Chapter 43:クロス・ファンタジー実況 新人教育編
「これが今まで柊さんに頼まれて販売していた商品の帳簿です」
「ふえ~!
細かいっすね!
目がチカチカするっす!」
委託販売品に関する帳簿を手渡して見せるとオパールは目を擦るジェスチャーをしつつ帳簿を覗き込んでいる。
確かにぱっと見しただけでは沢山の商品名や日付、金額が書き込まれているので難解そうにも見えるだろう。
だがそれは商品をいくらで委託されていくらで販売したのか、その流れを金額として記入しただけのものだ。
柊さんには委託販売するアイテムを持ってきてもらう時にこの帳簿を見てもらい売上金を渡している。
委託販売を開始した時から基本的に割引セールなんかはしていないので、本当に仕入れた商品を仕入れた金額のまま売っているだけだ。
「帳簿と言ってもただの販売履歴なんで、何も難しいことはありません。
その日売れた商品ごとにメモを取っておいて、在庫と数が一致するか確認して、そのまま売り上げとして記入しているだけなんで」
「うー、見てると眠くなってきそうっす」
オパールは真面目な顔で帳簿と睨めっこしているが、実際難しい作業は一つもない。
要約すると“柊さんから仕入れたアイテムをそのままお客さんに売りましたよ”というだけの内容だからだ。
コインもそのままの額を柊さんに渡しているのだが、柊さんからは“手数料分を販売金額に上乗せして欲しい”とも言われていたりする。
本来であれば狭いスペースとはいえ場所をとっているので場所代と売る為にかかる手間に対する手間賃を上乗せするものなのだろう。
実際、柊さんがいくらで商品を仕入れているのかはギルド登録している商人特権である時価検索にかければ一発で知ることができる。
柊さんは商品輸送や仕入れにかかる手間の他、商品に対する自分なりの価値を金額として上手く上乗せしているなという印象を受ける。
でもそんな考え方の人だからこそ、商品を右から左に流すだけの俺のやり方に不満をもつのだろう。
けれど別大陸から持ち込まれる商品はどれも珍しくて、俺も3DVの商品紹介でほぼ全て使わせてもらっている。
珍しい商品に興味を引かれて来店するプレイヤーも多い。
そのあたりの事情を説明して、むしろこちらこそお世話になっているのだと説明してはいるのだが…柊さんに言わせると“カクタスさんは商人らしくない”らしい。
商人プレイの最大の醍醐味は他の職業では容易に得ることが難しい莫大な利益だ。
事実、商人の経験値は取引したアイテム総数や多店舗への来店回数なんか以上に、総資産額が大きく影響する。
つまり薄利多売で多くの商品を捌くよりも、商品を売ることでどれだけ儲けられたかということのほうが重要なゲームシステムなのだ。
極端な話をすると1コインで仕入れた商品を2コインで100個売るより、1コインで仕入れた商品を1000コインで1個売った方が経験値は多く手に入る。
さすがに原価の1000倍で販売するのは暴利にもほどがあるが、販売価格と仕入れ価格に差があればあるだけ経験値になるシステムだ。
NPCの店から仕入れるだけでなく俺のように手を加えて販売していたり、店売りしていないアイテムに関しては売り手であるプレイヤーの気持ち一つという部分はあるだろう。
それでも商品の価値に対して高すぎると買い手プレイヤーが感じてしまえば当然売れない。
売れなければ利益にもならない。
その匙加減が難しいところであり、面白いところなのだ。
「あと、こっちが在庫管理表です。
今は俺のアイテムボックスで保管していますから俺がつけます。
内装リフォームが終わったらそちらもお任せしますね」
「ふぇ~!」
在庫管理表も手渡すと、それを開いてみたオパールがまた驚いたような声をあげた。
確かにアイテム名と在庫個数が日付順にずらっと並んでいるだけだ。
銀行の通帳のように仕入れては減り、仕入れては減りを繰り返している内容だ。
けれどこちらを管理しておかないと売り上げのほうの帳簿と数が一致するかどうか確認できないので、こちらも重要な管理表と言えるだろう。
今はまず販売した商品の金額と数をメモにとって先に渡した方の帳簿をつけていくところから始めてもらおうと思っている。
それに慣れた頃にはきっと船長さん達が集めてくれている建築資材を使って新店舗の内装リフォームが完了するだろう。
そうしたら今は俺のアイテムボックスで保管しているアイテムを全て在庫部屋の方へ移動させてそちらの管理も任せるつもりだ。
そのどちらにも慣れてきたら俺のポーション作成に必要なアイテムの仕入れを手伝ってもらうつもりだ。
毎日何度も仕入れに行けば、商人へ転職するための特殊クエスト条件んもそのうち達成できるだろう。
なんなら素材採取に行った時にその辺に自生している植物をついでに採取してきてNPCに売れば、それもまた販売回数としてカウントしてもらえるだろうし。
だが…。
「俺、どっちかっていうと頭使うより体使う方が得意なんすよね。
オパールさんはそう言って頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「そうですか…。
じゃあ明日の仕入れ分と採取から手伝ってもらえますか?
