Chapter 29:それぞれの期待に対する姿勢
だがしかし、それから結局3日間ポーション屋の前にはずっと人だかりができ続けた。
むしろ3日で終わったのは単に蓄積した疲労と睡眠不足で俺がダウンしたからに他ならない。
丁度その日仕入れた材料を全て使いきって閉店した後だったのは幸いだった。
なにせふっと意識を失う寝落ちの形でのログアウトになったので、客前でやらかしていたら大変なことになっていた。
プレイ中はとにかくお客さんへの対応に必死で気づかなかったのだが、リュシオンとの一日だけという約束は完全にオーバーしてしまっていた。
でもリュシオンは俺に対して何も言わなかった。
それは小瓶につけた葉っぱの宣伝が功を奏したのか、実際に3DVのサポーター登録者数の増加に繋がったからだと後から教えられた。
それまでの平均再生数が約5倍に増えて4桁に到達し、応援サポーターにも2桁を突破して3桁がみえてきたらしい。
ありがたい。
しかし、確かにそんな状況だったのならわざわざ横から口を挟む様なことは出来なかっただろう。
とはいえ、気絶して倒れるほど無理をしたことはしこたま怒られた。
《生命維持に関してはマザーサーバーが代わりに担ってくれます。
マスターは本来なら食事をする必要もなければ、トイレに行く必要もありません。
入浴や運動も不要です。
けれど睡眠や休息はマスター自身が意識して実際に休まなければ、マザーサーバーが代わりにとることは出来ないんですよ。
3日間一度もログアウトしないでプレイし続けるなんて、子供だってそんな無茶はしません。
その上、マザーサーバーがカバーできる上限を振り切って意識をブラックアウトさせるなんて、何を考えているんですか。
呆れてものも言えません。
ゲームをプレイする前に読んだ公式の注意書きも守れないなんて情けない。
マスターからしたら超科学が蔓延している未来世界かもしれませんが、病気はゼロにはなっていないのです。
脳の疲労が原因でなる病気は現代の生活習慣病です。
5000年前の過去で生かされている肉体に、現代の生活習慣病にかかった脳を戻すつもりなのですか?》
くどくどくど…
「はい、ごめんなさい…。
ちゃんと反省します…」
嫌味たっぷりではあったが俺を心配してくれていることに変わりはないので、大人しく叱られる。
そして3日間の内に3DVストックを使い切ってしまったことも指摘された。
そのため数日はそれまで撮り溜めていたクロス・ファンタジー実況の3DV編集に費やすことになった。
暫くポーション屋は準備期間に入る旨をゲーム内掲示板にスレッドを立てて書き込もうとログインしたのだが、そこで驚くべきやり取りを目撃した。
なんと俺がスレッドを立てるより前に既に話題の人として取り上げられていたのだ。
様々な書き込みを読んで、そこでも色々と考えさせられた。
とにかく殺到する需要に対して供給が追い付かないのが一番の問題だ。
誰か薬師を選択しているプレイヤーは弟子入りして手伝えとか、採取スキルがあるプレイヤーは材料を卸せば買い取ってくれるんじゃないかとか、そういうやりとりもされている。
一方でそれを遠巻きに見ていた他プレイヤー達からは通行の邪魔はやめてほしいという意見もあがっていた。
ポーションを作るのに必死で気づかなかったので、そういう角度からみた場合の問題点については完全に盲点だった。
キャラクターのすり抜けが不可能なゲーム設定である以上、人だかりができれば通行の邪魔になる。
せっかく移動可能な露店なので、商業権だけとって他のキャラクターの通行の邪魔にならないような場所に店を出し直そう。
俺は「ポーション専門店店主カクタスよりお知らせ」というスレッドを立ててその旨を含めて数日準備期間に入ることを書き込んだ。
もちろん、今まで知らず迷惑をかけてしまっていた他プレイヤー達への謝罪も忘れない。
そして材料となる素材を提供してもらえるなら、そのままNPCの店に持っていくよりは多少色を付けて買い取りすることも。
とはいえ本当に心ばかりの上乗せしかできないので、冒険者職のプレイヤー達はモンスターを倒している方がよほど稼げる程度だということも。
現状では供給が追い付かないのでプレイヤー1人当たりポーションの購入上限は10本。
初回購入に限り1本250コインで10本まで。
これはポーション屋を再開してから3日間の期間限定で、用意できる本数がさばけてしまったら終了の売り切れゴメン式。
それ以降はジュースポーションが好評なので1本300コインのところ、1本280コインで販売予定。
販売場所は市場の端か通行の邪魔にならない場所を予定。
“購入を検討くださっているプレイヤーの皆さんは他プレイヤーの迷惑にならないようにご配慮ください”という言葉で結んだ。
するとすぐにスレッドを見ていたらしい他のプレイヤーからの反応がある。
