Chapter 28: クロス・ファンタジー実況 ポーション専門店編



《大変お疲れ様です、マスター》


「げっ、リュシオン…」


 そんな俺の耳にひんやりとしたリュシオンの声が響き渡る。


 行列をさばくのでいっぱいいっぱいで、すっかり3DV編集の事が頭からすっぽ抜けていた。


《大盛況だったようで、随分と懐も潤ったでしょうね。

 お祝い申し上げます》


 おかげでリュシオンの口から出てくる言葉がまとっている棘の数がひどい。


 労力や時間も含めると赤字どころか完全な大赤字だと知っていての皮肉だ。


 分かってはいてもリュシオンに指摘という形でつつかれると、やはり痛い。


 商人プレイで大赤字を生んだあげくに3DVの編集もすっぽかしたとなれば、リュシオン的に今の俺に対する評価は完全にマイナスだ。


「そ、そう言うなって!

 これでお客さんがついてくれたら、いずれは黒字になるんだし」


《そんな話はしていません。

 これはあくまでゲームであり、遊びです。

 マスターはパフォーマーとして課題をクリアできなければ、元の時代には戻れなくなるのですよ?》


 万が一のことを考えて投稿する3DVのストックはあらかじめいくつかストックを作ってある。


 そこをつつかれないということはリュシオンが独自の判断で作り置きしてある3DVをアップロードしてくれたのだろう。


 ありがたい。


 なので決してリュシオンの言葉に反抗的に返してはいけない。


 リュシオンに見放されていたら、俺は色んな意味で


 考えるだけでありもしない心臓に北風が吹きつける様な気がした。


「そ、そうでした…」


 思わず姿勢を正してしゅんとする俺にリュシオンはくどくどと説教を始める。


 いわく、リュシオンが気をきかせて3DVをアップロードしていなければ俺の肉体に繋がれていた生命維持装置は電源が落とされていただろうとか、そんな話だ。


 もっと危機感をもてとか言ているのをみると、リュシオンなりに俺を心配してくれているらしい。



 未来のAIはすごいな。


 こんなに人間らしい感情を再現できるなんて。



 俺はリュシオンの気持に感謝しつつ神妙な面持ちでリュシオンのお説教を最後まで聞いたのだった。


《…ということなので、明日…いえ日付が変わったのでもう今日ですが、3DV何本分かの編集が終わるまではゲーム禁止です》


「えっ!

 それは困るっ!」


 リュシオンが説教の締めくくりに放った言葉にだけは思わず反応してしまった。


 だってもうポーションの予約を大量に受け付けてしまった。


 整理券の配布だってしてしまった。


 思い付きで作ってみたポーションだったが、求めてくれる人がいる以上は約束を違えたくない。


「今日だけ!

 とりあえず今日だけ乗り切ったら、在庫確保のために何日か店を閉めるから!

 それにポーション屋の開店時に長蛇の列とか、絶対に取れ高になるしっっっ!」


 俺は姿の見えていないリュシオンに向かって言い募った。


 ちなみに露店は閉店モードなので他のプレイヤー達からは姿も見えていないし、声も聞こえていない。


 だから躊躇なく拝み倒した。


 約束を守らない商人のところから何かを買おうと思うプレイヤーはいないだろう。


 立派な信用問題だ。


《どれだけこの世界で稼いでも、3DVの視聴回数やサポーター数は増えません。

 それで困るのはマスターなのでは?》


「そ、それは…」


 リュシオンの言うことは正しい。


 どれだけ固定客が増えようが売り上げが伸びようが、それはこのRPGの中だけの話。


 俺の本来の目的は課題をクリアすることなのだから、3DVのほうの数字が伸びなければ時間を浪費する行為に過ぎない。


 だが一方で、俺はこのゲームをものすごく楽しんでいる。


 未来世界に拉致されて以来、初めて楽しいことに出会えたし良い息抜きにもなっている。


 取れ高がとれてさえいればリュシオンだって俺がこのゲームをプレイするのに嫌な顔はしない。


 このゲームから離れたくない。


 もちろん、だからといって課題をまるっと無視するようなことはできないんだけど。


「じゃ、じゃあこういうのはどうかな?

 ポーションの小瓶に広告をつけるんだ。

 どうせ採取の為に森に入るんだから、そこでちょうどいいサイズの葉っぱを見つけてきて、それを初回の小瓶にさして販売したら…」


 実のところ、さっきまで配っていた整理券も採取してあった薬草に簡単なマークを書いて行列を作っていた人たちに配ったのだ。


 なにせ魔法で紙を生み出すことは出来なかったので、手近なものではそのくらいしか選択肢がなかった。


 それにヒントを得た。


 薬効も何もないただのオブジェクトである葉っぱを採取して紙代わりにするのだ。


 ペットボトルについているオマケのような感じで葉っぱに切れ込みを入れてポーションの頭にくぐらせる。


 葉っぱに「ポーション専門店の3DVもよろしく」とでも書けば宣伝にならないだろうか?


