第3話 予兆

「眠い」


床で寝たせいで全く眠れなかった逢間は、欠伸をしながら学校へ行く準備を行う。


「ったく、誰だあいつはフラグメント⁈ どんな名前だよ」


愚痴を零しつつも制服に着替えようとして思い出す。


「今日、休みじゃん」


休みと分かれば、やる事は2度寝しかない。

質の悪い睡眠では疲れは取れない。

ただ、ベットはフラグメントに占拠されているのも思い出してしまい頭を悩ませる。

結局、2度寝は諦めよう考えたがベットに視線を向けるとフラグメントがいなかった。

逢間は迷わずベットに飛び込んで夢の世界に旅立った。

それから5分も経たないで部屋の扉が開き、フラグメントが朝食を持って来たのだが。


「む? 休日だからって怠けるな!」


理不尽にもフラグメントにベットから引きずり出されると、逢間は一旦朝食を摂る事にする。


「今日は休日だから、外に出よう。健康的で健全だ。さぁ、千羽町を練り歩くぞ」


素早く朝食を済ませると逢間は、ただ一言だけ告げるとベットに戻った。


「断る」

「おい! 外出するぞ!するんだ!」


ベットから出たくない逢間の意志は固く、今度はフラグメントの腕力では引きずり出せなかった。

ただ、腕力で解決問題なら知力を使えばいいだけの事。

フラグメントは今日どうしても逢間に外出して貰わなければ困るのだ。


「なぁ、今日外出するなら特別に


少しだけ恥ずかしそうに告げられたその言葉は、逢間を動揺させるには充分な威力を持っていた。

赤面しながら口をパクパクと動かす事しか出来なくなっている。


「おい? 大丈夫か……やっぱ高校生には早かったな。やめてステーキでもおご」


予想以上に効果覿面だったのを心配したフラグメントが撤回しようとしたその時。


「やっぱ、天気良いから外出よっかな」


羞恥心を土壇場に高まった欲望で克服した逢間が口を開いた。


「意外にムッツリだったんだな」

「別にそういう訳じゃ……ないし……」


✳︎


外出する事にした逢間はフラグメントを連れて町を歩く。

千羽町は都会という程の人口は無いが、田舎という程に寂れてもない。

休日になれば人だかりが出来る場所もある。

だからそういった場所に向かおうとした逢間だったのだが、フラグメントは何故か駅の近くにある銀行に行きたがった。


「ボクね、銀行に行きたいな」

「何故?」


何かを企んでるのは明らかなので断ろうとしたが、それを察知したフラグメントは一言。


「背中」


逢間は黙って銀行へ足を運んだ。

銀行に入店した途端にフラグメントは店内の時計を見てホッと胸を撫で下ろす。


「間に合った」


問い質したかったが、交換条件の事を持ち出されると何も言えないので敢えて聞かずに無視した。

だがそれは失敗だった。

2人が銀行に足を踏み入れた直後に拳銃を持った男が来店。


「全員その場を動くな!」


大声で叫びながら、監視カメラを銃撃する。

逢間は即座に両手を挙げて強盗の言う通りその場で静止する。

しかし、勇敢な警備員が強盗を止めようと動いてしまう。

強盗の背後から近付き不意をついて拳銃を奪い取る。

これで終わりだと誰もが思ったその時、強盗は警備員を掴み上げると軽々しく投げ飛ばす。

人間離れした怪力を発揮して地面に転がった拳銃を拾う強盗。

その場の誰もが理解出来ずに恐怖に怯える中で唯一彼らだけは理解出来た。


「フラグメント、あれは異能力か」

「まぁ、そうだよね。じゃあボクはみんなを非難させるから、君はその間あいつの相手を」

「いや、何もしない」


強盗に気付かれぬ様に小声で話す2人だが、意見が一致しない。


「金取ったら出てくだろ。それまで待てば良い」

「君は、止められる力を持ってるのに見過ごすのか?」

「俺の力は俺の為に使う、別に正義の味方なんぞになる気は無い」


逢間にとってこの場で強盗と戦う事で例え勝ったとしても、自分の存在が露見する事の方が重大だった。

自分が異能力を持っている事が知られれば、どんな反応をされるかなんて分からない。

ただ、好意的な反応はされないのは間違いない。

そう思い込んでいた。


「君はそれで良いのか」

「良いよ。それで構わない」

「人が死んでもか、止められるのは君だけだとしてもか」

