アルゼンチン死すべし

新巻へもん

ワイドアウェーク基地

 俺は吹き付ける南大西洋からの生暖かい風に目を細めた。滑走路からは三ケ月型の翼が特徴的なヴィクターが次々と離陸していく。1、2、3、……。両手の指で足りない数だ。この無茶苦茶な計画を立てたロンドンのアホの喉首を絞めてやりたい気持ちを新たに俺はラダーに足をかけて操縦席に乗り込む。


 俺の乗機バルカンはデルタ翼を備えた良い機体だ。運動性能に優れバレルロールもきめられる。ただ、今回の任務を行うには少々問題があった。ターゲットが6000キロの彼方にあるが、バルカンは4000キロしか航続距離が無い。飛び立ったはいいものの目的地の遥か手前で海にドボンだ。


 ヘッドセットから管制官の離陸を許可する声に合わせて、俺はスラストレバーを引き加速を始める。まあ、いいさ。俺は軍人だ。与えられた任務にベストを尽くせばいい。それに俺の任務はバックアップ。主任務は僚機が行うことになっている。愛機に途中でおやつの燃料を食わせながら飛ぶだけの話だ。


 機体を南西に向けて機体の高度を上げ始めたところで、最初の不運が起こる。装置の故障でヴィクターの1機が早々に引き返す。あばよ、俺のガソリンスタンド。まだ10機残っている。1機ぐらいは想定の範囲内だ。しかし、この作戦に影を差す事象に嫌な予感がする。


 そして、その予感は当たった。俺の僚機のキャビンに与圧が効かないとかでリタイアしやがった。これで俺がこの作戦の主任務を引き受けることになってしまった。ちっ。舌打ちして俺の不幸を呪う。後は敵さんもこんな馬鹿げたことをするとは想像していないことに期待するしかない。


 俺はヴィクターの後方に付けて、伸びてくるドローグに向けて慎重に位置を合わせプローブを差し込む。ふう。これで1回目。あと4回もこいつをやらなきゃいけないのか。まったく難儀だぜ。周囲ではヴィクター同士でも給油をしている。この先、俺に給油する機体の燃料が足りなくなるので別の機体の燃料を移し替えているのだ。


 何十万ポンドもするハイテク機を使って行う壮大なバケツリレー。考えるだけで頭がくらくらする。ちなみにこういう予定だ。ヴィクター1号機(V1)がV2に給油する。V2は、V3とV5から給油を受けたV6から給油を受けたV4から給油を受け、俺の機に最後の給油をする。何を言ってるか分からないと思うが、俺も良く分からない。


 そして、また事故が起きた。V2の受油装置が破損したらしい。そりゃそうだ。空中でプローブをドローグにぶっ差すのはかなり難しいのだ。前を飛ぶ飛行機の翼端が生み出す乱気流でドローグは激しく揺れる。そいつに引っぱたかれたらプローブの先端がひしゃげることは想像に難くない。


 予定を変更して、V2は俺の機と本来は引き返す予定だったV9だか、V10だかに給油をする。そして、目標まで1200キロのところで最後の給油を受けた。全部で12機いた随行機がみな引き返してしまい俺の機の単独行が始まる。一応、腹の中にはポートスタンレーまで飛行し爆弾を落として離脱する分の燃料は入った。


 それでも、俺が基地に帰還するには、遅れて飛び立ったお迎えと合流してまた給油を受けなければならない。まあ、その前にアルゼンチン軍の対空砲火をかわさなけりゃいけないわけだが。俺も国を愛しているし、国のために戦うのは吝かじゃない。ただ、この作戦を立案した奴ほど偏執狂的に敵国の死を願う気にはなれないだけだ。


 俺は高度を下げてレーダー網を掻い潜る。もうほとんど海面にタッチできそうな高度だ。標的のフォークランド諸島ポートスタンレーまで100キロ。俺は爆撃レーダーのスイッチを入れ、気を引き締める。そして、本国の誰かさんが声高に叫ぶ言葉をつぶやいた。


 

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