Chapter 27:クロス・ファンタジー実況 新作ポーション編



「これとこれと、…あとこれも混ぜてみようかな」


 酸味の強い薬液(原液)を少し、それを煮詰めたことで甘みが増したジュースで薄める。


 そしてマラソンの途中で採取した果実っぽい香りを放つ実の搾り汁を少々入れ、瓶を軽く振って中身を混ぜる。


 それを舐めてみる。


「うーん…」


 やはりまだどこか味が平べったい。


 いや、単調な味の層が幾層も重なっている感じだろうか。


 舌の上で味同士が喧嘩こそしないものの、かといって仲良く混じり合いもしない。


 それぞれが一匹狼ですって感じで喉に流れていく。


 これじゃあとても商品としては出せない。


 何が足りないんだろうと俺はポーションのスキル本を開いた。


「あ、そういえば呪文があるんでした」


 そこで挿絵付きの一文を読んで思い出す。


 ポーション作成にはポーションごとに専用の呪文がある。


 薬師はポーションの材料を混ぜ合わせた後、この呪文を唱えてポーションにするらしい。


 調合という化学変化を起こさせた後で呪文という魔法要素を足す。


 ポーションはその身近さに反して科学と魔法の融合物だったらしい。


「えっと…《イランイラン・アベリスク・オーレン》」


 小瓶を軽く振って中身を混ぜながら呪文を唱えると小瓶を包む様な光のエフェクトが出現する。


 俺が驚いている間にふわっと瓶の周囲を取り囲んだ光の粒子は直ぐに消えてしまったが、これは魔法の一種なのだろう。


 体からMPが少し吸い取られたような気がする。


 スキル本によるとMP回復効果のある薬液をポーションにする時の専用呪文らしい。


 精霊の力を借りて云々と書かれているので、ゲーム的には精霊系魔法の一種なのだろう。


 もう一度瓶の中身を舐めてみる。


「…おぉ!」


 味が変わった。


 劇的な変化とまでは言わないが、内容物の味がまろやかになってちゃんと混じり合っている。


 薬液は舌が痺れるほど刺激が強かったが、シロップ化した元ジュースがそれをまろやかに包み込んでいる。


 ただ大量の水で薄めただけのポーションよりはずっと飲みやすい。


 甘さとまろやかさのおかげで小瓶サイズでも同じ薬液を溶かし込むこともできている。



 これはもしかしたら売れるんじゃないか…?



