第8話 ファーストコンタクト
ウラジオストクから望む日本海は、日本側と違ってとても穏やかだ。秋も深まると、大陸の高気圧が張り出すので、追い風になる。今は、10月の頭。今日は晴天だし、穏やかな風。とてもいい船出だと思う。
佐久間さんは、漁で、人魚の子供を網から助けたポイントに向かうよう、グレゴリに指示している。そんなちょっとした話も、ターシャさんが、おれに通訳してくれる。
「グレゴリ、島が見えるだろ、あの先が漁場だ。そこで、人魚たちと接触した」
「どっちから島を迂回する」
「海流と逆だ」
「了解」
「ねえ、なんで、海流を遡上するの。島の向こうに行くだけでしょ。大変じゃない」
「さあ、多分、人魚の子供が、海流に流されながら遊んでいたから、人の網に引っかかっちゃったんじゃないですかね」
「なるほど。ひかる、ずっと私に解説するのよ」
あてずっぽうなんだけど、通訳のお礼に話を合わせる。
おれたちを乗せた帆船は、小島を超えて、大海原に。しばらくすると、海の色が違う所が見えた。そこに、帆船の漁船が数艘いる。そこで、佐久間さんが、顔見知りの漁師に、人魚の目撃情報を聞いていた。
「今日の漁はどうだい」
「サクマ!。?なんだ、そいつら」
「海兵だよ。今日は、人魚と話がしたくて、通訳になれる人も連れて来たんんだ。今朝は、人魚を見かけたか?」
「いや、見かけねぇ。・・・嘘だ。佐久間ならいいか。ほら、もう直ぐ、顔を出す。本当は、さっき俺が、船底を3回蹴ったから上がってこねぇんだぞ。一回の蹴りに変えてやるよ」
そう言いながら、船底を1回蹴った。
彼の漁船には、リンゴがたくさん積んである。それにアワビやサザエがいっぱいだ。そこに、人魚が、ザバザバ上がって来た。みんなアワビやサザエを持っている。漁師は魚を獲らないで、今日は、アワビやサザエを人魚と一緒に漁していた。
「おーい、チコ。サクマが来たぞ。サクマだ、サクマ」
漁師がそう言うと、人魚の群れから、バシュンとジャンプした子供の人魚が、こっちにやって来た。
「サクマ!」
綺麗な発音だ。漁師のおっさんより日本語に近い。
チコという人魚の子供は、警戒心もなく、船のへりにしがみついてくる。
「おやっさん、人魚の言葉が分かるのかい」
「片言だよ。名前と、ダーとか、ニエットぐらいで、大概は、通じるだろ」
これにターシャが興奮した。
「すごい、絶対この子たちと、話ができると思うわ。ねっ、グレゴリ」
そう言ってグレゴリに振り向いた。グレゴリは、固まっている。あまりの人魚の多さに、警戒しようか、それとも、ターシャのために友好になろうかと、迷って固まっていた。
「グレゴリ上級兵曹、ターシャを支援してくれ」
すかさず、佐久間さんが、グレゴリを正しい応えに導く。最初に、子供が、こっちに来てくれたのが良かった。グレゴリが、肩の力を抜いた。
ターシャは、チコを指さして「チコ」と言い。自分を指さして「ターシャ」と言って挨拶した。そうするとチコが、ターシャを指さして、「ターシャ」と答える。ターシャは、それに満面の笑みで、「そうよ」と、答えていた。同じようにターシャは、グレゴリをチコに紹介した。これも成功したのだが、太平洋艦隊最強の海兵であろうグレゴリが、おどおどしていたのは、ちょっと微笑ましかった。
漁師は、リンゴと、アワビやサザエやウニを人魚と物々交換していた。漁師も人魚も、物々交換で、笑いが止まらない様子。多くは、ザバザバ海に戻っていくが、多分チコの両親だろう。大人の人魚が二人、こっちにやってきて、佐久間さんに頭を下げていた。そうなると、ターシャは、大人と話したい。グレゴリと一緒に、佐久間さんのところに行った。そんなわけで、船の反対側で、おれが、チコの相手をすることになった。
おれも、ターシャさんよろしく名前から入ってニコニコ顔。チコと話が出来て、本当にうれしい。そこに、漁師さんがリンゴを投げて来た。
「おーい、チコのぶんだ。兄ちゃん、渡してくれ」
多分そう言って、リンゴを投げたんだと思う。おれは、リンゴをうまくキャッチして、チコにリンゴを手渡した。
その時、チコと指が触れ合った
「ヒカル、シギアギィ」---ひかるありがとう
「えっ?」
指が離れた後は、何って言っているか分からない。短い言葉だったけど、女の子らしい反応だとリアルに思ったし、日本の田舎の子っぽい懐かしい感じさえした。そこで、チコの頭を触って、「気を付けて漁師さんを手伝うんだよ」と言うと、「うん」という元気な返事。チコは、海中に潜って、また、漁師の手伝いを始めた。
多分普通に話したんじゃないかと思う。世界樹の恩寵かな?死にそうになったっけど、いいこともあるんだなー。
しかし、あんまり目立つと、いろいろまずいと思い、このことを今ここで佐久間さんに話さなかった。しかしごまかせたのは、人間の方だけ。チコを追いかけて行った母親が、おれの前に浮かんで手に触れて来た。
― しっ、声を出さなくても話せます。御子さまが、お現われになったのは知っています。ひかる様は、私どもと一緒に、世界樹に戻りたいですか?
― 世界樹にと言うか、天界に、先々代の巫女様がいるんです。そこは、行きたいです
― 世界樹に回帰したいと思わないのですか!。驚きました。それに、ミレーネ様が存命なのですね。この話を我が王にしてもいいですか。
― かまわないと思いますけど、ご夫婦水入らずで過ごしたいようでした。
― ・・・従います。
― なんかすいません
― これ以上は、地球の人類に、ひかる様が疑われます。また来てください。
― それは、大丈夫だと思います。ほら、ターシャさんが、羨ましそうな顔で、ガン見していますから
ターシャが、ただニコニコして頭を下げ合っているおれと、チコのお母さんをガン見していた。チコのお父さんとの会話は、すぐ終わったみたいで、とてもおれを羨ましがっている。
― 私は、西海の族長の娘ハフルです。それでは、また
ハフルさんは、パシャッと宙返りをして、海中に没した。
「ねぇねぇ、何話していたの」
「なにって、チコのお母さんがニコニコするから、おれもニコニコしてたんだけど」
「それは、見ていたわよ。なんで、そんなに仲いいの」
「おれが、チコにリンゴをあげたからかな。ターシャさんもやってみれば」
「なんか悔しい。グレゴリ、今度は、リンゴをいっぱい持ってきましょう」
「了解。お嬢には、逆らえないな」
グレゴリ上級兵曹は、なれない緊張で、目の下に熊を作っていた。お疲れさま。
こうして、ロシア海軍のファーストコンタクトは、成功した。その後、ターシャが、おれを誘いまくったのは、言うまでもない。佐久間さんが憂慮していた人魚と海軍の一触即発は、回避された。人魚たちが最初に、人名以外で覚えたロシア語は、ヤーブラカ(リンゴ)になった。
この後、何度かターシャに付き合った。グレゴリ上級兵曹とも仲良くなり、一緒に兵舎で飯も食べた。彼は、現場で一番偉い人だった。おかげで、海兵の友達というか顔見知りも増えた。しばらくは、こんな感じの平和が続いたのだが、ターシャとハフルは、とんでもない計画を二人で立てていた。それは、ちょっと先の話。
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