第9話 サンライズモール朝市
ターシャに同行すると良いこともある。ターシャにしてみれば、話しが出来ればいいだけなのだが、人魚が、ただでリンゴを貰うわけにはいかないと、魚をいっぱい獲ってくれる。おかげで、我がシェルターの魚人と人魚の住人が大喜び。3人が、行け行けとうるさい。元々イルカタイプで、水槽からあまり出られない源蔵さんは、刺身が食いたいと田中さんに、づッと頼みまくっていたので、源蔵さんの喜びようは、天に昇るようだった。
「あー、うめぇ。やっぱり魚は、刺身に限らぁ」
「源蔵さんって、江戸っ子?朝から刺身なんて、いいなぁ」
「はは、オリャ熱海だよ」
「じゃあ漁師だったとか」
「それが、アワビやサザエを勝手に盗んじゃあ食ってた方でな。漁師じゃないんだ。でも、泳ぎは得意さ」
そんな感じ。源蔵さんは、魚介類を食っていれば、満足してくれる。
「そりゃいいが、今日は、買い出しだろ」
「買い出しって言うか、視察って言うか。そんなに買わない予定です」
「そうか、オリャいいが、みんなは、野菜がいるだろ。あぶねぇ仕事なのは分かっちゃいるが、がんばんなよ」
そうなのだ。どうも、街の大きなモールの中に市場が立つようになったらしい。今日は、それの視察も兼ねている。
「田中さんが言うには、刺身やカルパッチョでもビタミンは、摂れるみたいですけど、そうします」
「オリャあ、ちょっと厳しくなったが、鍋も食いたいだろ」
「本当ですね」
今回の買い出しメンバーは、おれ、料理見習の鈴木、ロシア語が分かるミーシャとそのお母さんの由枝さん。
おれは、タクミさんと相談して、魔力による身体強化を少しだけ会得した。タクミさんが言うには、力だけを強化しても、体がきしむだけだから、そのサポート魔法も使えないと危ないよと言う。同時に2つの魔法なんて器用なことは、やったことがない。それに、もっと、身体魔法が強くならないと、先には進めないと思う。とはいえ、常人の4倍の力持ちになったおれが、今日の荷物持ち。鈴木さんが目利きを由紀さんに教えてもらい、由紀さんが、そのまま、交渉をすることになった。ミーシャは、おれの腰が砕けたり、疲れた時の回復要員だ。身体強化って、骨や関節は、どうなっているのかな。シェルターは、医者がいない。医者の意見が聞きたいところだ。
それに、タクミさんも必要だと言うし、どうしても覚えたいサーチ。危険を回避するためにとても重要な能力だ。なぜかレーダーって言う発想ではない。気配を感じるとかそんな話。第六感と言うか、おれもタクミさんもサーチを魔法だとも思っていない。とにかく不安材料はあるが、これが、今日のメンバーだ。
今まで、小麦粉とか、パン粉とか、サラダオイルや調味料とかは、シェルターの備品とは別に、ずいぶん貯め込んでいる。必要なのは、生鮮食品だけだ。生鮮食品だけだと。48人分だと、折り畳みのコンテナで、2箱分ぐらい。全く問題ない。2日から3日分で4箱かな。アハハ、楽勝楽勝。背負子もあるし、各自デイバックも背中にしょっている。
サンライズモールは、港側にある。だから、鮮魚を販売しやすい。だけど、ワイバーンに狙われやすいともいえる。だから市場は、早朝限定。おれたちは、視察なので、終わりごろ見に行くことにしている。市場は、建物の中なので、安全とはいえ、帰り道もある。市場自体は、10時までやっているが、9時には出る予定。いつもは、人がいない店ばかりをターゲットにしていたが、今日は人がいる。大量に買うと目をつけられるかもしれない。逆に、生き残った人が、どんな生活をしているか聞けるかもしれない。不安と希望で、ドキドキしてきた。
サンライズモールの入り口に着いて、不安材料が一つ減った。モールの玄関に、顔見知りのロシア海兵がいたからだ。彼らが、ここの治安を担当していた。おれは、顔見知り程度だが、ミーシャは、話をしているから、とっても彼らをよく知っている。ミーシャが、海兵にパタパタと駆け寄った。その時の海兵隊たちの嬉しそうな顔ったら。亡くなったミーシャのお父さんが海兵だったから身内同然と言う感じだ。由紀さんも、海兵姿を見て、亡き夫を思い出したのか、優しそうな、悲しそうな顔をしていた。
「そう言えば、由紀さんの旦那さんは、海兵さんだったんですよね」
こら、鈴木。そう言うの禁句だろ。(心の声)
「そうねぇ、でも、ミーシャが嬉しそうだから」
そうか、女の人は、感情を出させてあげた方がいいのか。やるな、鈴木。鈴木さんとおれの年は近い。向こうがちょっと上。大学3年で、おれもそうだけど経済学部。大災害の後は、閉じこもって、あまりみんなと、なじんでいなかった。だけど、オークの田中さんの飯で元気になり、自分も食事で、みんなから笑顔を貰いたいと田中さんに弟子入り。最近は、ずいぶん元気になった。
おれたちは、海兵に、ペコペコ頭を下げ、ミーシャを先頭に由紀さん、鈴木、おれと、市場に入った。市場には、このサンモールを住処にしている人もいるので、遅い時間なのに、多くの人でにぎわっていた。驚いたことに、ぽつぽつだが、人形に近い亜人を見かける。獣人でも猫耳だけとか、人魚なのに足があるとか、亜人獣人を見かけた。しかし、座り込んでいたり、陰でこそこそしていたりと、おっかなびっくりと言う感じだ。ミーシャも亜人をいちいち見ている。その中でも特に、猫耳の子供2人が寄り添って座り込んでいるのが気になるようだ。
