Chapter 66:ポンタを愛でる人々 前編
最後のポーション瓶を荷物袋に詰めたお客さんが店の玄関から出ていくのを見送り、カウンター回りをできるだけゆっくりと整理する。
ガラス越しに見える外は相変わらず暑いのだろうが、ショーケースやクーラーの魔道具から出ている冷気のおかげで昼下がりの店内は涼しい。
オパールとスピネルさんは今日も夜からログインするのだろう。
店内で働いているのは俺一人だ。
「わー、ボールとってこれたねぇ。
ポンちゃん、えらいね~」
「ポンちゃん、こっちおいで~」
一通りの雑用を片付けてからまだ数人の女性キャラクターたちが囲んでいるポンタコーナーに向かう。
夜になるとログインする人が増える影響でポンタコーナーは常時今の数倍のプレイヤー達が集まる。
だから人が少ない朝や昼の時間帯を狙ってログインし、ポンタを愛でにくるプレイヤー達もそこそこいる。
朝か昼にポンタを愛でて、夜には仲間たちとダンジョンに向かうといったルーティーンなのだろう。
いつもならそろそろ解散してもらうためにポンタを呼ぶのだが、コラボ商品開発のアイディアをもらうために少しの間見学させてもらった。
「ポンちゃん、“お手”できるんだ。
えらいね~」
この未来世界ではペットを飼うという文化も5000年前からすると少し特殊だ。
リュシオンの説明をがっつり掻い摘むと、全てが幻想なので“どんな生き物でもペットにできる”といった流行が数百年ほど続いていたらしい。
やがてその中からAIナビゲーターの外見を人型以外のものにする人たちが現れたり、その流れで精霊や妖怪なんかの空想上の生物をペットにするサービスも生まれたのだとか。
大きなところではサファリパークのようなサービスを提供する企業が台頭した時期もあったらしい。
そういった様々な変遷を経ながらも形を変えつつ人々の生活にペットたちは寄り添ってきたのだとか。
だがポンタがそうであるように自立型の思考をもつ存在のデータ量というのは巨大になりやすい。
他の娯楽サービスで扱われるデータ容量が肥大化していくうちにマザーサーバーの記憶領域に占める割合も増え、そのしわ寄せをくらう形で縮小化を余儀なくされていった。
その結果、アメーベアイランドが提供するゲーム内に存在している小動物たちはごくごく簡単なロジックで動いているのだが、その存在すら貴重なものだという。
つまり今はペットや異種族といったものに関する流行でいう部分で語ると衰退期という時期にあたるらしい。
「ポンちゃん、ボールそっちにいったよ~」
ポンタが自分の体より小さなボールを追いかけて区切られたスペースの中を駆け回っている。
他のプレイヤー達はニコニコした表情でそれを見守っていた。
今回のコラボにあたりわざわざポンタを指名したということは、リュシオンに言わせると相当な冒険らしい。
《おそらく
それを超えるデータ量が必要となるマスターの言い分を通すためには、それ相応の説得材料が必要ですよ》
リュシオンからはそうアドバイスされた。
なるほど。
可愛いは正義だが、数値化できないそのパロメータを別の形に置き換えて説得しなければならないらしい。
奈須さんたちにとっては社運をかけてたコラボ企画になるのかもしれない。
だからこそ実現するかどうかは今この期間にどれだけ説得材料を集められるかにかかっているだろう。
「ポンタ、おいで」
「ワンッ」
転がるボールを追いかけていたポンタは俺が近寄りながら名前を呼ぶとこちらに一目散に駆け寄ってくる。
そして俺の足元でピタッと止まってお座りした。
俺が立ったまま作業をしているところに駆け寄ってくる時はもれなく脛に頭突きしてくるのだが、俺が歩み寄りながら声をかけるとそうはならない。
歩く俺の足にじゃれついてくるか、俺の目の前できちんとお座りするか。
その違いは駆け寄ってくるポンタときちんと目線が合うかどうか。
リュシオンカメラを意識してきちんとポンタと目線を合わせると、ポンタは俺の意図を察してくれたようだ。
あまりにもポンタの頭突きが頻繁なので、家族間で話し合って決めたポンタの躾の一つだ。
老犬になってからは以前のように駆け回る元気もなくなり頭突きする頻度も減っていたから、知らない間に記憶が薄れてしまっていたらしい。
先日オパールとの一件の後で思い出したことだが、俺の記憶が構築したポンタにもその
地味に嬉しい。
「いっぱい遊んでもらったか?」
「ワンッ」
腕に抱き上げて尋ねると尻尾をブンブン振っているポンタから元気な返事が返ってきた。
だから“そうか。良かったな”と言いながらポンタの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「いつもポンタを構ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、こっちこそ!」
「そうです。
いつもポンちゃんには癒してもらってますから」
「うんうん。
できるならお家に連れて帰りたいくらい可愛いもんね~」
礼を言って頭を下げると半ば常連化しつつある彼女たちはとんでもないと首を横に振ってくれた。
混雑を避けてやってくる彼女たちは皆穏やかな空気を纏っていて、俺はこの空間が好きだしポンタを構ってくれるのを嬉しく感じていた。
彼女達からならばコラボ企画を成功させるためのアイディアというかヒントを得られるかもしれない。
「さすがにクロス・ファンタジーの外には連れ出せないでしょう。
でも、もし自分の部屋に連れて帰れたらどんなことをしたいですか?」
ポンタに手を伸ばし頭を撫でてくれた踊り子風の衣装に身を包んだプレイヤーの言葉に丁度良くのっかって質問を投げかけてみる。
「えっ、部屋にですか~?」
「そう聞かれると迷っちゃうねー。
やりたいこといっぱいあるし」
笑みを浮かべながら彼女たちは互いの顔を見つめ合って楽しい想像を聞かせてくれた。
「やっぱりカクタスさんがいつもしてるみたいに抱っこして頭を撫でたいですかね。
お店だと他の人もいるからできないんで」
なるほど。
他の人が居るから抱っこして独占はしないようにしてるんだな。
そのあたりは俺が明確にルールとして決めているわけではないから、暗黙の了解っていうやつで浸透しているんだろう。
「あとボール遊び!
ポンちゃんが満足するまで広いところで遊んであげたいよね」
確かに専用コーナーがあるとはいえ店内スペースには限りがあるので、自室のスペースさえ確保できたらそれも可能だろう。
ただコラボ商品の場合はポンタ自身が掌サイズになるのでテーブルの上を綺麗にしてくれたらそれだけである程度十分なスペースになると思う。
でもそれだけだと奈須さんを説得する材料としてはまだ弱いだろう。
ミニポンタを作ったらいつも以上に商品が売れますよというアピールにならないといけない。
俺が抱いているポンタにはできないけど、ミニポンタだからこそできることっていうのがあるといい。
それが魅惑的な提案であればあるだけ。
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