 手ごたえを感じてふと顔を上げたら俺の露店の周りを遠巻きに見守る他プレイヤー達の姿が見えた。


 視界の端でさっき試飲に付き合ってくれた女性の魔術師キャラが友達らしき人達と楽しげに喋っている。


 試飲後は店先から立ち去ったのでそのまま冒険に出かけたのだと思っていたのだが、物珍しかったのか逆に何人も友人を連れてきたらしい。


 それ以外はまだほんのり漂っている甘い香りに誘われたのかしきりに鼻を動かす人達や、何の人だかりだと期待を込めてこっちを見ている人たちもいる。


 人がさらに人を呼んでいる。


 大したことはしていないのに、目の前では思いがけず相乗効果がはたらいていた。


「えっと…試飲、してくれる人~?」


 今作り出したばかりのポーションが入っている小瓶を掲げつつ営業スマイルを浮かべて片手をあげてみる。


 人だかりをつくっていたプレイヤー達はどうすると互いの顔を見合わせながら話し合っている。


「あ、あの、じゃあ…」


 さっき試飲に協力してくれた魔術師風の女性が手を挙げて露店の前まで進み出てくれた。


 イヤイヤという感じはなく、その目は期待に輝いている。


「じゃあお願いします」


 小瓶の中身を新しい小瓶に少しだけ垂らして手渡すと、臆することなくその小瓶に口をつけてぐいっと傾けた。


「…甘い!美味しい!」


 女性は頬をほんのり赤らめながらそう評価してくれて目を輝かせた。


 やはり甘味は男性より女性のほうが好きなイメージがある。


 試飲時点からまだもう少しジュースを煮詰めていたので、先ほどより甘みは強くなっているだろう。


 加えてとろみもついているので舌の上に残る時間も長くなっているので余計にそう感じやすいのだと思う。


 ともあれ子供の様に無邪気な笑顔で“美味しい!”と絶賛されるのは悪い気はしない。


「実はこれ、明日から販売予定のMP回復ポーションになります。

 この小瓶サイズで、こちらの通常のMPポーションと同じ効果を得ることができます」


 俺は説明しながら後ろの棚に並んでいたオレンジ色の着色がされたポーション瓶をとって見せる。


 瓶のサイズは通常瓶が科学実験に使うフラスコくらい、比べて俺が作ち出した小瓶は香水くらい違う。


 重さや容積の概念が持ち込まれているRRGで持ち歩くならどっちと言われたら、迷わず小瓶サイズを選ぶ人が多いだろう。


 味の方は今しがた“美味しい”と評価を受けたばかりだ。


「これ、一本いくらですか?」


「うーん…」


 期待の眼差しで見つめられて、考え込んでしまう。


 まだ金額については何も考えてなかった。


 MP回復ポーションは通常瓶で200コインだ。


 プレイヤー達はどれくらいの金額なら普段使いしてくれるだろう?


 軽量化、省スペース化された甘いポーションにいくらまでなら渋らずにコインを出してくれるだろう?


 俺の方もジュースを煮詰めたり採取する手間や時間を含めていくら出してもらったらこのポーションの製造を続けていけるだろう?


 …わからない。


 考えれば考えるだけ思考の沼にはまる。



 …そもそも全体数としていくつくらい売れるのか分からないと、考えようもないんじゃ?



 つまり。


「初回限り、お一人様10本までで一本230コインでどうでしょう?」


 最初は使用する薬液の原価を割りこまなければ利益はでなくていい。


 利益が出ないどころか、煮詰めて全体量が減るジュースの代金や採取や調合の手間まで考えればむしろ赤字だ。


 でも露店先の人だかりを見て思う。


 最初は赤字でも口コミから興味をもってくれる人が増えれば、結果的には黒字にできるだろう。


 赤字分は宣伝費だと割り切ろう。


 むしろこんなに他プレイヤー達の注目を集められた今を逃したら、これ以上の宣伝効果は得られないかもしれない。


「買ったわ!

 明日10本買いにくるから、よろしくね」


 彼女の判断は早かった。


 MPが生命線となる魔術師だからというのもあるのかもしれない。


 が、露店のカウンターに両手をついて全身を乗り出してきたので、俺は危うく椅子から転げ落ちそうになってしまった。



 近い近い!


 美人は眼福だけど、こんな近距離は色々とヤバイ…!



