Chapter 62:ポーションミックスジュース 試作前編



「うーん…。

 この組み合わせだと効果を打ち消し合ってしまうみたいですね…」


 俺は試作用の小さい鍋の前で唸っていた。


 ちなみにその隣では販売用のポーションジュースに使うジュース各種を57L容量の大きな寸胴鍋3つで煮詰めている最中だ。


 甘さの凝縮の為にジュースの原液…もとい生果汁を煮詰めている。


 それはいいとして、俺は小鍋に少量作った試作ポーションを舐めた。


 酸味と苦味がジュースの甘さで誤魔化されているものの、ポーション効果を表示するウィンドウを眺めた。


 HP回復ポーションの原液と毒解除ポーションの原液を混ぜてみたのだが、ウィンドウの効果欄には?????と表示されている。


 いつも試作する時は状態異常にかかっていなくても状態異常解除効果は発揮されるしウィンドウにも表示される。


 それが出ていないということはどちらの効果も発揮していないのだろう。


 実際、俺自身のステータス画面にも影響はないので失敗作と言えるだろう。


「分量の関係か、それとも比率のせいですかね…?

 ジュースを混ぜたら効果を発揮しなくなる組み合わせだったら困っちゃいますけど」


 俺は独り言をするにしては大きな声でブツブツ喋った。


 試作中なのでリュシオンカメラがONになっている。


 3DV撮影といえどまるまる全てを見せるわけではなく倍速やカット編集もすることを前提にリュシオンカメラを意識し過ぎずに試作を続ける。


 言葉が足りなかったとしても後からテロップなんかで補足はできるが、時間は待ってくれない。


 形にならなければ走り出した計画はそこで大コケしてしまうだろう。


 装飾した小瓶は買い取ることになるのでスピネルさんに金銭的な負担はかけないが、やはりガッカリさせたくないというのが大きい。


 物を作る職業を選んだからには自分が手塩にかけて作り出した作品は多くの人に喜んで手に取ってもらいたいだろう。


 俺もその気持ちはすごくよくわかるから、余計に失敗したくない。


「組み合わせによって作り方を変えなければいけないかもしれませんね」


 味に関してはジュース部分の材料を増やすか変えるかすればいいが、効果打消しとなると根本的なとことから変更が必要かもしれない。


 用意する予定のポーションミックスジュースは全6種類。


 火傷、感電、凍結、暗闇、睡魔、毒。


 ゲーム内の状態異常の種類は他にもあるのだが、クエストを攻略するにあたり必要になってくるポーションはこの6種類だ。


 ちなみに日曜クエストに登場するボスは状態異常付与の攻撃をしてこない代わりにすぐ逃げるらしいので、プレイヤー側にバフをかける必要があるだろう。


 試作した感じ、火傷や暗闇なんかはそれぞれの解除効果を打ち消し合わないのであとはジュースの味を調ととのえれば商品化できるだろう。


 問題は睡魔と毒。


 睡魔の解除効果とHP回復効果は反比例するらしく、通常のHP回復ポーションと同じだけ回復させようとすると通常の睡魔解除効果が弱くなる。


 つまり中ボスキャラがかけてくる状態異常付与攻撃が強ければ効かないということだ。


 つまり睡魔解除効果を通常のポーションと同じくらい発揮させようと思ったらHP回復量が減っても目を瞑るか、睡魔解除の薬液を2倍投入しないといけないらしい。


 薬液を2倍使うのは簡単だが、原価が高くなるのでポーションジュースの値段も上げなければならない。


 さすがにそれではお客さんが手に取りずらいだろう。


 そして一番問題なのは今作っている毒解除とHP回復の薬液を混ぜたもの。


 完全に効果を打ち消し合うだけならまだしもウィンドウのアイテム効果欄に“?????”なんて表示されるのは初めてだ。


「カクタスさん、ちーっす」


 廊下からオパールの声が聞こえ、振り返るとキッチンに入ってくるところだった。


「あ、オパール。

 こんにちは」


 オパールはキョロキョロとキッチンを見回しながらジュースを煮詰めている寸胴鍋に歩み寄った。


「火つけたまま席外すなんて珍しいっすね」


 …うん?


 俺の隣に立ったオパールは寸胴鍋の中身を木べらでかき混ぜつつコンロの火加減を調整する。


 その間、一度もオパールと視線が合わなかった。


 いつもなら雑談しながら作業するので、もう違和感しかない。


「オパール?」


 声をかけるとオパールは木べらを持ったままキッチンのドア側、カウンターの方を振り返る。


 隣にいる俺を無視して。


「カウンターにいるんすかー?

 鍋、俺がみてるんで商品チェック進めて下さいっす」


 しかしどうも俺を無視している様子はない。


 どちらかというと俺を探しているような素振りだ。


「オパール」


「おわっ!?」


 名前を呼びながら木べらを握っているオパールの手首を掴むと、オパールは大袈裟なくらい体を震わせ持っていた木べらを床に落とした。


「ちょっっ、驚かせないでくださいっす!

 いつからそこに居たっすか!?」


 オパールは目を見開いて椅子に座っている俺を見下ろしている。


 そのリアクションがあまりに大きかったため、別に驚かせようなんて考えていなかったもののちょっと罪悪感を抱く。


「最初からいたよ。

 見えなかったのか?」


「見えなかったっす。

 っていうか、絶対隠れてたっすよね?」


 オパールは口を尖らせながら拗ねている。


 そして何故か俺を疑っている。


 これまで同じようなことをされた経験トラウマでもあるのだろうか?


 訝しむ表情を浮かべつつ俺の顔や首周りに鼻先を近づけて匂いを嗅いでいる。


 ポンタもよくやるので何となく犬っぽく見えてしまう。


「ジュースの甘ったるい匂いが染みついててよく分からないっす」


 顔を上げたオパールは悔しそうだったが、口元にオパールの鼻先が今にも触れそうなほど近づいていたのでそれが遠ざかってほっとした。


「別に隠れてないって。

 新作ポーションの試飲をしてただけで。

 これなんだけどさ」


 俺はそう言いながらオパールに小鍋を見せた。


「新作っすか!?

 味見させて下さいっす」


 オパールは目を輝かせながらその鍋を俺の手からとると匂いを確認する様子もなくすぐに口をつけた。


「えっ?

 あ、まだポーション原液だけだから」


 ボンッ!


 目の前に立っていたオパールはたちまち大量の白い煙に包まれ、手にしていた小鍋が鈍い音をたてて床に落ちた。


 “ジュースだと思って飲んだらダメだよ”という言葉は聞き慣れない効果音に驚いて打ち消されてしまう。


 俺はしばらくその場から動けなくなってしまったのだった。




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