第7話 ロシア軍太平洋艦隊

 翌日、魔力の検証は流れた。

 以前、佐久間さんと約束していたロシア海軍との交渉について行くことになった。そのときミーシャも付き添いを許された。第一は、病み上がりの、おれの健康管。第二は、ロシア軍の海兵たちが、癒されるからだそうだ。民間人を守るはずの海兵が、陸軍ほどではないが、民間人に手を掛けた。ミーシャはロシア籍でもある。国民が、基地に来てくれるのは救いなのだ。ミーシャは、日本人というより白系ロシア。海兵たちの士気が上がるからだそうだ。

 昨夜のおれの、勇者と魔王の相打ちの情報は、日本を通して世界に流れることになった。実は、勇者が生きているというのは、佐久間さんにもタクミさんにも伏せた。勿論本国にもこの情報は流れない。おれに、ミレーネさんの気持ちが痛いほど伝わって来たからだ。彼女のこれからの5年間を邪魔したくない。みんなは、勇者と魔王の戦いの顛末が、相打ちだったことだけを伝えた。


 ウラジオストクにあるロシア海軍太平洋艦隊は、太平洋上での作戦を目的とした艦隊である。ウラジオストクには、6艘のフリゲート艦が停泊している。スラヴァ級ミサイル巡洋艦ヴァリャークが、太平洋艦隊旗艦のであることから分かるように母艦がない。航空部隊とは切り離された存在だ。ロシアは、獣王ボークと、ウラル山脈の西側で激戦を繰り広げていた。その為、北海の海王との戦いがあるまで、海軍戦力を温存することになった。

 獣王ボーグは、白銀の狼。寒いところを好み活動する。狼は群れを作る。だから、大災害のおりに狼化した人たちは、獣王ボーグが住むウラル山脈に回帰した。ウラル山脈には、油田がある。鉱石も産出する、ロシアの宝だ。ロシアは、ここをどうしても取り返さないといけない。だから、アメリカの様に魔王に対して核攻撃を行えないまま、大量の屍を築いていた。


 獣王ボーグ出現の性か、ロシア人の多くが、コボルトに変化した。これを放っておくと獣王ボーグの戦力になる。世界樹が召喚されるまで、多くのコボルトが、ロシア陸軍によって虐殺された。その中には、正気の人もいたはずだ。不幸なことだが、今更、済んだ話になる。ウラジオストクに居た太平洋艦隊の第100揚陸艦旅団フォーキノは、陸戦部隊としてかり出され、陸軍と共に、獣王ボーグの背後を突こうとウラル山脈を目指して進軍した。独立航空隊もそうだ。ロシア軍は、早晩、総攻撃の準備を終えようとしている。


 ロシア軍大本営によって温存された太平洋艦隊は、主に、極東地域の情報収集を任務としている。その中で、一番頼りになっているのが、日本の情報だ。だから、民間とはいえ佐久間さんが持ってくる日本の情報の解釈をロシア海軍は、とても重要だと考えている。まず、日本人の考え方が、大陸の考え方と違うので、日本が、変化した亜人獣人と仲良くできる理由が分からない。そこから分からないので大変だ。ただ、変化した相手の情報を聞いても、じゃあなぜ、日本人は、日本海で漁ができるのに、我々が同じようなことをすると、人魚やシャチ族に襲われるのか。日本が海のトップと交渉していない時からそうだったのだから、首をひねるばかり。ロシア海軍から見たら、自国の民間人が襲われていたのだ、反撃してなぜ悪いとなる。これを修正するのに、佐久間さんは、掛けなくてもいい命を懸けて、ウラジオストク近郊の海で漁が出来るようにした。それが信頼につながった。

 驚いたことにモーターを使わない船での漁だと、襲われなかった。網にかかった人魚の子を逃がすと、手助けまでしてくれる。ロシア人には、奇跡の瞬間だった。日本から得た情報を元に行動していたとはいえ、ファーストコンタクトに失敗しているロシア人にとって驚きの連続だった。佐久間がいると漁ができる。人魚と信頼関係ができると、まず、現地の漁師がそうなった。現在日本では、モーター付きの船でも漁をしている。その先には、航行権を得ることが出来る可能性もあるはずだ。


