Chapter 61:装飾職人 スピネル



 装飾職人スピネルさんがようやく落ち着いて事態を呑み込んでくれたのは涼しい店内に腰を落ち着け、冷えたポーションジュースで喉を潤し、俺の説明を1から全部聞き直した後だった。


 どうももともと武器装飾をしたかったらしいのだが芸術方面のクエストは基準が曖昧だったらしく鍛冶屋で雇ってもらえなかったらしい。


 でも転職するにしても装飾士のレベルが50が絶対条件で、装飾するアイテムを仕入れもタダではない。


 だから比較的とりやすい市場内の露店許可証を商業ギルドで発行してもらい今日まで装飾した生活用品を売っていたらしい。


「さっきはあぁ言ったけど、それだけの数をこなすなら問題があって。

 実は原料になってる貝殻なんだけど、欠けたりひび割れたりして売り物にならなくなったものを砕いて安値で売ってるNPCから買ってるんだ。

 だからいきなり大量にくれって言っても売ってくれないかもしれない」


 頬を掻きながらスピネルさんは申し訳なさそうに告げた。


 ここまでついてきてしまった手前、とても気まずそうな顔をしている。


 俺がポーションジュースを用意している間にちゃっかり膝にのせてもらっていたポンタもそんなスピネルさんを不安そうに見上げている。


「その貝殻っていうのは特殊なものなんですか?

 たとえばどこか特定の地域の海岸でしかとれない、とても希少な貝からしか作れないとか」


「いや、そういうんじゃないと思う。

 もし貝そのものが高価だったらいくらクズでもあんなタダみたいな値段では売らないだろうし」


 まずは仕入れ先と交渉して粉状に砕いた貝を全部売ってもらう。


 それでも足りなかったらどこで貝を拾っているのか尋ねてみて原料持ち込みで粉砕の手間賃を支払って加工してもらうのもいい。


 いや、もしかしたら商人固有スキルでもあるアイテム時価検索で調べたらもっと効率よく原料が買い集められるかもしれない。


「だったらたぶん大丈夫です。

 僕も協力できますし」


「えっ、でもあの、撮影とか忙しいんじゃ…」


 安心させようと笑いかけたのに、どこか恐縮したような返事が返ってきた。


 確かに人気3DVパフォーマーになると休暇どころか睡眠時間すら削って3DVをアップロードしている人たちがザラにいる。


 特に毎日何本も3DVをアップロードしている人たちなんかは年中無休で睡眠時間は1~2時間とか凄まじいタイムスケジュールで生活しているという噂だ。


 とはいえそういう人達は俺の何倍も応援サポーターを抱えているし、俺の何十倍もCM料や企業案件で稼いでいたりする。


 俺がある応援程度サポーターを抱えながらそこまでしなくてすんでいるのは、本当に運がいいというか、奇跡的な良縁に恵まれたからだろう。


「心配してくれてありがとうございます。

 でも大丈夫ですよ。

 3DVの方はしばらく新ポーションジュース試作回にしますから」

 

 来週から始まる曜日別クエストの話はこのゲームのプレイヤーなら誰でも知っていることだろう。


 今一番ゲーム内でプレイヤー達の関心を引いているのもこのイベントだろう。


 攻略の鍵は恐らくいかにして状態異常を早く解除し、敵を殲滅するかにかかってくるはず。


 課金アイテムとレア装備に全身を固めた一部の廃人プレイヤー以外にとってポーションは生命線だ。


 各状態異常回復効果にそれぞれHP回復効果のブレンドした特製ポーションジュースを生み出すことができれば、きっと売れる。


 複数の効果を一本のポーションから得られるようになれば、プレイヤー達も沢山のポーションを買い漁らなくてもすむ。


 装飾や薬液の分量で今までのポーションジュースよりは多少割高になってしまうが、単価がそこまで値上がりするわけではない。


 むしろ手荷物の重量が減る分、移動なども楽になるはずだ。


 だからこそこの新作ポーションの試作回は需要があるし、同時に高い宣伝効果も発揮するだろう。


 俺としてもいつか作りたいと思っていた混合ポーションがようやく形にできる。


 状態異常の回復ポーションはイベントに特化した売り方になってしまうが、これまでのように小鍋で1つずつ作って少量ずつ売るより数は確保できるはずだ。


 あとはどれだけ早く試作を終わらせ、どれだけ数を用意できるかにかかっている。


 先が見えてきた。


「これからよろしくお願いします、スピネルさん」


「あ、はい。こっちこそ」


 俺が握手を求めるとスピネルさんは緊張しつつも俺の手を握り返してくれたのだった。





 原料の仕入れ先であるNPCとの話し合いはとんとん拍子に進んだ。


 大量に仕入れる代わりに多少の値引きをしてくれる他、俺がアイテム時価検索をかけて原料の貝が安く大量に仕入れられた時には貝を粉砕する手間賃だけで良いという話に落ち着いた。


