アペイロン
旅の途中で読むエロ本
第1話 覚醒
「あの……誰ですか?」
下校中だった高校生、
夕焼けに染まる空の下で女性は長い銀髪を揺らめかせながら、立ち尽くしてこちらを凝視してる。
振り返ってみるが背後には誰もいない。
この不気味な状況を打破するべく、再び声を掛けようと口を開いた途端。女性は目の前から姿を消し、気付けば背後に立っていた。
「やっと見つけたよ、アペイロン」
ただそれだけを言い残し、女性は姿を消す。
異常な現象に巻き込まれた逢間だったが、消えてしまっては正体を確かめようがない。さらに言えば幽霊の類は苦手なので確かめたくもなかった。
故に逢間は何事も無く、家に帰った。
✳︎
翌日。
いつもの様に授業を受けている逢間に異変が起こる。
眼鏡を掛けている筈なのに黒板の文字がぼやけて見える。
レンズが汚れているのかと思い、眼鏡を外した瞬間に逢間は文字がぼやけた理由を理解した。
レンズの汚れなどではない。
視力が回復しているのだ。
理屈は分からないが、はっきりと目が見える。
当たり前の事だが、当たり前じゃない現象。
素直に喜ぶべきかも分からず、取り敢えず板書を終わらせる事にした。
それからも異変は続いた。
逢間は小食であり、家でもおかわりなんてした事がなかったが、今日は昼食を済ませても空腹が満たされる事はなかった。
授業が終わり、ホームルームが終わっても。
異常な空腹に襲われて気が付けば一人でファミレスに居た。
軽く五皿程食べてもまだ足りず、追加で十皿も注文してしまう。
「おかしい。今日は特に」
収まらない空腹に若干の恐怖を感じつつも食べる事がやめられない。
財布の中身が空になる事態だけは避けねばと、これ以上の注文は止めようと思案を巡らしている時。
ふと、手元に違和感を感じて視線を向けてみるとそこには常識を超えた景色が映った。
手が真っ二つに裂けて、ワニの口の様な形状に変形したまま食事を続けていたのだ。
人は真に驚くべき状況に遭遇すると静止するものだ。
それは瀬屑逢間も例外ではない。
何せ、自分の手が口に変わり果てているのだから。
ただ、逢間が気が付いた時から手は動きを止めていた。
数秒間、体感では数分間の静止を終えて凍り付いた脳と身体が少しずつ動き出すと共に手は形は違えど自分の制御下にある事が理解出来た。
そして、手はゆっくりと元の形状に戻った。
普通ならそれで良かったと思い即座に病院に向かうだろうが、視力回復の事もあり逢間はある疑問を思い付く。
視力の回復に手の変形、これは肉体の変容なのではないか。
ならば、自分は肉体を操る力を得たのではないかと。
原因はきっと昨日の女性だろう。
それ以外に考えられる原因など無い。
超常の力を得たと考えれば、例え手が真っ二つに裂けて口になったとしても喜ばしい。
自然と笑みが零れるが、どうせならもっとカッコいい形に変わらないものかと思う。
「剣とかにはならないか?」
自問しながらそんな妄想をしていると、今度は腕がまるごと逢間の想像通りの剣に変化した。
疑問は確信に変わり、笑みは笑いに変わった。
人目も気にせず、声をあげて笑い出す。
この日、この時間、この場所で瀬屑逢間はこれ以上無い程の歓喜と感動を味わった。
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