Chapter 65:ポーションミックスジュース販売 後編
「カクタスさんがそこまで考えていらっしゃるなら、私から特に言うことはありません。
むしろオーちゃんだけじゃ人手が足りなさそうですから、もっと商人仲間から助っ人を募れればいんですけどね」
商人は最初から商人を選んで商人になった人と、俺のように序盤の戦闘で全ロストした人が仕方なく選んでなった人の2パターンいる。
前者なら自分で売りたい商品を選んで売っているので協力してくれる可能性は低いし、後者ならある程度資金を溜めてしまってからはキャラバン隊を組んで各地を旅する人も多い。
後者の人の中で序盤の金策としてアルバイトのようにして雇うという手もあるが…まぁそのあたりはおいおい考えよう。
「そうですね。
いずれ必要になったらとは思っていますが、要求されるスキルも多いのでなかなか難しいかもしれません。
それで、それに関連してもう一つ…いえ二つほど相談したいことがあるんです」
「なんでしょう?」
「この店って今は柊さんと俺の共同購入している物件じゃないですか?
それでこれまでこの店を盛り立ててくれたオパールに俺の権利の半分を譲渡しようと思ってるんです」
「えぇっ!?
本気っすか、カクタスさん!?
俺なんてまだペーペーなのに!」
オパールが驚きすぎたせいか立ち上がってこちらに身を乗り出してきた。
カウンターを手伝ってくれるようになって商人レベルがみるみる上がって今や商人レベルは50目前なのだが、本人にはまったくその自覚がないらしい。
商人レベルを50まで自力で上げようと思ったらなかなかのものだから、その認識の差が激しいのかもしれない。
一方で柊さんはニコニコ笑うだけで眉一つ動かさない。
今までつぶさにオパールと連絡を取り合っているなかでオパールの立ち位置が店の中でどれだけ大きいのかをある程度は把握していたのだろう。
現状オパールはこの店に対して何の権限もない。
俺かあるいは柊さんがこの店を開かなければ屋内に入室することも出来ないのだ。
家屋や土地の売買にだって口を挟めない。
そんなつもりは毛頭ないが、例えば俺が“明日から来なくていいよ”と言ったとしたらオパールにはそれに抗う権利すらないのだ。
だから名義の上でもちゃんとオパールの頑張りを評価したい。
現在は柊さんと俺で半分ずつ権利をもっているが、俺の権利分を更に半分に割ってオパールに譲渡したい。
いずれ別のゲームの実況を始めたら俺はこのゲームに日参できなくなってしまうかもしれない。
その前準備としてもオパールに権利を譲渡しておきたいのだ。
それはひいてはこの店で働いてくれているスピネルさんや後から入ってくる人たちの為でもある。
「実は私も似たようなことを考えてました。
オーちゃんには今までここに来られない私の代わりに一杯頑張ってもらったから、いつか恩返ししなきゃって。
だから権利は三分割にしましょう。ね?」
「ね?って」
「いえ、分割するのは僕の権利分だけで」
オパールと俺が同時に慌てる。
そんなつもりで柊さんに話を持ち掛けたわけではない。
ただ権利を分割して所有する柊さんの了承を得たかったから話を通しただけだ。
そもそもリフォームの時に柊さん達には随分と負担をしてもらっている。
さすがにこれ以上は甘えられない。
「いえいえ、カクタスさんもっす!
俺は商人レベルを稼がせてもらえるだけで十分っす。
それに働いた分はちゃんと給料でもらってるんすから」
「いや、そういうわけには。
だって毎日遅くまで手伝ってくれてるじゃないですか?」
「それは俺がやりたいから、楽しいからやってるだけっす。
カクタスさんは気にしないでいいっす」
「だからそういうわけには」
いつの間にか俺とオパールだけで会話してしまっていたが、そこにパンパンと手を叩く音が割り込んだ。
「じゃあ私からなら受け取れるよね?
私は今までオーちゃんに委託アイテムの管理をお任せしてたけどお給料支払ってないし」
「そ、そそそんな!
姐さん達には見捨てずに拾ってもらって、訓練で鍛えてもらって、カクタスさんを紹介してもらった恩があるっす!
たとえ押し付けられても受け取れないっす!」
オパールは両手を体の前に揃えて出し、壊れそうなくらい首をブンブン振っている。
柊さん達には特別深い恩義を感じているようだ。
視界の隅で船長さんの影が動く気配を察知したが、それより前に柊さんが無言の掌で制した。
「じゃあオーちゃんはこれからカクタスさんが困らないように他のプレイヤー達を育ててよ。
カクタスさんが無料でレシピ公開したら、きっと沢山の人が詰めかけるよね?
見習い薬師レベルの人とかポーション作りが初めてって人とかが作り方とかコツを聞きにお店にくると思うんだ。
でもカクタスさんの手が常に空いているとは限らないから、そんな時はオーちゃんが助けてあげて。
権利譲渡は前もって渡すボーナス分だよ。
自分のお店でもあるって思ったら、オーちゃんの思い入れも違うでしょ?」
「そ…れは…」
オパールが言葉に詰まって黙った。
きっとオパールは権利譲渡なんてしなくても、やってきた人に作り方を尋ねられれば、きちんと答えるつもりではいたのだろう。
でもただの手伝いとして教えるのか、それとも店主の一人として教えるのかでは気構えがまるで違うはずだ。
手伝う内にそれなりの愛着をもってくれたのなら嬉しい。
「カクタスさんもそれでいいですよね?」
俺が言葉に詰まっているオパールの横顔にちょっと感動を覚えていると、柊さんの賛同を求める問いかけがとんできた。
一瞬“いいえ”と言いかけて俺も言葉に詰まる。
柊さんがオパールへの報酬として保有している権利の一部を譲渡したいと考えているなら、俺がそれに口を挟む権利はない。
それに今ここで俺が柊さんにNoを言ったらオパールが“俺も”と言い出すだろう。
柊さんの問いかけへの答えは実質的に一択しかなかった。
「…わかりました。
柊さんがそれでいいとおっしゃるなら構いませんよ」
俺が笑顔で返すと柊さんは満面の笑みを浮かべ、百面相をしているオパールに向き直る。
「オーちゃんも、いいよね?」
「姐さん…カクタスさん…」
オパールは感極まったようにグシャッと表情を崩すと両の手で拳を作って勢いよく頭を下げた。
「俺バカだから難しい言葉知らないっすけど、こんな風に思ってくれる人たちと一緒にいられて良かったっす。
ありがとうっす!
俺、これから今まで以上に頑張るんで、よろしくお願いするっす!」
「こちらこそ」
「うんうん。
これからもよろしくね、オーちゃん」
オパールの元気な返事に安堵した柊さんと俺が笑みを交わす。
とはいえ、内心ではちょっと舌を巻いていた。
どうやら俺は今回も柊さんの掌の上で上手に転がされてしまったらしい。
本当に、有能すぎて底が知れない人だ。
これほどの人がまさか特製とはいえジュースというお礼だけで満足してくれているんだと言っても、きっと誰も信じてくれないに違いない。
ふと気づいたらオパールを見ている仏頂面の船長さんの鼻先がちょっと赤くなっている。
強面だけどこういう話には案外弱いのかもしれない。
こうして金曜日の夜は更けていったのだった。
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