 それ以外の原料については企業秘密と笑顔で躱されたが、特に焦っている様子もなかったので仕入れの目処はたっているのだろう。


「すみません。

 どなたか風魔法を扱える方っていらっしゃいませんか?」


「あの、それなら…」


 今まで手付かずで雑草が伸び放題だった庭は、店に来ていたお客さんの中から風魔法を使える人を募り、草刈りを頼んだ。


 その人が風系魔法を唱えると雑草が生い茂っていた庭は一瞬で芝生を敷き詰めたような広々空間に生まれ変わった。


 さすが魔法だ。


 エルフなのに魔法が使えないのかと突っ込まれそうだが、生憎とずっと店にかかりきりなので戦闘系スキルはまったく育っていない。


 強いて言うなら長距離移動が可能な脚力と敵の認知を掻い潜る隠密スキルくらいだ。


 魔法も収納に便利な時空系とポーションづくりに必要な薬学系…もといポーション製造に特化したものしか使えない。


 我ながら偏り方がすごいという自覚はあるが、実用を重視した結果だ。


 草刈りを手伝ってくれた人には冷やしたMP回復ポーションをお礼に贈呈したんだけど、思いのほか喜んでもらえてこっちも嬉しかった。


 その後は市場に行って大きめの机をいくつも買い込んだ。


 これを庭に並べれば即席ではあるがスピネルさんの作業場として機能するだろう。


 他に必要なものがあれば追々揃えていけばいい。


「もしこれからガラス容器を仕入れに行くならついていきたいんだけど」


「いいですよ。

 じゃあちょっと他の店にも寄り道していいですか?」


 市場で一度解散しようと思っていたのだが、俺が今から仕入れだと伝えると同行したいと申し出てくれた。


 自分が扱う商品になるので気になるのだろう。


「えっ、市場を出ちゃったけど良かったのか?」


 どんどん市場を離れていく俺の後ろをスピネルさんは戸惑いながらついてくる。


 確かに何かを買うなら市場だと思っている人からすれば戸惑ってしまうのは理解できた。


「はい。

 数が多いので俺は工房から直接仕入れてるんです。

 案内しますからついてきてください」


 俺はスピネルさんを手招きして工房が並ぶ通りへと案内する。


 ポーションジュースに使う大量の瓶や薬師系スキルがないと購入できないポーションの原液が売られている店はこっちでないと入手できない。


 工房の入り口で声をかけるといつものNPCがエプロン姿で姿を現した。


「すみません。

 予約した小瓶4万本を受け取りにきました。

 明日の分はとりあえず8万本に変更させてください」


「ブフォッ!?」


 俺が店員と喋っている横でスピネルさんは突然吹き出してよろめいた。


 どうかしたんだろうか?


「スピネルさん?大丈夫ですか?」


「よっ、4万って単位オカシイだろっ。

 しかも明日は8万とか、コントかっ!」


 片手を差し出したのだがスルーされたあげく鋭くツッコまれた。


 その姿を見て俺は改めて考え直してみたのだが、感覚が麻痺しているのか違和感を感じない。


 だって毎日開店前にはそこそこ長い行列ができるし、そもそもポーションは消耗品だ。


 俺が設定している制限がなかったらまとめて箱買いしたいというプレイヤーが山のようにいる。


 そんなにおかしい数字だとは思えないのだが、やはり一般的な感覚だとおかしいのだろうか?


「あ、大丈夫ですよ?

 ジュースは57L容量の大きな寸胴鍋で煮詰めながら作るので、1本あたり50mlで一度に1000本分作れます。

 ですから4万本でも40回繰り返せば」


「だぁー!そういう問題じゃっ」


 分かりやすいように説明したつもりだが、スピネルさんは刈り上げた髪をぐしゃぐしゃにかき回して悶絶し、そしてしばらく沈黙した。


「2万本でも4万本でもどんとこい」


 やがて落ち着いたのか顔を上げたスピネルさんの目は…何というか据わっていた。


 一体その脳内でどんなドラマがあったのだろうか?


「はい。よろしくお願いします…?」


 とにかく大量の小瓶に花を装飾してやるぞという気概は伝わったので戸惑いつつもスピネルさんに同意しておいた。


 やがてNPCが奥からケースに入った小瓶を運んできてくれた。


 小瓶は升目で区切られたケース内に整然と並んでいて、俺は持って帰る為にアイテムボックスにしているショルダーバックの中に詰め込もうと手を伸ばした。


「ちょっといいか」


「はい?」


 そんな俺をスピネルさんが止め、NPCに語りかける。


「このケースは3日後に返却するってことで貸しておいてくれないか」


「お返し頂けるのであれば構いませんよ。

 お得意様ですからね」


 理由が分からず尋ねてみると、小さく溜息をついて意図を教えてくれた。


「何万本も装飾するんだろ?

 これ全部をもう一度机の上に並べるだけで手間かかるだろう。

 俺のやり方ならこのケースに入れたまま装飾できるし、いっぺんに持ち運ぶのにもケースはあった方が便利だ」


 なるほど。


 言われてみれば確かにその方が効率的だ。


 今までずっと仕入れで何度も往復するよりアイテムボックスを使った方が効率的だと思ってきたけど、ケースを借りてそれごと動かすというのは思いつかなかった。


 小瓶に装飾し、乾燥させ、ポーションを注ぎ込み、ショーケースまで運ぶのをケース単位で出来るなら俺が担当する部分でも楽ができる。


 でもそうするならショルダーバックでは開口部がケースより小さいのでそれごと収納することはできない。


「わかりました。

 では一度市場に戻りましょう。

 リアカーとシートを買えばケースごと持ち運びできます」


  効率化が進めば今まで考えていた以上の数を作る事ができるだろう。


 そう考えると早く店に戻って新ポーションジュースの試作を始めたくてうずうずしてしまう。


 俺はスピネルさんを手招きで促して市場に戻ったのだった。





 

 

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