 なにせ彼女は素早さ重視の軽装備をしている。


 体を覆っているマントの隙間から今にもポロリしてしまいそうな膨らみがのぞいている。


 そこから無理矢理視線を引きはがして、ふっくらした赤い唇を見つめて営業スマイルを浮かべた。


「あ、ありがとうございます。

 ではお待ちしてますね」


 俺の返事に満足したのか、魔術師風の女性は仲間たちの所に戻っていった。


 仲間内で何やらキャッキャッと楽しげに喋りながら去っていく。


 俺がホッとしたのも束の間、重装備で顎髭が凛々しい男性キャラが金属音を響かせながら露店の前まで進み出てきた。


 その体躯に似合う重そうな刀を背中に背負っている。


「俺にも試飲させてくれ」


「あ、はい。

 ちょっと待って下さいね」


「じゃあ俺も!」


「わ、私も!」


 それからはまるで堰を切ったように露店前に試飲を希望するプレイヤー達の人だかりだができた。


 最初に作った小瓶の量ではとても足りず、俺は延々とジュースを煮詰め果汁を絞り、呪文をかけ続ける作業に没頭した。


 しかも人だかりがさらに集客効果を発揮し、次の試飲用のポーションが完成するまでに減ったはずの人だかりが倍に増えるという事態も起きた。


 何せ店先で試飲用の小瓶を受け取った人たちがその場で“甘い”“美味しい”と口々に言ってくれるので、その宣伝効果はとても大きかったのだろう。


 たまたまプレイヤーが市場付近をうろつきやすい時間帯だったことも要因の一つだったかもしれない。


 とはいえ、魔法を扱うので使用回数が増えればMP消費も馬鹿にならない。


 時どき小瓶一本分飲み干してMP回復をし続けられなかったら、とても全員分の試飲量を賄うことはできなかっただろう。


 MP回復効果のある薬液を使ってポーション開発をしていて本当に良かった。


 おかげで初期値だった知力スキルやMP値が増えた。


 今はまだ魔法使い見習いに毛が生え得た程度だが、このままずっとポーションを精製し続けるなら経験値として溜まっていくだろう。


 塵積もれば山。


 戦闘には一度も勝っていないのにスキルだけ伸びていくのは内心ちょっと複雑だが、あって困るものでもない。


 それよりも現状、一番問題なのは…


「申し訳ありません!

 材料がなくなってしまったので、今回分のポーションで試飲は終了です!

 また明日、特別価格で販売させていただきます!

 是非そちらをお試しください!」


 俺は鍋になみなみと注いだジュースを零さないよう、焦げ付かせないようにかき混ぜながら露店周りの人だかりの奥の方にいる人たちにも聞こえるように声を張った。


 そうなのだ。


 もう材料がない。


 薬屋で分けてもらった薬液の瓶がもう空だ。


 加えてマラソンの途中で採取してきた木の実の在庫も危うい。


 ただの試飲だと思っていたけど思いがけず大人数にふるまうことになってしまって、すっからかんになってしまった。


 正直、未来人がこれほどまでに甘味に飢えていたとは思わなかった。


 完全に計算外だった。


「え~」


「マジかよ」


「ずっと待ってたのに、な?」


 列の後ろの方に並んでいたプレイヤー達が不満を漏らすが、こればかりはどうしようもない。


 これ以上試飲を繰り返したら俺の財布の中身まですっからかんになってしまう。


「では、こうしましょう!

 今からお渡しするアイテムをもってきてくださった方に限り、明日からの販売は優先的に対応させていただきます!

 欲しい方はそのまま列に並んでお待ちください!」


 整理券とでも言えばいいだろうか。


 それを持ち込んでくれたプレイヤーから順にポーションを買っていってもらおう。


 しかしなかなかの長さになっている列の最後尾は露店のカウンターからは見えない。


 今でも一体何人のプレイヤー達が並んでいるのか…考えるだけでも恐ろしい。


 が、長時間待たされたあげく試飲できなかったプレイヤー達に少しでも報いたい。


 この列に並んでいなければ経験値がいくつ稼げただろうとか、いくつレベルが揚げられたのだろうと考えたら申し訳ないからだ。


 そんなこんなでようやく列に並んでいた全てのプレイヤーを捌き終わった後は露店に“closed”の札を下げてヘバっていた。


 ポーションを作って配り続けたことからくる肉体的な疲労感もそうだが、ずっと営業スマイルで対応し続けた精神的な疲労感もひどかった。


 その上、これで終わりではない。


 時刻はすっかり日付を跨いでしまったが、これから明日の為に薬液とジュース、小瓶を大量に仕入れて明日の販売に備えなければならない。


 木の実も採集してこなければ絶対的に数が足りない。


 唯一幸いだったのは、そのいずれもNPCからの仕入れや採集なので時間帯はいつでも困らないということだけだった。


 それ以外は…とにかく頑張るしかない。



 …あれ?


 これってRPGだよな…?



 商人プレイを始めたまでは良かった。


 マラソンで資金を稼いで柊さんと協力して時空魔法のスキル本を手に入れたまでも良かった。


 だが、どこで間違えてポーション屋さんになってしまったのか。


 これでは当分、ポーション作成をし続けることになるんじゃないだろうか。


 むしろそれ以外に手を出していたら、生産が間に合わないような気がする。


 いやポーションが売れていくれる分には商人プレイをしている側からしたら有難い話なのだが。


 決してポーション専門店を目指していたつもりはなかっただけに、ちょっと複雑な気分だ。


 いや、MP回復ポーション以外の新作のポーション開発にもまったく興味がないわけでもないんだけど。



 …うーん、嬉しいんだけど複雑だ。






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