 現在ロシア海軍がやっているのは、人魚とコミュニケーションをとること。幸い、人の姿のままの言語学者、とは言っても、大学院生だが。ターシャ・ケッペンという美しい女性が見いだされ、何人ものマッチョな海兵の護衛がついて、人魚との会話を試みている。しかし、接触すらできない状態だそうだ。

 この話を聞いたタクミさんが、「ごつい海兵の護衛が、まずいんじゃないですかね」などというものだから、佐久間さんが困ってしまった。


 ロシア太平洋艦隊司令官は、彼女が最後の望みだと言って、護衛がいないコンタクトなどさせられないと、佐久間さんの進言を全く聞かない。佐久間さんにしてみたら人材不足は、そっちの陸軍が変化した民間人を虐殺したのが原因だろうと、怒りたくなる。海軍は、内紛で話しの通じない亜人獣人は、殺傷をしたが、変化した大人しい海兵は、独房に入れるなどして、陸軍とは違う道を選んでいる。だから、民間人のターシャが過保護になるのは、悪いことではないが、これでは、話が進まない。


 そこで、まず、佐久間さんが、日本の情報を使って人魚と接触し、佐久間さんが、人魚に、ターシャを紹介するという提案を今日することになった。ただ条件は厳しく、その、ごっつい護衛も一緒ななる、これを人魚に、我々は、説得しなくてはいけなくなるだろうと言っていた。

 その打ち合わせで、おれの役割を佐久間さんに聞いたところ、単純に複数人で、コミュニケーションを取りたいとのこと。「じゃあ、一緒に居ればいいんですね」と、肩の力を抜いた。


 ロシア人って、中年になると太ると聞いていたが、司令官のアレキサンドル・クリチャフスキーは、壮齢だと思うのに、がっしりした体格。この司令部に来る途中も、デカくてがっちりした人ばかりだったし、この人たち、陸に降りても、陸軍より強いんじゃないのと思ってしまった。司令部は、軍艦が停泊している港にあるのだが、司令官が、ウダロイ級駆逐艦ヴァリャークに居るというので、司令部で待たせてもらおうとしたのに、強引にウダロイ級駆逐艦ヴァリャークに乗艦させられてしまった。


 ヴァリャークは大型駆逐艦。この艦には、艦長室とは別に司令室があり、そこに、司令官と言語学者のターシャもいた。彼らは、まさに、この艦で、海に出ようとしていた。おれも、乗艦した時に、物々しいとは思っていたが、それぐらい。しかし、佐久間さんは、この無謀を肌で感じていた。佐久間さんが司令官を怒鳴るので、おれは、生きた心地がしなかった。周りは、ゴッツい人ばかりなんですけどと、きょろきょろしてしまった。ロシア語で、何言っているか分からないし。困っているおれをターシャさんがフォローしてくれた。彼女、日本語も堪能だった。ターシャさんは、24歳。すごい美人だと思うのだが、ロシア人って、30過ぎまで、普通にスタイルもいいのだそうだ。そこから、なる人はビックマザーになるのかな。んな気しないけど。それに、いい匂いがする。


「菅原さん?でしたっけ」

「そうです。ひかるって呼んでください」

「ヒカルね。そんなに困った顔しなくていいわ。ほら、あんなに怒鳴り合っているのに、誰も止めに入らないでしょ。アレクが、ヴァリャークを出港させようとしているから、佐久間が、あんなに怒っているのよ」

「アレク?」

「司令官のことよ。ヒカルは、コマンダー、アレク(司令官)って呼んだ方がいいわ」

「そうします。でも、なんで出港なんかしようとしているんですか。向こうは、フリゲート艦だって、沈没できるんですよ」

「逆に言うと、私たちに接触してくるってことでしょう。このヴァリャークって、装甲巡洋艦なのよ。日本の海上警備隊の最初に人魚と遭遇したシラサギと比べ物にならないぐらい装甲が厚いのよ」

