つは、遺体の身元特定を遅らせる必要があった、二つ目は顔が見たくなかった」
現場の鑑識連中から思わず「ほぉ」という関心したかのような声があがる。ジュリアンは調子づく
「このことからわかるのは、犯人は顔を見たくない近親者の可能性が五十パーセント。殺害方法の首切りという儀式じみていることから、何らかの狂信的背景がそこにはあると私には感じられます! ここまで質問ありませんか」
ジュリアンは会場の引いた静寂を自分の推理への感心とでも思っている様子だった。
「あのぉ警部、事件関係者がいるかもしれないこの場でそんな話をしても大丈夫ですか?」
堀川は『空気読んでる?』と念の為忠告するが、ジュリアンは全く気に留めない。観客を意識するように身振り手振りを使って説明を続ける。
「さらに! 私が気になったのは体に残る複数の打撲痕です。形状を見ると死後に体中を殴られています。これをみても犯人は複数で、しかも死者に相当な恨みを持っており。かつ! 死後も復讐したくなる程のこれまた狂信的な振る舞いを感じます。いかがでしょうか? 皆さんついてきてますか? 」
リアクションを求められた鑑識連中は思わず拍手する。
「さすがですね」大宮も感心しているが、「ふざけてるわね」堀川はジュリアン警部の捜査ルールを無視した一方的なやり方に腹が立ってならない。
「この段階での決めつけは初動捜査を誤ることになるわ」
「でも、いいじゃないですかお客さんも段々盛り上がってきたし、僕もちょっと参加してみます」
「やめなさい余計な事」
「ジュリアン先輩。質問よろしいでしょうか?」
止める堀川を振り切って大宮はジュリアンに向かって挙手した。
「はいそちらの方! 君は確かさっきからいるお坊さんですね、どうかしましたか?」
「えーっと素朴な疑問なんですが、ご遺体はなぜここで見つかったんでしょうか?」
「確かに素朴中の素朴、素人らしいベーシックすぎる質問ですが、何でそんなことが気になるんだい君は」
「怨恨による殺人ならば、こっそり殺してどこか人に見つからない所にでも遺棄したほうが、発見遅れて良いように思うんですが、こんな目立つところに置くなんて不思議すぎですね。そこに大きな謎がありますよね?」
大宮はワクワクした様子でジュリアンに疑問を投げかけたが、ジュリアンは冷たい視線を返した。
「そんなこと犯人に聞けば分かる話です。犯人を特定するプロファイリングこそがすべに優先します。逮捕前の些細な謎解きなど時間の無駄です。ただ一般の方から素朴すぎるご質問がありましたので、参考までに申し上げます、この場所に死体があるのは偶然ではありません。必然です。この場所に無ければならない理由があったはずです。その理由とは君なんだい?」
ジュリアン警部は近くにいたベテラン鑑識員の戸田に質問をふった。
「いえ、全く見当もつきません。警部のおっしゃるように身元特定を遅らせる為の斬首だとしたら、こんな目立つ場所でみつかる理由が分かりません」
「そう、その通り。この事件は朗かな矛盾を含んでいます。早く遺体を発見させたいが、身元の特定は遅らせたい理由があったはずです。しかしそんなことは家に帰ったからゆっくりと暖炉の前で趣味的に話でもすればいい話です。今はそんなことより、犯人を絞り込むことが重要です」
「ジュリアン論点すり替えてるわ」堀川はぼやいた。
ジュリアン警部はそんな堀川の不満を察したのかのように急に手招きした。
「何でしょうか」
「やはり、思った通りの猟奇的な犯罪ですね。この被害者のお名前と職業は分かりますか?」
「いえ、持ち物からは特定されていませんが、目撃者の人々が言うにはおそらく……」
「いやいや、いらないよそんな一般人の憶測は、余計ななノイズです。おそらくそれは捜査のミスリード、時間稼ぎです。間違った取るに足りない真実です。くわばらくわばら」
「最悪な男だわ、なるべく関わりたくない」
年明け早々でやってられない気分の堀川はひとりぼやいた。
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