Chapter 40 :クロス・ファンタジー実況 看板犬編
アメーベ・アイランドのHOMEを経由してクロス・ファンタジーにログインする。
そのゲーム名を口にしてドアを開くと、closedの札を下げた露店内に繋がる。
撮影データにあった通り、俺が座っていた椅子は倒れたままだ。
俺ははやる気持ちを抑えつつ椅子に歩み寄ってそれをきちんと置き直しつつ周囲を見回した。
「ポンタ?
ポンタ~?
本当にいないのか…?」
足元の周辺をキョロキョロしながら名前を呼ぶ。
すると何かの気配を感じたと思った瞬間、膝の裏に衝撃を受けた。
ドンッ!
「痛っ?!」
椅子に向かって前かがみの姿勢だっただけにダイレクトに膝に衝撃がくると膝カックン状態になって衝撃の勢いのまま膝を椅子の角にしたたか打ち付けてしまう。
「ワンッ!」
痛みのあまり涙目になっている俺の背後から元気で幼い泣き声が聞こえた。
背後を振り返ると“呼んだ?呼んだ?”と千切れんばかりに尻尾を振っているポンタの姿があった。
「ポンタぁ~!」
もうその姿を見られただけで、ここ数日抱えていた不安も椅子に打ち付けた膝の痛みも吹き飛んだ。
痛みと安堵から泣きそうになるのをぐっと堪えて腕の中に仔犬のポンタを抱き上げる。
俺の腕の中で温かくて小さな体が子犬特有の早い鼓動で脈打っている。
その温もりと匂いを確認できただけで、今までの全てが報われる思いだった。
《“ポンタ”とは詳細なデータで作られたペットだったのですか。
ならばそれだけでデータクリスタルのデータ領域の大部分ほぼ使い切っていたでしょう。
それ以外に空間まで創り出していたのであれば、データ領域超過だったのも頷けます》
そんな俺の耳にリュシオンの納得したような声が届く。
リュシオンが抱えていた疑問は無事に解消されたようだが、俺はそれより腕の中のポンタの柔らかい毛に顔を埋めて癒されていた。
ポンタはそんな俺の隙をついて顔を舐めようとする。
ポンタは懐いた人の顔をやたらと舐めたがる。
家に招いた仲いい友達を相手にもペロペロ魔になっていたので、一緒に暮らしている家族は舐められ慣れている。
そのくすぐったい懐かしい感触だけで俺は笑い声をあげていた。
「こら、くすぐったいってば」
久しぶりの熱熱な挨拶に笑い声をあげているとやがて満足したのかポンタは短く鳴いた。
俺は戻したばかりの椅子に座って膝の上にポンタをのせる。
俺が体を撫でるとポンタはしばらくソワソワしていたものの落ち着いたのか小さく欠伸をして丸くなった。
毛が柔らかな体を撫でているだけで気持ちいい。
可愛い仔犬の寝顔は凄まじいほどのヒーリング効果を発揮していた。
《マスター、撮影ですが》
「しーっ。
ポンタが起きちゃうだろ」
リュシオンの声に被せるように遮る。
幸いにもポンタは起きずに俺の膝の上ですやすやと眠り続けている。
《…アイテムですよね?》
「ポンタはポンタだ。
アイテム扱いするなよ」
《……》
俺はメッと叱るような口調で訂正したのだが、リュシオンは沈黙したまま返事をよこさなかった。
しかし静かになったのはいいことなので俺はそれから眠り続けるポンタを眺めながらしばらくその体を撫で続けたのだった。
ポンタを3DVで紹介して以来、人気犬になるのにそう時間はかからなかった。
常に足元をちょこちょこと走り回って来店客に愛嬌を振りまくポンタはまさに看板犬の名をほしいままにする天使だった。
ひよこ隊長は相変わらずカウンターの隅に鎮座しているし、占いをしに来てくれる常連さんもそこそこいる。
しかし来店するお客さんを割合にして比較すると“ポンタを見に来た”というお客さんの方が圧倒的に多かった。
もはやアイドル犬と言っても過言ではないだろう。
事実、ポンタ目当てで来店するお客さんの数が増えるのと同じように3DVの平均視聴回数とサポーター数は軒並み増えていった。
数字にすると、ポンタの初登場3DVは一気に6桁の大台にのった。
データクリスタルという希少アイテムの使用ということで話題性もあったし、そこから作り出したアイテムが愛くるしいペットだったことで注目を浴びたらしい。
その後もポンタ目当てなのか3DVの視聴回数は毎回5桁を安定して超えるようになり、応援サポーターも一気に2~3倍に増えた。
視聴者層を分析画面で確認してみたところ、ゲームと同じように圧倒的に女性視聴者の割合が多い。
性差別をするつもりはないが、総じて女性の方がポンタのような愛くるしい小動物には弱い、ということなのだろう。
それを裏付けるようにポンタを構ってくれるお客さんのほとんどは人懐っこいポンタの魅力にやられ、その一部はすっかり常連化してしまった。
ポーションが売り切れてもポンタ目当てで来たお客さん達はポンタを囲んで一向に帰る気配がなく、次のラッシュまでにポーションを仕込んでおかないといけない俺としては嬉しいような困った様な複雑な気分だった。
仕方がないのでお客さん一組につき一枚ずつ記念撮影をすることで納得してもらった。
そしてそれを露店の壁に飾ったり3DVに写り込む可能性が高いことにも了解をもらった。
ある程度枚数が溜まったら3DVのエンディングシーンでダイジェストにして流すのもいいかもしれない。
そう考えながらポンタを抱いて去っていくお客さんを見送った。
3DV撮影もポンタというレギュラーメンバーが増えて、順調に進んだ。
俺が抱き上げていないとカウンター上にのぼって紹介している最中のアイテムを玩具にするというアクシデントもあったが、ポンタらしいエピソードが加わったので結果的にプラスに働いた。
人気や注目度に対して人手は増えないので相変わらず供給不不足が悩みの種ではあったが、ポンタがお客さんの不満をだいぶ和らげてくれたらしい。
もう露店ではなく店を構えてはどうかという意見も寄せられた。
どれほど呼びかけてもお客さんが多いので通行の邪魔になってしまいがちらしい。
場所としてはいつも人通りが少ない場所を選んでいるのだが、それでも通行人はゼロではないので誰かしらには迷惑をかけてしまっているのだろう。
「店かぁ…。
うーん、ドックカフェ?