「ひかる!」
ミーシャが、不安そうな顔をしておれをに駆け寄って見あげる。そして、猫耳の子供の方を見て、何か訴えようとした。ミーシャが声を出そうとしたとき由紀さんが、ミーシャの肩を抱いた。
「今日は、話しかけちゃだめだよ。視察だからね」
亜人獣人たちは、虚ろな目をしている。中には子供も見かける。
「でもっ」
「分かった。買い物しながら、店の人に、あの子たちのや他の亜人の人の話を聞こう」
「そうだね。ここに居させてもらえているんだ。今までみたいなことはないさ。それで判断しよう」
最近、鈴木は、積極的だ。その猫耳の子たちの反対側の店を見ておれは気を取り直した。野菜だ。
「鈴木さん、白菜じゃないですか」
「本当だ。そうか、近郊の畑は、無事だったんんだ」
早速、由紀さんが、値段を交渉。驚いたことに、今までの市価の3倍でしかない。どうやら、車での移動では、ワイバーンに襲われたことが無く。モールの地下駐車場に車を止めることが出来るので、乗降する所を襲われることがない。それで、こんな値段なのだそうだ。今のところ、ガソリンや他の物資は店から拝借し放題だし、儲けとかではなく、都会の人と繋がっていたいと言うのが本音のようだ。なぜなら、農家の人が言うには、意識の戻った亜人獣人はともかく、魔獣には手を焼いているとのこと。「おれたちも助けてくれ」。「畑は大事ですから、手伝えることがあれば」。そんな話が、飛び交っていた。おれは、そんな自衛の話を聞きながら、サンモールにいる亜人獣人の話を切り出した。
通訳は、ミーシャ。
「おばさんは、ここの人?」
「そうだよ。委託販売ってやつさ。うちの旦那がね。魔獣から畑を守るために柵を作りに行っててね。わたしゃあ、そこの農家の代わりの売り子なんだ」
「じゃあ、ここに住んでるの?危なくない?」
「わたしゃあ、あんたの方が心配さね」
「大丈夫よ。うちの娘は強いのよ」
「私のお母さん」
「そうかい。私の息子は、コボルトになっちゃってね。殺されたのよ」
「ごめんなさい」
「ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」
「いいのよ。それで、買ってくかい」
「3玉貰おうかね」
「あいよ。そこの兄さんたちも。落ち付いたら農家を手伝いなよ」
おれたちは、ロシア語が全然だ。でも、白菜を売っているおかみさんの勢いに押されて、何度もうなずいた。
「ねえ、おばさん。あの子たちは?」
ミーシャは、一番気になっている猫耳の子供を見た。でも、指ささなかった。タクミさんに、こういう機会があるときは、絶対指さしたりしてはダメだと言い聞かされていた。指さすと、本人たちが委縮する。それに市場だと人がいっぱいいるので、他の人も彼らを見てしまうから、余計縮こまるからだ。
「本当、よく生き残ったよ。親が、世界樹が出現するまで、守ったんだね」
「よかった。お父さんとお母さんがいるのね」
「それが・・・」
「もしかして」
「ひかる!」
「ワイバーンですか?。おれの両親も餌代わりに殺されたんです」
「・・そうかい。変化した人も、意識を取り戻しただろ。ここら辺は、海軍が守っているから、ずいぶん落ち着いたのさ。でも、みんな面倒見るのを嫌がってね。それで、わたしが、食事をね。だから、店の近くにいるのよ」
ミーシャは、彼らに声を掛けたいし、連れて帰りたいと言うが、とにかく、面倒を見ている人がいるのだからと、その白菜売りのおばさんに、「子供が、あんな虚ろな目をしているのはかわいそうだ。何かできることがあったら言ってくれ」と、話を聞くと、「どこか、猫獣人を診てくれるお医者はいないかねぇ」と聞かれた。自分たちのグループに医者はいない。「そういう人を見かけたら声をかけるよ」と、言って。その場を離れた。ミーシャは、癒しの魔法が使える。だから、おれの服の裾を何度も引っ張って訴えてくるのだが、佐久間さんに、被災者の受け入れは、まだ早いと止められている。
他の店でも、亜人獣人のことを聞いたが、海軍が守っているから、彼らもここに居られると言っていた。1日1食だが、食事も彼らに配給されているそうだ。亜人獣人たちは、今まで、待遇が悪すぎた。先ごろ、人魚とのファーストコンタクトに成功した海軍は、地上の彼らにも気を配りだした。事態は、良い方向に改善されている。
今日は、ベーコンも手に入ったので、ポトフが食べれる。おれは、大量のジャガイモを持たされた。帰り際、ミーシャが、あの猫耳の子供たちに駆け寄って、お菓子を渡していた。その時だけだったが、あの子たちが、いい笑顔をした。我々がいるマトリョーシカホテルの地下シェルターは、収容人数1000人。おれたちは、手を付けていないが、そこに、それどころの数以上の災害用配給品や乾パンや小麦の備蓄や水などの飲料水がある。佐久間さんと、話し合わないといけない。おれたちは、日本に帰るのを諦めたわけじゃないが、ここでやれることをやらないといけない。
この日、おれたちは、佐久間さんに訴えて、シェルターのことを海軍に話しに行くことを強く提案した。その後、シェルターに住む人を、海軍に選抜してもらい、海軍からも警備を何人か、ここに出してもらうよう頼むことになる。
空中ダンジョン 星村直樹 @tomsa
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