ポーションを作りながらになってしまいますが、帳簿の見方をお教えしますね」
調合している最中は無理だが、延々と鍋を前にしてジュースの甘さを凝縮している間なら鍋の中身をヘラで混ぜながらで良ければ教えられる。
今まではリュシオンと雑談しながらの作業だったし、口頭で説明するだけならそう難しくもないだろう。
「難しそうに見えますが、理解してしまえば帳簿の記入自体は簡単ですから、あんまり気負わないでください。
えっと…呼び方はオパールさんでいいですか?
それともジェットさん?」
「どっちでもいいっす!
あ、でも“さん”付けは慣れてないんで外してもらえると助かるっす。
なんかこう、背中のあたりがむず
なるほど。
オパールさんは中の人も気さくな人らしい。
カッコイイ外見だからという理由で魔族を選ぶ性格だったり、顔についた刀傷からそういう風に扱った方がいいのかどうか迷っていた。
でも擽ったそうな顔で笑っているのを見るに、その心配はなさそうだ。
「わかりました。
ではオパールと呼ばせてもらいますね」
「俺も店長じゃなくて、カクタスさんでいいっすか?」
「僕の方も呼び捨てで構いませんよ?」
「いえ、それはちょっと…。
ボスが顔出した時にうっかり聞かれちゃったら、どんな目に遭わされるか…」
俺も呼び捨てで構わないと返したのだが、オパールは少々青ざめた顔で首を横に振った。
過去に何か怖い事でもあったのだろう。
あえて詮索はしないが、心の中でこっそり同情はしておく。
「わかりました。
では、それでお願いします。
仕事の方は明日から少しずつ手伝ってください。
今日は一日、どんなふうに動いているのか流れだけでも把握してもらえたら」
「了解っす!
よろしくお願いするっす!」
オパールは頭を使うのは苦手と言いつつも、見たものを覚えるのは早かった。
それに動き回ることも苦にしなかったので、ポーションジュースの材料になる素材採取は俺が考えていた以上に早い段階で任せることになった。
あまり日持ちしない素材までどっさり持ち帰ってきた時はどうしようかと思ったが、そのあたりはご愛敬だ。
結局、他の材料にならない薬草なんかと一緒にNPCの店に売却したので無駄にはならなかったし。
一方でどうしても苦手としていたのが帳簿だ。
どうも苦手意識が強いらしく、また数字を扱う細かい作業が得意ではないらしい。
あとは接客だろうか。
決して人見知りというわけではなく、他のプレイヤーの通行の邪魔にならないよう並んでいる行列の整理はできた。
でもいざ商品説明を求められると口ごもってしまう場面が多く、そんな時は俺が横から声をかけてフォローするという場面も多々あった。
だがそれは単に慣れの問題でもあるだろう。
知識として頭に詰め込む記憶能力とわかりやすく説明できるかどうかという能力はまた別物だ。
後者は慣れが一番重要だ。
商品に対する知識量に関してもそうだし、人に理解してもらいやすい説明のコツに関しても実際に接客してみて経験から学ぶのが一番だ。
だからそれはいずれ時間が解決してくれるだろう。
実際、俺がちゃんと教えたのは帳簿の書き方くらいだ。
仕入れや採取に関しては俺がいちいち教えるまでもなく見て覚えてくれたし、接客に関しても俺は困っている時にフォローするくらいしかできない。
新人教育ってこんなんで良かったっけ、と思わないでもない。
でも仕事ではないので、楽しくポーションを作って売れたらいいじゃないかという気持ちもないではない。
クロス・ファンタジーはゲームなのだから。
…もしオパールに文句を言われたら考えよう。
そうしよう。
他に何か俺が教えられることってあったっけなどと考えながら頭の片隅でこっそりそう言い訳するのだった。
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