第2話 悪用

晴天の空、昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く光明学園。

屋上で1人、大量のコンビニ弁当を食べながら瀬屑逢間は昨日、自分が手に入れた『力』を試していた。

普段は立ち入り禁止の屋上だからこそ、人目を気にせず自由な変形を試せる。


「何処まで出来るかだな」


指先を鍵の形から元に戻しつつ、片手でおにぎりを頬張る。

昼休みは1時間しかない、時間を無駄には出来ない。

逢間には企みがあった。

それは世間的には肯定されないものだったが、超常の力を使ったなら完全なる秘匿が可能だと考えた。

簡単に言えば、それはカンニングである。

次の社会の授業は小テストが実施される。

逢間は勉強などしていない。

忘れていたからだ。

だが、もしもこの力を利用出来たとしたら、この力で例えば手に目を付けたり、指を触手の様に伸ばす事が出来れば勉強なんて金輪際必要無くなる。


「口になるなら、出来る筈だ」


少しは気持ち悪いが、制御不能の力ではないのだから、少し我慢すれば良いだけ。

ゆっくりと慎重に目を瞑り頭の中に想像イメージを創り出す。

指先が触手の様に伸びて、先端に目玉が備わる気味の悪い光景を。

すると目を瞑っているにも関わらず、周囲の景色が鮮明に見え始めた。それもこれまでとは異なる5方向の視覚情報。

恐る恐る目を開くと逢間は7つの視線を得た。


「成功した! けど……キモイ」


驚きと喜び、遅れて嫌悪と不快感が押し寄せる。

一応成功は出来た。

だが、やはり自分の指が伸びて先端に目玉が付いているのは見ていて気持ちの良いものでは無かった。


「見れば見る程に気持ち悪い」


すぐに元に戻すと残った弁当は午後の分に取っておく事にした。

そして、社会科の授業で訪れた最初の試練。

小テストは練習通りのでいとも容易くクリア出来た。

予想外だったのはこの後。

次の体育の授業で行われた短距離走で新しい異変に気付いた。

今まで、学業も身体能力も高くはなかった。

寧ろ、下から数えた方が早い部類だったのだが、突然クラスで1番早くなっていた。

自分でも驚きの事態だったが視力回復の事を考えれば、この『力』は身体機能にも影響を与えるものだと理解する事は出来た。

その日から、逢間はより自分の得た『力』を知る為に時間と労力を費やした。


✳︎


それから1週間という月日が流れた。

逢間は自分の『力』について、より詳しく、より高度な操作を覚えた。

まずは変形能力だが、これは変形がより複雑になったり変形範囲が大きい程にエネルギーを消費する。

つまりはお腹が空く。

そこに全身に及ぶ変形を使った身体機能の増強を併用すると、食費だけで3年間貯金していたお年玉が消えた。

そこでまず、エネルギー効率を向上させる為に変形能力の制御の練習を始めた。

最早、勉強などどうでも良くなっていた逢間はひたすらこの『力』を極めようとした。

別に何かと戦う訳でも、世界を救う為でもない。

自分の為に、自分の欲望を満たす為だけに。

自分でも信じられない集中力を発揮して。

そして8日目。

いつも通り授業は全て聞き流して『力』をより効率的に使う方法を考えて学校が終わる。

下校中も考えるのは『力』の事。

付き合いたてのカップル級に、いやそれ以上にひたすら考えては試してを繰り返す。

家に帰ってもそれは変わらない。


「ただいま」

「あら、今日も早いわね。最近どうしたの? 急に成績上がってるって先生から電話あったけど」

「目覚めただけだよ」


嘘は付いてない。

自分は覚醒したのだから、間違いではない。

今日もまた新しい使い方を模索しようと階段を上がり自室へ向かう。


「さて、今日の実験はどうしたものか」


扉を開きながら楽しさのあまり自然と漏れた独り言。


「フフ、君は良い加減にしろよ」


そこにあり得ない返答があった。

そして、見覚えのある女が居た。

長い銀髪が特徴的な女性。

恐らく自分が『力』を得た原因。

それが何故か自分の部屋で目だけが笑っていない笑顔を浮かべてこちらを見ている。


「良い加減に、しろよ」


優しく言ってるが怒りが隠しきれていない。


「聞いてんのか? ボクは幻滅したよ。次からはちゃんとしろよ」


何故か怒られる。

正確には理由は分かるが、自分が『力』を悪用してる事を何故知ってるかが分からない。


「お前、急に現れて誰だ! ていうか不法侵入だろ」

「え? ボク家族だから問題ないよ」

「ハッ⁈ 」

「ボクは君のお姉ちゃんって言う風に君のパパとママを洗脳したから」


驚く事は無かった。

自分が特異な力を得たからには、他にも同じ様な存在がいるのは極自然な事。

逢間は五指を鋭い刃に変えて、再び告げた。


「お前は誰だ? 目的は」


殺すつもりは無いが脅しとしては最も効果的な方法。

問題は相手が自分の事を知り過ぎていた事。


「ボクはフラグメント、未来から来た。来たんだけど過去のお前がこんな小さくてセコい事に異能を使おうとしてて、ていうか使ってて幻滅したから、その根性を鍛え直す」


フラグメントと名乗った女は丁寧に目的まで明かすと勝手にベットに横になる。


「人を洗脳する様な能力者を簡単に信用すると思うのか」

「洗脳したのボクじゃないし、正確には記憶の改竄だから」


仲間が居る事までは分かったが、何処まで真実を告げているのかが分からず困惑する逢間。

だが、フラグメントは眠そうに欠伸をしてる。


「ああ、それと能力者じゃないよ。異能力って言うんだよ未来では、おやすみ」

「勝手に寝るな! 」

「嫌なら引きずり下ろせば良い」


フラグメントは寝た。

逢間は女性が苦手という程では無いが、得意でも無い。

見ず知らずの女性の身体に触れる勇気は持っていなかった。

逢間は苦悩した末に床で、今夜は床で寝るという選択肢を取る事にした。






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