Chapter 64:ポーションミックスジュース販売 前編



「それで、睡魔と毒を解除できるHP回復ポーションはどうやって作ったんですか?」


 在庫補充にやってきた柊さんにポーションミックスジュースの試作をした時のハプニングについて話すと、興味津々といった様子で尋ねてきた。


 その手の中には紫っぽい色の薔薇に飾られた小瓶が握られている。


 それは今日新発売した金曜クエストのボス対策として有効な毒消しとHP回復ポーションの効果を併せ持つポーションミックスジュースだ。


 店の前を埋め尽くした長蛇の列はポーションミックスジュースの完売をもって解散され、閉店後の店内には喧騒が嘘のように静かな時間が流れている。


 いつものように訪れた柊さん達と共にこれまで店を手伝ってくれていたオパールとスピネルさんもテーブルを囲んで特製ジュースを飲んでいる。


 オパールはこれまでの慣れがあってまだマシだが、スピネルさんなんかはテーブルにつっぷしている。


 この一週間、夜の時間帯だけとはいえ嵐のような接客を要求されたから疲れたのだろう。


 商人レベルを上げたいオパールはともかくスピネルさんにカウンターに立ってもらうつもりはなかったのだが、“世話になってるから”と好意で手伝ってくれた。


 嵐のような接客を終えてから死んだスルメのような目をしているので、自分から手伝いを申し出たことを後悔していないかちょっと心配だ。


「柊さんから頼まれていた新味ジュースの試作の為に様々な食用アイテムを集めていたので、そこから狙った効果が出るまで調合し続けました」


 柊さんから新ジュースを頼まれていて良かった。


 あらかじめ様々な材料を買い集めていなければ今日の販売には間に合わなかったかもしれない。


 しかもポーションの試作をしながら間接的に柊さん用のジュースの試作も出来てしまったのだから、無駄ではなかったと思う。


 今まで試作はさんざん繰り返してきたので、該当する薬液の味に似た味を出すことができる組み合わせは頭の中に入っている。


 料理に慣れた人が目分量で調味料を足していくのに感覚的には近いかもしれない。


「へー。

 カクタスさんってコツコツ努力するの得意ですね。

 私なんかスパッと決まらないとムズムズするから難しいだろうなぁ」


「いえ、そんな。

 才能とかセンスがあったら俺も普通に冒険者としてダンジョンに潜ったりしてたりしていたと思うので、商人やりながらダンジョンに潜る柊さんのほうが凄いと思いますよ」


「姐さんがたは一般プレイヤー達とはスペックの桁が違うんすよね」


「えー?