「だとしても所詮は他人だ。誰かが笑えば、誰かが泣く、世界は平等に出来てる。だから、俺は常に笑ってたい」


フラグメントの説得では逢間の心は動かなかった。

ただ、あまりに話し過ぎた事で強盗に気付かれた。


「おい! お前さっきから五月蝿いぞ!」


そして、まるで神さまが見ていたかの様な事態に陥る。


「お前、こっちに来い」


強盗に指名を受けた逢間。

背後でフラグメントは呟く。


「天罰だ」


逢間は銃口を向けられてるにも関わらず、溜め息を吐きながら両手を下げた。


「こうなったら仕方ないな」


面倒くさそうに強盗の元にゆっくりと近付く。


「は? お前状況分かってんのか?」

「それはお前の方だ」


ゆっくりと自分の間合いまで近付くと逢間の口元は歪む。

そして、五指を鋭く細長い刃に変えて目にも留まらぬ速度で拳銃を破壊する。


「自業自得って知ってるか」


周囲の客には何が起こったか理解出来ていなかったが、強盗は冷静に呟いた。


「そうか、お前も」


今の攻撃を捉えられていたかの様な発言に逢間は強盗が単なる怪力を発揮する異能力ではない事を理解する。

ただ、それでも油断していた。

相手は拳で、自分は刃。

負ける筈が無いと。

だから、強盗の放った手刀を五指の刃で受け止めようとした。

その細い刃で止められる程の威力では無いとも知らず。

五指の刃は砕け散り、指を変形させた刃であったが為に激痛が走る。

そして、手刀は逢間の首元にめり込むと、強盗は勝利を確信した。

強盗が持つ異能力は単純な怪力でも身体機能強化無い。

強盗が発現した異能力は『吸血』。

生物の血を吸い上げて自らの力に変える事で身体機能を増幅させる。

めり込んだ手刀から逢間の血を吸い上げ強盗は、さらに強大化する。

しかし、強盗もまた理解出来ていなかった。

瀬屑逢間の異能力は単なる肉体の変形などでは無いという事を。

血を吸い始めてすぐに強盗の身体に異変が起こる。

最初に目眩、続けて吐き気や全身の筋肉の痛み。

さらに目の前の青年からどんなに血を吸い上げてもその量が全く衰えない。

異変はますます続き身体の症状は悪化する。

遂には立っている事も出来なくなり、強盗はその手を逢間の身体から離れさせた。


「なんなんだ……お前」


このままでは戦えない。

強盗はすぐに痛む身体に鞭を打ち、強引に立ち上がると銀行の外へ何も取らずに逃走。

血を吸われ続けた逢間は多少の目眩に襲われるも、外傷はいつの間にか消えており代わりに空腹に襲われて膝をつく。


「大丈夫か!」


慌ててフラグメントが駆け寄ると逢間は一言だけ告げた。


「お腹空いた」


✳︎


強盗は現在、本来使う筈だった逃走ルートを使い現在は隠れ家に潜んでいた。


「くそ、なんなんだあのガキ」


逃走途中で数名の血を吸い尽くした事である程度回復したが、未だ完全回復とはいかない。


「次は殺してやる」

「次はない」


突如自分以外誰もいない筈の隠れ家に響く声。


「誰だ?」

「そうだな、一応名乗っておくか。僕は、マクガフィン」


声はあらゆる方向から響いており位置の特定が出来ない。

強盗は咄嗟に近くに置いてあったバールを手に持ち、告げる。


「姿を見せろ! 」


周囲を見回しながら叫ぶが姿は確認出来ない。


「此処にいるだろう」


突然全方位から聞こえていた声が前方からしか聞こえなくなり、目の前に制服姿の高校生が現れた。


「お前もあの女に?」

「違う、お前は出来損ないだ。彼女を失望させた」


マクガフィンと名乗る高校生は、武装した強盗を目の前にしても一切臆する事なく挑発的な言動を重ねる。


「選択肢を与えてやる憐れな男よ。今後は慎ましく生きると誓い、その力も悪用しないなら僕はお前を見逃してやる。だが、断るなら、次はない」


突然現れた高校生にここまでコケにされて怒らない訳がない。

強盗はバールを強く握りしめてマクガフィン目掛けて投げようとしたが。


「下らん、死ね」


何故か手が思うように動かずにそればかりかバールで自らの首を突き刺した。

強盗は自分の身に起きた事象を理解出来ぬまま生き絶えた。







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