でも飲み物は出せないしなー。
ポンタ、どう思う?」
「クゥン?」
すっかり定位置となった俺の腕の中からポンタは上目遣いで小首を傾げる。
そのあまりの愛らしさに思わず顔を埋めてグリグリしたら、ポンタは俺の悩みも知らずに尻尾を揺らして喜んだ。
ポンタはこれでいいんだ。
悩むのは俺の仕事だし。
そんな風に納得しつつ俺はまた頭を悩ませるのだった。
ポーション作成の合間の休憩時間に不動産屋を訪れると、店員が快く迎え入れてくれた。
“どんな職業を選ぶのもプレイヤー次第”と豪語するクロス・ファンタジーでは、冒険者から亜王軍幹部までどんな職業にも就ける。
商人や薬師、鍛冶師や占い師といった普通の町民にも、逆にギャングや詐欺師なんかの悪党にもなることができる。
村人Aに代表される農民にも、当然なれる。
土地を買って家を建て、畑を暮らして育てた野菜を商人に卸して暮らすことができるのだ。
そんなわけなので、不動産屋を営むNPCも存在する。
店に関して相談を持ち掛けたら、市場に近い場所で商業権付きの空きテナントとなっている物件をいくつか紹介してくれた。
だが人通りが多い場所はちょっと…と俺が渋ると、町外れにある一軒家を紹介してくれた。
もともと農民が暮らしていた家屋らしく、外観はザ・民家といった風情なのだが水回りを始め暮らすのに必要な設備は最低限揃っているらしい。
ポーション作成するのに水回りが整っているのはありがたい。
器具を洗ったりするのに使う泉の水をいちいち樽に汲んでアイテムボックスにしまう手間が省ける。
家の裏側には畑の跡地が残っており、それ以外にも広めの庭部分がついてくるという話だった。
移動式の露店を停めておける駐車スペースを差し引いても余るほど庭部分が広いらしい。
町の中心地に商業権付きの物件を探すと地価が高いので割高だが、町外れにぽつんとある元民家という物件であれば格安で買うことができるらしい。
賃貸ではないので一度お金を払ってしまい、毎月分割して徴収される資産税さえ国に納めてしまえば自分のものにできるらしい。
駆け出しの冒険者ならばともかく、薄利ながらいつもポーションを完売させてもらっているので多少の貯えもある。
建築業者に頼んで内装を新築みたいにリフォームすることもできるし、必要なら周囲の土地を買い足して増築することも可能だと言われると心が揺れた。
コメントで意見をもらったので一応覗きに来ただけだったが、すっかり買う気になって計画を立てながら店を出ていた。
庭付き一軒家だったらポンタも自由に遊ばせてやれるし、あそこまで町外れになったら通行の邪魔になることもないだろうし…。
お客さんには今の場所よりもう少しだけ足を伸ばしてもらう必要はあるが、移動式露店ではカバーできない部分もカバーできるようになる。
例えば今ならポンタが誰彼かまわずじゃれつきに行くが、ポンタとのふれあいスペースを専用に作ればすぐに冒険に行きたいプレイヤーの邪魔にはならない。
ポンタ目当てで来店したお客さんとエリアを分けられれば、今よりスムーズにポーション販売をすることができるだろう。
また少しずつインテリアを買い揃えて店を飾ることも可能だ。
まだどんな内装にするかどうかは買い揃えられるインテリアにもよるが、3DVの画面を華やかにするためには必須だろう。
もし思うようなインテリアに出会えなくても不定期ながら柊さんたちが委託販売のアイテムを置きにくるのだから、その時に頼むことも可能だろう。
そうか。
委託販売スペースの拡張もできるな。
むしろ専用コーナーを作って、柊さんたちに好きに使ってもらうのはどうだろう?
考えれば考えるだけ、夢が膨らむ。
俺はさっそくウィンドウを開いて柊さんに相談することにした。
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