Chapter 42 :クロス・ファンタジー実況 新人編
リフォームを依頼した建築業者の家屋を出るとすぐに船員の皆さんはどこかに走っていってしまった。
まさかもう今から建材を集めに向かったのかとも思ったが、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「なんか、すみません」
「いえ、そんな。
柊さんは気にしないでください。
負担を軽くしていただいたのはこちらの方ですから」
今一緒に歩いているのは柊さんと船長さん。
船長さんが一緒なのは柊さんの護衛のためのようだ。
相変わらず過保護…いや、柊さん大好きだな。
頭の中で言い換えてみたものの、どっちもどっちな気がして苦笑いしか浮かばない。
とにかく船長さんは基本的に悪い人ではない。
…時々チビりそうなくらい怖いだけで。
「そういえば、今日は紹介したい子がいるんですよ。
先にお店で待機するように言ってあったんですが…あ、いたいた」
隣を歩いていた柊さんはそう言いながら片手をあげてclosedの札が下げてある俺の露店の方に足早に歩いていく。
店先には開店前だというのに既に人混みが出来上がってしまっていて、それはそれで苦笑いが浮かんでしまう。
お客さんでない他プレイヤーからしたら、これはこれで通行するのに邪魔になる迷惑な集団だろう。
リフォームの話し合いをするのにポンタがいては迷惑になるかもしれないと店番を任せたのだが、失敗だったようだ。
「すみません、ちょっと通してください!」
ポンタがいるならその輪の中心だろうと目測をつけて俺は輪の中に割って入っていく。
輪の中心にはやっぱりポンタがいて、顔に刀傷のある青年に抱きかかえられていた。
顔に刀傷がある時点で一瞬“ん?”と思ったが、今はこの集団を散らせることが先決だ。
「すみません、ウチのポンタがご迷惑をかけたようで。
ポンタ、おいで」
「ワンッ!」
青年の腕の中にいたポンタは元気に吠えて返事をする。
沢山の人に囲まれて構ってもらえたのが嬉しかったのか、小さな体ながら全身でその喜び具合を表現している。
青年が地面に下ろすのも待てないようで、途中でジャンプして着地すると俺の足に突進してきた。
ゴチンと音でもしてきそうな衝撃と痛みだ。
毎回思うが、ポンタ自身は痛くないのだろうか?
「あたた…。
すみません、プレイヤーの皆さん。
開店までまだ時間がかかりますので、冒険に出たり他のお店を覗いていてもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!」
ポンタを抱き上げつつ周囲を見回しながら店の前に集まっていたプレイヤーにお願いする。
交通の邪魔になると言えば変な風に受け取るプレイヤーもたまにはいるので、マイルドにを心掛けた結果だ。
俺の言葉の意味を理解したお客さんたちはポンタが飼い主の元に戻ったからか大人しく各々の方面へと離れていってくれた。
離れなかったのは今し方までポンタを抱いていた青年だけだ。
「あの、まだ何か…?」
「いえ、実はここで姐さんと待ち合わせをしてるんす」
姐さん?
もう近くに女性プレイヤーなんて…。
「あー、いたいた。
オーちゃん、お待たせ~」
「姐さん、オーちゃんはやめてくださいっす。
俺にはオパール・ジェットっていうカッコイイ名前があるんすから」
背後から随分とくだけた口調で話しかけてきた柊さんに青年は眉をハの字に寄せて苦笑いを浮かべている。
つまり、青年が姐さんと呼んでいるのは…。
「なんだ、ジェット。
柊の呼び方に文句があるっていうのか?」
「ヒッ、ボス!?
いえ、全然、そんなことないっす!」
傍らまで歩み寄ってきた柊さんの後ろから船長さんも歩いてきていたのだろう。
船長が青年をじっと見つめて問いかけると、青年は一瞬で全身を震わせてビシッとした敬礼の姿勢をとる。
確実に特別な訓練を受けていると思われた。
でなければこんな姿勢には絶対にならない。
しかし声を裏返らせてしまうところといい、何となくだけど親近感を抱く。
船長さん怖いよな、うん。
俺だって怖いもん。
「紹介したい人っていうのは彼ですか?」
「はい。
彼の名前はオパール・ジェット。
見ての通りプレイヤーです」
青年の隣に立って紹介してくれる柊さんは俺の良く知るいつもの調子に戻っていた。
どうも相手によって対応を変えているようだ。
これは決して悪い意味ではない。
どんな人だって職場で見せている顔と家に帰ってから浮かべる顔はまったく違うだろう。
その差なんだと思った。
それになんだか、少し緊張しているようにも見える。
思い過ごしだろうか?
「彼、今まで色んな所を転々としてきたそうなんですが、どれも肌に合わなかったみたいで。
カクタスさんのお店、人が足りてないですよね?
もし良かったら、しばらくウチの商品の在庫管理係として置いてもらえませんか?
雑用でも何でもいいんで、やらせてみてあげてほしいんです」
「ふぇっ!?」
思いがけないところからの変化球に思わず目を丸くした。
確かに人手は足りていなかったが、それはもう仕方がない事だと諦めていた。
需要に対してポーションジュースの供給は確かに間に合ってはいなかったが、さりとて他プレイヤーの遊びを邪魔してまで人員募集をするつもりはなかった。
正直なところを言えば、この人気は一過性のものである可能性がある以上は、気軽に誰かを巻き込めないと思ったのだ。
ステータスのこともそうだし、下手に人を雇っても転職可能レベルまで到達できなかったら本当に申し訳ない事になりかねないから。
「色んな所って、転職可能レベルって50ですよね?
