最終話 閉園時間

「子供だましかと思ったけどなかなか面白かったわね」

 レストハウスで道原東湖はウィンナココアの生クリームをスプーンをいじりながらニコニコ笑っている。

「俺は絶滅動物ってあんなにいたのかってことに驚いた」

「あれはあくまで哺乳類だけに限った話でしょう? 鳥類とか魚類、昆虫とか爬虫類、両生類やバクテリアにまで範囲を広げたらもっと絶滅しているんじゃかしら」

 ちらりと横目にした彼女の視線の先には、『こちら鳥類ブース』と案内があった。

「これからもまだまだ絶滅する種は増えていくんだろうな」

「ねぇ、佑二。昔さ、ある学者がいろんなデータからシミュレーションして、人間が絶滅する可能性のある年数を割り出したんだけど、何年くらい先かわかる?」

「わからん。五千万年くらいか? 恐竜より長く繁栄するのは難しそうだってことはなんとなくわかるけど、その頃には別の進化を遂げているかもしれないし、がんばれば一億年くらいは行けそうだけど。まぁ、想像もできない未来だよな」

「七百万年」道原はスプーンを抜いて指揮棒を振るように言った。

「七百万年? たったそれだけの年数で人類は滅びるのか?」

「七百万年とはいえ、途方もない未来の話だけどね」

「どういう理由で滅びるんだ?」

「さぁ。そこまでは知らないわ」

「じゃあ、現生人類が誕生してから、ほとんどなにも変わらない年数で絶滅しちまう可能性があるってことか」

「昔、人類の社会では、三つの産業革命があったって言われているのはもちろん知っているわよね?」

「もちろんだ。高校までの常識だろう。第一は、稲作だ。稲作を始めたことで人類は食料を蓄え、命を落とす危険のある冬を乗り越え、危険な狩猟をしなくても生きていけるようになった。第二は、産業革命だ。石炭をエネルギーにして物を大量生産できるようになり、人々の暮らしは格段に豊かで便利になった。第三は、情報革命だ。インターネットの世界的普及と第一世代のスマホ、機械学習の発達。ビッグデータ。いちばん大きいのは、AIの発達で人類が働かなくも暮らしができるベーシックインカムが広がったってことと、ほとんどすべての国が電子国家になった、ってことだよな?」

「そうね。そこは大きいわよね。それからもう一回きくけどレッドリストの評価基準には、どういう区分があるかわかる?」

「待ってくれ。いま思い出す…。なんか昔、総合学習の授業でやったな。まず上から『絶滅』だろ。えっと、それから、『野生絶滅』それから、『絶滅危惧』、えっと次は、『絶滅寸前』、次に『絶滅危機』あとは、なんだっけ? 次にくるのは……」

 道原はカップの底に残ったココアのカタマリをスプーンで集めるとカップに口をつけて吸い取った。

「ズズズズズズズ、次にくるのは、『危急』」

「そうだった! だいぶゴールが近づいてきたな。危急の次だから、『低リスク』だ。で、次は『準絶滅危惧』ときて、さいごにくるのは『低懸念』だったか。けっこう難しいなあ」

「そう。ちょっと抜けてはいるけどだいたいその通り。昔ね、情報革命があった頃には、現生人類の絶滅可能性は、『低懸念』だったの。当分、絶滅する危険は少ないっていうね。で、今はどれくらいかわかる?」

「いや、今も低懸念なんじゃないの?」

「甘い。今の人類の絶滅リスクは、『危急』よ」



                                 (了)

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図鑑動物園 早起ハヤネ @hayaoki-hayane

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