まず真っ先に“次に出店するのはいつですか”という問い合わせコメントがいくつもついた。
3日間だけしか初回購入の割り引きをしないので、買い逃したくないと思っている人たちだろう。
だが、それは俺の方こそ知りたい。
「リュシオン、3DV編集ってどれくらい…」
《撮影分、全てです。
カットする部分も多いですから、3DV本数としてはそう多くはないでしょう。
ですがマスターが3DV編集のことを考慮しての撮影をして下さらなかなかったので、どこを使ってどこで切るのかわかりません。
全てを倍速再生するにしても、全て観終わるまでにはだいぶ時間がかかるでしょう》
右肩におそるおそる視線を向けると、冷たい顔でサラッと言われた。
そのひんやり感はまさにかき氷のようだ。
とはいえ、俺もただでくじける男ではない。
「うーん、起こったことを時系列順に書き出して撮影ファイルを摘まんでいくようにしよう。
そうしたらわざわざ全部観なくてもいいだろう」
そうでなければ録画ファイルの再生だけで数日潰れる。
それだけは避けたい。
《マスターの記憶力次第ですね。
いつ何が起こったのかを克明に覚えているのであればそこだけ抽出することは可能ですが》
今まで俺が言うことをきかなかった意趣返しか、リュシオンはすまし顔だ。
そのあたりは俺のサポート役であるリュシオンの得意分野のはずなのに。
「協力してくれてもいいだろ。
ずっと撮影してたんなら、リュシオンこそ覚えてるだろ?」
《さて、どうでしょうか》
とぼけられた。
今まではどんなに怒ってても俺のサポート役としての仕事は率先してやってくれてたのに。
リュシオンとの約束を破ってしまったことが、内心では腹に据えかねているのだろうか。
「約束破ったのは謝るからさー。
協力してくれって」
顔の前で両手を合わせて頼みつつリュシオンをチラ見する。
リュシオンもそこまでひっぱるつもりはなかったのか、小さな溜息一つで俺を許してくれた。
《…7日間。
そのくらいあればざっと録画を確認してシーンを摘まんで編集まで終えることができるでしょう》
「うおっ、そんなに!?
長いよ~。
さすがに他のプレイヤー達はそんなに待ってくれないって!
う~ん…3日。
とりあえず3日作りこんで、あとはゲームやりながら1日2本分編集するのとか‥ダメ?」
顧客は各地を旅する冒険者たちだ。
当然、レベルが上がればもっと強いモンスターやお宝を求めて他の街に移動する。
ポーションの為だけに最初の街に戻ってきてくれる人は減るだろう。
1週間もあれば一般プレイヤー達だって拠点とする街を変えてしまうだろう。
それでは赤字を抱えてまで宣伝した意味がない。
《編集時間を削ってでもサポーター達が満足するような3DVをアップロードできるだけの技量があるのであれば》
だがリュシオンはあくまでもそんな事情は知りませんっていう顔をしながら、さらに俺を追い詰めた。
確かに俺のポーションを望んでくれる人たちの期待を裏切りたくないし、約束を破りたくない。
だが、俺の3DVのサポーターになってくれた人達の期待にだって応えたい。
通知がうっとおしい、3DVが期待外れだからとサポーター登録を解除する人達は一定数いる。
視聴者が観て面白いと思ってもらえるような編集をした3DVはまだ数が少ない。
ポーション屋が縁で登録してくれたであろうサポーター達は、きっと普通に俺の3DVだけを観て登録してくれた視聴者より気持ちが離れやすい。
俺を面白い3DVをアップロードし続けないパフォーマーだと判断したらきっとすぐに登録を解除してしまうだろう。
どっちも疎かにはできない。
求める形こそ違えど、俺に期待してくれている人達を疎かにはしたくない。
だが俺の脳は一つきり。
RPGの世界のように分身の術は使えない。
頼ることができるのは相棒であるリュシオンだけだ。
「リュシオン様~!
後生だからお助けを~!」
血も涙もない返しに大袈裟に泣き真似をしてみる。
リュシオンには思いっきり呆れた視線で返されたけど。
《…まったく。
どうせ再開するにしても、仕入れや仕込みで時間がかかるでしょう。
再開は5日後としておけばいいのではないですか。
ちょうど週末にあたりますから集客力を考えても悪くはないでしょう。
仮に編集が早く仕上がったのならば仕入れや仕込みにそれだけ時間を費やして商品数をより多く準備すればいい》
おぉ…っ!
リュシオンの背中に後光が見える気がする…!
《ただマスターは集中するとそれ以外の全てをおざなりにする性格だということは理解しました。
ですので、脳波や脳内物質の状況をみて私がマスターの健康を管理します。
故意に“眠らない”という選択肢は選ばせませんので、そのつもりで》
…はーい。
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