 佐久間さんが怒っているわけが分かった。シラサギは、海王の海波斬をまともに受けていない。海波斬は、その手前に居た哨戒艇を真っ二つにした性で、方向が変わり、上部の甲板をえぐられただけ。その時シラサギの艦長は停戦して、敵意がないことを示した。


「それでも無茶ですよ。シラサギの前には小型の哨戒艇がいたんですよ。それを真っ二つにして、なおシラサギの甲板をえぐったんですから」

「そうなの?」

「それに敵対行動を取ったんじゃあ、人魚と仲良くなれませんって」

「う~ん、ちょっと待ってね」


 一緒に着いて来たミーシャは、バイリンガルだ。話しは、全部聞こえているが、不安しかないようでおれの服の裾をぎゅっと握っている。


 ターシャは、何でもないかのように、あの怒鳴り合っている二人の中に入って行った。

 二人は、ターシャの話を聞き、なんでか二人とも、目を吊り上げておれをにらんだ。ターシャは嬉しそうに、おれのところに来て、話がついたと、どや顔をした。


「ヒカル、アレクが了承したわ。私と佐久間とヒカルと、それからグレゴリの4人で調査することになったの。どう?すごいでしょ」


ミーシャが、おれの服を引っ張る。しかし、子供を連れて行くわけにはいかない。


「ごめん、ミーシャは、待っていてくれ」

「あのゴッツい人と?」


 ミーシャには、なぜか、マッチョな海兵が二人も付き添っている。おれは、この人たちをいい人だと感じていた。


「おれを通して二人を見てみなよ。大丈夫だろ、そうしてくれ」

「うん」


 おれたちと一緒に行くターシャの護衛のグレゴリさんは、ミーシャの警護のごつい海兵さんよりも超デカい。ターシャが、どう交渉したのか、自動小銃など、銃は一切持って行かない方向で、調査隊を組むことが出来た。

 佐久間さんが、おれの肩を叩いて、「ひかる君は、侍なんだってね」と、ニッコリする。

 そう言えば、ゴッツい人達に、物凄く睨まれている気がする。絶対変な落ちがありそうで後が怖い。


「相手の魔王は、剣士なのでしょう。こっちは、侍よ」


 ターシャさん、日本人は、みんな侍だと思っているみたい。そんなのあり得ない。でも、日本人から勇者が出たから司令官には、説得力があったようだ。司令官が、少人数のパーティーを許可した。でも、勇者って先の魔王二人との戦いで、相打ちになったんですけど。それでも、期待せずにはいられないようだ。ターシャが司令官を連れておれのところに来た。


「オー、サムライ。サムライデス」

 ???「なんですか?」

「あなたのオーラがすごいってこと。アレクは、若い時、柔道の選手だったのよ。気〈オーラ〉が分かるそうなの。私は、いい加減なことを言って説得しただけだったのよ。ヒカルって、すごいのね」


 はて、困った。あれかな、魔力がものすごいことになっているから、それかな?使ったことないけど。とにかくよく分からないので、頭を下げて、挨拶した。すると、司令官も、物凄く真面目な顔をして礼をしてくる。侍の雰囲気にハマってしまったのだろう。佐久間さんは、結果オーライだと頷いている。


 結局、ヴァリャークを降りて、帆船で海に向かうことになった。操舵は全部、グレゴリ上級兵曹任せ。ミーシャは、港の海軍宿舎で司令官も交えてお茶だそうだ。ミーシャが一番VIP待遇なんじゃないの。ミーシャの父さんは、このウラジオストク太平洋艦隊の海兵だった。あの、大災害の時に、変化した亜人獣人を殺す暴動に巻き込まれて、死亡した。ミーシャは、この艦隊の子供同然なのだ。

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