Chapter 63:ポーションミックスジュース 試作後編



 オパールを包んでいた大きな煙はすぐに掻き消え、そこに立っていた姿を見て今度は俺が硬直した。


「うぉあっ!?」


[あ…人化の魔法解けちゃったっす]


 そこにいたのは両翼をもつ大きな黒い獣だった。


 背中に黒い翼の生えた勇猛な顔つきの黒狼がオパールが立っていた場所にどっしり座り込んでいた。


 オパール自身がもともと長身だったが、それ以上の巨体だ。


 キッチンの天井のせいで耳がぺたんと押し潰されている。


「だ、大丈夫か…?」


[うー…。

 人化の魔法がかけ直せないっす]


 思わず素で尋ねてしまった俺の前でオパールが唸る。


 本人はいつも通り喋ったつもりなのだろうが、その外見のせいかいつもより声が低く響いた。


[怖いっすか?]


「え?

 あ、いや…」


 耳の折れた姿でおずおずとオパールが俺の顔色を窺ってくる。


 出会ったばかりの頃に“元の姿は~”なんてオパールが喋っていたことはあったが、これまでその姿を実際に俺が目にすることはなかった。


 けれどその不安げな表情を見ればわかる。


 自分ではカッコイイと思って選んだ種族でも、実際に相対した時に相手に無言のプレッシャーを与えてしまうのを知っていたのだろう。


 俺はオパールが自分から見せようと思わないならいいかなと気軽に考えていたけど、よくよく考えてみるとオパールはずっと人化の魔法を使い続けていたということだ。


 その方が作業に支障がないというのもあったかもしれないが、本来の姿を見られたくないという気持ちもずっと頭のどこかにあったのだろう。


 現に俺の次の言葉を待つオパールの耳がどんどん下向いていく。


 不安で仕方ないという顔だ。


 人間サイズ以下の肉体をもつ種族からしたら確かに目の前に立たれるだけで不安を与えかねないサイズ差だということを嫌というほど自覚しているのだろう。


 だが、俺は伝えたい。


 そうじゃないんだと。


 胸の内で渦巻き始めた欲求を言葉にしていいのか迷っているだけなのだと。


「触っても、いいか…?」


 俺の問いかけを聞くなりオパールの伏せかけていた耳がピッと立った。


 表情の変化よりよほどわかりやすい。


 オパールがそれだけ素直な証拠なのだろう。


 [どうぞっす]


 決して狭いキッチンではないのだが、オパールの巨体が伏せの状態で寝そべると床面積がだいぶ狭くなった。


 きっと成犬のゴールデンレトリバーが横にいたら可愛い仔犬に思えるだろう。


「じゃあちょっとだけ…」


 俺はわしゃわしゃしたい衝動を堪えてそっとオパールの毛並みに触れる。


 黒いせいか硬そうに見えていたがそれに反して触れた毛はふんわりと柔らかかった。


 両手で撫でながらそっと抱き着いてみると耳元でハッハッと舌を出して呼吸する音が聞こえる。


 ますます犬っぽい仕草に我慢ならなくなって、たっぷり毛量のある体に顔を埋めると人間にはない独特の獣臭に包まれた。


[カクタスさん、怖くないんすか?]


 オパールのもふもふっぷりを堪能していたら、おずおずといった様子でオパールが尋ねてきた。


 まだ不安が残っているらしい。


「怖いわけないだろ?

 中身はオパールなんだし」


 さすがにこのシーンはカットだろう。


 おそらくオパール自身がノーと言うはずだ。


 3DVで使えないからこそ素でその黒く艶やかな毛並みをもふもふしまくる。


 ポンタがいたこともあって実家では大型犬は飼えなかったから、長年の夢が叶った瞬間だっだ。


[カクタスさん、流石っす。

 俺、ボス達以外で怯えられなかったの初めてっす]


 …まぁ、あの船長さん達は色々と規格外だからな…。



 ちょっと感動しているらしいオパールに心の中で同意しておく。


 いい加減に離れないと嫌がられるかなと顔を上げると、視線の先でオパールの尻尾が嬉しそうに揺れていた。


 ドンッ!


「わっ!?」


 体を起こそうとしたら今度は膝裏に衝撃がはいってそのままつんのめる

形でオパールの方へ倒れ込んでしまった。


 もふもふ天国……あ、違った。


[だ、大丈夫っすか!?]


「うん…ごめん。

 オパールは無事か?」


[俺は平気っすけど…]


 体を起こしつつ謝った俺の足元に元気な影がまとわりついた。


「こら、ポンタ。

 危ないだろ?」


「ワンッ!」


 メッと叱ってポンタを抱き上げると、目をキラキラさせたポンタに顔を舐められた。


 相変わらず悪気はゼロのようで、おそらく昼寝から目覚めたので遊んでほしくて突進してきたのだろう。


 あるいは仲間外れにされたのかもしれないと思ってちょっと寂しかったのかもしれない。


 とはいえコンロ周りのこともあるし、危ないからキッチンには入らないように今後躾ていこう。


 俺はポンタを撫でながらそう心に決めた。


[でもなんで急に人化の魔法が解けちゃったんすかね?]


「あぁ、それは…」


 不思議そうに首を傾げているオパールに効果が謎になっている試作品のことを話した。


 俺の体が透明化したようにオパールに見えなくなったり、オパールの人化魔法が解けてしまったのはおそらくこれが原因だろう。


[危険っすね]


「そうだな」


 せめて二人とも同じ症状が出たのならそれがこの試作品の効果なのだろうが、定まらなかったというのが余計に怖い。


 あるいはそういった不確定な効果そのものがこの試作品の効果なのかもしれないが、だとしたらそんなもの戦闘では絶対に使えない。


 あえて使うとしたら縛りプレイが大好きなドMプレイヤーか、ハプニングを心待ちにしている3DVパフォーマーくらいだろう。


 どちらにせよ、この試作品ポーションのレシピは危なすぎるので封印してしまおう。


 オパールと同感し合いつつ、人化の魔法がかけ直せるようになるまでもう少し俺はその柔らかい毛並みを堪能させてもらったのだった。




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