もうそんなに色んな所で経験値を稼いだんですか?」
転職に必要なレベル50はそう簡単にクリアできるほどこのゲームは甘くない。
俺でさえレベル50に到達するのにはだいぶ時間がかかった。
好きだからこそ続けられたが、そんなポンポン転職できるなんてこの青年も中の人は廃人プレイヤーなのだろうか?
「いえ、職業的には今も魔王軍一般兵見習いなんだそうです。
…だったよね、オーちゃん?」
「はいっす。
俺、こう見えて人族じゃないんす」
柊さんに問いかけられて頭を掻きながら青年が答える。
「人族じゃないって、どこからどう見ても人間ですよね?」
青年の見た目は顔に刀傷があり、船上で生活したおかげで小麦色に焼けた逞しい肌が少し目立つくらいで至って普通だ。
服を着替えれば剣士にでも狩人にも見えるだろう。
「いえ、これは人化の魔法っす。
俺の本来の姿は超かっけーんですよ!」
俺が口にした疑問に青年は鼻息荒く答えてくれた。
人化の魔法というのは、つまり変身して人間の姿になっているということでいいのだろうか?
「彼、魔族を選んでしまったせいで沢山のプレイヤーから経験値目当てに狙われてしまったらしくて。
それで人化の魔法を習得して人間のフリして別の職業に就こうとがんばってるみたいなんです」
なるほど。
声には出さなかったが、柊さんの説明でなんとか事態を呑み込めてきた。
カッコイイ姿の魔族を選んでみたものの、NPCに比べて倒せば経験値が10倍になるため他のプレイヤー達から狙われ続けて、デスポーンを繰り返し成長できなかったのだろう。
例えば冒険の終盤に出会うような魔族を選んでいたとしても、プレイし始めはみんなレベル1だ。
終盤に出会うモンスターはレベルが高いから強敵なのであって、レベル1の時点は人族や亜人族よりマシとはいえそれほど強くない。
その弱い時期を狙われて的にされたのだったら、確かにたまらないだろう。
このゲームはデスポーン時に全アイテムロストと経験値の減少のペナルティがつく。
魔族はそんな条件の中で経験値を稼がなければならないロマン溢れるドM専用キャラクターだ。
一部の廃人たちが悪名を轟かせる可能性も大いにあるが、多くの一般売レイヤーにとってはただの鬼畜仕様だろう。
それなのに何故魔族を選んだのか。
「姐さんに勧められてカクタスさんの3DV観たっす!
職業レベル1で特殊イベントをクリアしたら、商人への転職が可能なんすよね!?
俺、それを目指したいっす!
よろしくお願いします!」
3DVを観たと言われ頭を下げられてしまっては俺も無下にはできない。
その見た目のカッコよさに惹かれて魔族を選んでみたものの、プレイし
始めてみたら他のプレイヤー達からフルボッコにされて成長できないなんて可哀想すぎるというのもある。
クロス・ファンタジーは幸いにも選んだ種族や職業以上に経験がステータスに反映されるゲームだ。
仕入れなんかを手伝ってもらえたら、いずれは商人への転職条件をクリアできるだろう。
俺のほうも仕入れだけでも手伝ってもらえたら助かる。
「柊さん、彼はアイテムボックスの魔法は…?」
「ばっちりです」
柊さんは安心したのかほっとした表情ではにかみながら親指と人差し指をくっつけて丸をつくってみせてくれた。
この様子だと柊さん自身だけでなく仲間内全員で時空魔法のスキル本を順番に回して魔法を習得しているのだろう。
MP消費さえ気にならないステータスになれば確かにこれ以上便利な魔法はない。
店やダンジョンから多くの物を持ち運ぶ柊さん達なら、逆にアイテムボックスを使い続けることでステータスを育てることもできるだろう。
柊さん達のところで鍛えられたのなら、ある程度の数の瓶を持ち運ぶことは出来るだろう。
「ポンタ、彼がスタッフとして増えるけどいいかな?」
「ワンッ」
さっきまで抱っこされ構ってくれた彼のことを気に入ったのか、それとも俺に構ってもらって嬉しかったのか、ポンタは尻尾を振りながら嬉しそうに返事をしてくれた。
そもそもポンタが今まで嫌がることなんてほとんどなかったから、この返事は半ば予想していたものだったけど。
「儲けはほとんど出ていないので金銭的なお返しは十分にはできないかもしれませんが、それでも良ければよろしくお願いします」
「給料なんて、そんな!
転職できるだけで嬉しいっすから!
頭上げてくださいっす!」
俺も頭を下げるとあたふたした様子で止めてきたが、その肩に船長の大きな手が触れると全身をすくみ上らせていた。
「そうだぜ、カクタスさん。
コイツが商人として使い物になるようになるまでビシバシ鍛えてくれねぇと、コイツが困ることになるんだからよぉ。
思う存分顎で使ってやってくれや」
青年が船長に背中をバンバン叩かれてその衝撃からか真っ直ぐ立っていられずに体を揺らしている。
痛いのか怖いのか、その目元にうっすら涙まで滲んでいる。
船長も決して悪気があるのではないのだろううが…もうその迫力だけで怖いので青年にはこっそり同情しておく。
「商人に転職できたらプレイスタイルはそれぞれだと思うんで、その時に困らないようにお手伝いはさせてもらうつもりです」
「おう、頼んだぜ」
口元だけ僅かに綻ばせた船長さんに肩をおもむろに叩かれた。
決してそんな力を込めている気はないのだろうが、軽く米袋が落ちてきたくらいの衝撃が肩にかかった。
これは十分に痛いし、何より怖い。
悪気がないぶん、どう伝えれば角が立たないのか分からないのがネックだけど。
…後で回復ポーション飲もう。
こうして柊さん達の商品担当スタッフ、オパール・ジェットがスタッフとして加わったのだった。
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