アハラアハラ

安良巻祐介

 アハラアハラというのは、現地の言葉で嫌な婆さんという意味だが、そんな名前で呼ばれているだけあり、やはりその鳥は人間にとってかなり煩わしいものであるようだ。

 振り乱した白髪に見えなくもない鬣、カニクイザルそっくりの顔という不気味な見た目だけでなく、鸚鵡類と似たような原理で人語を覚え、乱れ骨林の中からハハハハハ…と呼び掛けてきて、行き交う者を惑わす。

 それとわかっている行商はその特徴的な甲高い叫びが聞こえると、土痘痕(天然の落とし穴)が近くにないかを警戒する。調子を自在に変えられる声でもってそちらへ誘導し、はまりこんで動けなくなったところを襲ったり、食べ物を奪ったりするのが最も多いアハラアハラの手口だからだ。

 その声というのも、家族や親しい友人しか知り得ないような情報を織り混ぜて動揺させるというのだから、いったいどうやってそういう芸当をしているのか、疑問は尽きないけれど、現にそうやっているのだから仕方がない。

 この悪鳥について興味を持って研究に来た都の偉い学者(調査中、亡妻の声に惑わされ、土痘痕に嵌まって亡くなった)がふと、もしかして死んだ者が化けているのじゃないか…と呟いていたが、それを聞いた現地のガイドは一笑に付した。

 先生、そんなことがあるわけがない。霊ならこんな回りくどいやり方はしないと。そもそも、今の世の中に霊などそうそういないとまで、彼は言った。

 身も蓋もない言い方だが、彼らはある意味で、都の人々よりもよほど合理的なのかもしれない。現に昨今、アハラアハラの罠で死ぬのは主に外から来る旅行者や研究者であって、現地民はと言えばせいぜい年に一人か二人、不運な者がうっかり死ぬ程度に過ぎない。

 私は、組み櫓に似た寝床や集会所で、彼らが話しているのを知っている。

 窓の外、調査機材や記録装置をがちゃつかせながら骨林へと急ぐ都の学者や旅人たちを眺めつつ、「婆さんの茶飲み友達がまたやってきた」と笑っていることを。

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アハラアハラ 安良巻祐介 @aramaki88

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