 本当は小瓶そのものに書き込めればいいのだが、あいにくとそんな魔法やスキルにはあてがない。


 葉っぱの宣伝は元手こそタダでできる。


 全部の瓶に同じように宣伝をつけようとしたら労力が半端ないという欠点にさえ目を瞑れば、だが。 


《…わかりました。

 ではその労力と時間とに見合うだけの成果が上がるなら、もう少しだけマスターのプレイを静観することします》


「やったっ!

 リュシオン、大好きっ!」


 思わず力強くガッツポーズをして飛び跳ねてしまった。


 子供の頃クリスマスに初めてゲーム機をプレゼントしてもらった時と同じくらい嬉しい。


《それとゲームに夢中だったマスターはすっかり忘れていたようですので、ご報告させていただきます。

 初のサポーター登録者、でましたよ》


「へ…?」


 興奮して飛び跳ねていた所にいつものトーンと何一つ変わらない声でリュシオンが報告を挟んできたので、俺は一瞬その言葉の意味を理解することができなかった。


 ちなみに俺が発した“リュシオン、大好き”は見事なまでに無かったことにされたようだ。


 悲しい。


 …ではなくて!


「さぽーたーとうろくしゃ…?」


《はい。

 本日アップロードしたサンドイッチについて語ったトーク動画です。

 世間には物好きもいるようですね》


 サポーター登録すると今後同じパフォーマーが3DVをアップロードすると通知が届くようになる。


 だから今後アップロードされる3DVを観たいと思わなければサポーター登録はしない。


 つまりアップロードした3DVのみならず、俺が今後アップロードする動画に興味をもってくれた人がいるということだろう。


 確かにそれは課題の内の一つの条件ではあったが、それでも実際に今後の俺の3DVに期待してくれている人がいるのだという事実にテンションが上がる。


 今までの自分の努力が報われた瞬間だった。


「やったー!!!」


 俺はリュシオン以外にこの声が届いていないのをいいことに大声で叫んだ。


 それまでの疲れが一気に吹き飛んだ気がして、思わず大ジャンプまでかましてしまう。


 おかげで椅子につまずいてコケたが、床を笑い転げ回りたいくらい嬉しかった。


《…そういうことですので、サポーター登録者の期待も裏切らないでくださいね。

 毎日配信は当然のこととして、これまで以上の頻度とクオリティを求められるようになるんですから》


 小さく咳払いしたリュシオンに言われてハッとする。


 確かにそうだ。


 サポーター登録者の元には3DVアップロードの通知が届く。


 つまり期待外れの3DVが続けば登録解除の流れも十分にあり得る。


「そ、そうだな。

 気を付けないと」


 服の汚れを払って立ち上がりつつ気分を落ち着ける。


 落ち着きながらふっとサンドイッチの動画で何を喋ったのか、編集を行ったのかを思い出す。


「でも、そっか。

 あの3DVか…」


 あれはこの未来世界の食品について問題提起をする動画だった。


 見た目こそ完璧だが味が薄っぺらい未来食について人々がどのくらいの関心を示すのか、それを探りたいという意図もあった。


 けれどあの3DVでサポーター登録者が出たことといい、ジュースで作ったポーションが好評だったこといい、みんな料理や味に対する興味がないというわけではないらしい。


 この路線で突き進んでみるのはアリかもしれない。


 それにあの3DVは俺にとっても特別な3DVだ。


 リュシオンとのわだかまりを無くすことができたという、思い出も詰まっている。


 その3DVが誰かに評価されたということが嬉しい。


「よしっ。仕入れに行ってくる」


 俺は空の革袋に時空魔法のスキル本を入れて立ち上がる。


 まずはNPCから仕入れられるものを大量購入だ。


 特にジュースに関しては本当に大量に必要なので、出来れば少女から製造元を聞き出してそこと直に交渉したい。


 それが終わったらマラソンして森に採取しに行く。


 木片か硬い実を発見してハンコを作ることができれば小瓶につける葉っぱへいちいち手書きしなくてもいいようになるだろう。


 だがいずれにしても、今夜は徹夜だ。


 とにかくポーション購入客の全体数が分からない以上は、今日の様子から考えても大量に用意する必要があるだろう。



 けれど今の俺はやる気に満ち溢れていた。


 疲れも吹き飛んでいる。


 今の俺を止めることができる者はどこにもいない。


《一日だけですよ。

 マスターの体は一つしかないんですから、限界値を考えて行動してくださいね》



 ………リュシオンを除いて。




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