 褒め過ぎだよ、オーちゃん」


 柊さんは満更でもない顔で笑っているが、一瞬ポンタを抱いてる船長さんから鋭い視線が走ってオパールが震えあがった。


 裏ラスボス臭がすごい。


 最終生物兵器と言われても納得させるだけの威圧感があった。


 コワイ。


 柊さん限定で超がつくほど過保護な船長さんを怒らせちゃイケナイ。


「それでこれからは曜日クエストに特化したポーションのみの販売に切り替えるんですか?」


「はい。

 寸胴鍋でまとめて作れる方が効率が良いので。

 クエストの報酬品がある程度市場に出回って落ち着くまでは需要が偏ってると思いますし、品数より数量を揃えた方がいいかなって思いまして。

 ただ本当にそれだと困る人もいるかもしれないので、一番お客さんの多い夜の分だけMP回復ポーションを中心に他のポーションも並べようかなって。

 まぁあくまでも作れる限りでって感じですけど」


 作るポーションを1種類に絞った結果、生産量が1.5倍になった。


 だから朝から3時くらいまでその曜日で使うポーションミックスジュースをひたすら作り続け、その後で需要の高い他のポーションを作っていく。


 そういう作り方をした結果、ポーション総数は当初予想していた数を上回った。


 スピネルさんは目を白黒させていたけど、もう薔薇の装飾付きの瓶をポーションミックスジュース用のものとして売り出してしまったので諦めたらしい。


 なんだか申し訳ない。


 自分の職業レベルを調べる元気もなくなっているスピネルさんには何か相応のお礼を考えておこう。


「それで1つ考えていることがあって、できれば柊さんからもアドバイスを頂きたいんですけど」


「何ですか?」


 俺が出した7種類の新ジュースの味見を終えた柊さんは首を傾げた。


「実はポーションミックスジュースのレシピの1つを3DVで完全公開しようかと考えてまして」


「へっ?」


 柊さんと一緒で今初めてその話を聞いたオパールはきょとんとした顔で俺を見ている。


 “なんちゃってポーションジュース”の一件からレシピの公開を渋ってきた過去があるので意外だったのだろう。


「それでまったく同じ品質、同じ味で作って持ってきてくれた人からポーションジュースそのものを買い取ろうかなって思ってるんです。

 スピネルさんの装飾はそう簡単に真似できませんから、瓶が違うものは偽物ですって注意喚起すれば大丈夫かなって」


 スピネルさんは顔を上げる元気もないんだろうに、無言で俺の手首を掴んできた。


 中身になるポーションジュースの量が増えてもスピネルさんは一人しかいない。


 今以上にポーションジュースの生産量が増えても対応できないという無言の悲鳴だろう。


 俺はそんなスピネルさんの静かな抗議を受けてその手に自分の手を重ねて先を続けた。


「確かにポーションを飲んでしまえば時間経過で容器である小瓶は消えてしまいますから、それは有効かもしれません。

 でもいいんですか?

 カクタスさんがOKしたもの、つまりカクタスさんのブランドに見合わなくても同じ効果が得られるなら他所で買うっていう人もいるかもしれませんよ?」


 それはつまりレシピを公開したらそれで作ったものを俺のところにもってこずに自分で売って儲ける人がいるということを心配してくれているのだろう。


 だけど。


「構いませんよ。

 もともと薄利多売なので作った労力に見合った利益を出すまで…つまり常連のお客さんがつくまでは旨味は少ないでしょう。

 特にウチの店は柊さんからプレゼントしてもらった特製のショーケースがあります。

 あれを個人で購入しようとすれば、商売である程度利益が出ていなければ一時的にとはいえ赤字になります。

 それでもやりたい人がいるなら、どうぞって思ってます」


 店先までこないプレイヤーの中にもポーションジュースに興味を示してくれている人はいる。


 その人達にとってポーションジュースがいつまでたっても未知の味なのは、結局供給量が足りていないからだ。


 俺の代わりに売ってくれるなら、そういう人達の口に入ってくれるかもしれない。


 それであがった利益はその商人プレイヤーのものでいい。


 最初から薄利多売を貫いてきたことがここにきて俺を思いきらせてくれた。


 ポーションジュースを作れるだけのスキル持ちの人ならば、大量に作って俺の所に持ち込んだ方が楽だし安定的に儲けがでる、という流れを作ってやればいい。


 コイン以外にも俺の所に納品したほうが利点があるとなれば、正規品のポーションジュースと騙る偽物の出回る確率はぐんと下がるだろう。


 そもそも偽物が出回る要因というのが需要に対して圧倒的に供給量が追い付いていないからだ。


 しかし他プレイヤーから仕入れることで供給量が需要に追い付けば、安心で確実な正規品を買おうと考えるプレイヤーがほとんどのはずだ。


 そうなれば偽物に手出して被害を受けるプレイヤーはいなくなるはず。


 それでも手抜きの偽物の出回りの可能性も残っているからしばらくは3DV中で注意喚起しなければならないが、それは俺が一言添えればいいだけのこと。


 俺の読みが当たれば、みんなが今よりもっとクロス・ファンタジーを楽しめるようになるだろう。


 それが俺が出した最適解だ。


 毎日列を作ってポーションジュースを買い求めてくれるお客さん達のおかげで俺の商人レベルはあともう少しでレベル上限に達カンストする。


 この曜日クエストの熱が落ち着くまでにオパールの商人レベルも50を余裕で超えていくだろう。


 装飾職人の経験値がどのようなシステムで加算されていくのかは知らないが、スピネルさんの経験値や収益にもそこそこ貢献できると思う。


「瓶の装飾が間に合わなくなると思うので、そこはしばらく俺がカバーします。

 もしスピネルさんが弟子をとるのであれば庭はそのまま貸し出しますし、作ってもらった数だけスピネルさんと同じ価格で買い取らせてもらいます」


 俺はアイテム時価検索で買ったばかりのアイテム装飾に関するスキル本を掲げつつ話した。


 ポーション作成に関わるスキルは既に上限に達している。


 だから満足しているということではないが、俺と同じクオリティーでポーションジュースを作れる人が増えたら俺自身が作らなければならない理由はなくなる。


 むしろポーションの方が余って売れなくなるなら、装飾のほうの人手を足すべきだ。


 しかしスピネルさんは無償で装飾技術やアイディアを公開するつもりはないだろう。


 だがそれを既に知っている俺にならある程度教えてもいいと思ってくれるかもしれない。


 今でさえ数が間に合っていないと言ったら完全に干からびた目をしていたので、おそらく理解してくれるはずだ。


 俺は他でその技術を使うつもりはないので、技術の流出という面での心配はないというのも大きいだろうが。


 現に俺の手首を痛いほどの力で掴んでいたスピネルさんの手の力がいつの間にか緩んでいる。


 納得したのか、あるいはほっとして眠ってしまったのかもしれない。


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