Chapter 20:クロス・ファンタジー実況 再出発編



《脳波パターンの変化を観測しました。

 マスター、おはようございます》


「うん…。

 えっと、どうなった?」


 白い天井をぼんやり見つめ、その視界に横から入ってきたリュシオンの方へと顔を向ける。


《同化したアバターが戦闘不能に陥ったことで基準値以上の脳波の乱れと心拍数の急激な上昇を感知したためゲームサーバーから強制離脱しました。

おめでとうございます。

次回ログイン時はリスポーンからの開始です》


 絵に描いた青空のような笑顔リュシオンの笑顔とは対照的に俺の心には暗雲が音もたてずに到来する。



 嘘だろ、おい…。


 所持品…初心者パックごと弓も矢もサバイバルナイフも全部ロストしたんだけど。



 まだ報酬としては何も受け取っていないし、コインやアイテムを銀行や金庫に預けてもいない。


 その上の全ロストであり、当然キャラクターのレベルは初期値のLvレベル1だ。


「終わった…」


 Lv1のキャラクターであっても初心者パックは最低限もっているという前提の難易度が想定されたゲームのはずだ。


 武器も防具もアイテムもコインも失ったLv1のキャラクターに何ができるというのか。


 “自由”と“容易”は必ずしもイコールではない。


 全てを失った者が這い上がる為には、他人と比較してその何倍も苦労を強いられるものだ。



 ドMプレイか?


 採取した薬草の単価が1コインとかだったらどうしよう…。



 もっとも安価なHP回復ポーションが100コイン、食べると一定時間微量のHPを回復し続けるパンが50コイン。


 そういう世界だ。


 採集に特化した職業へ転職ができればまだ難易度は下がるのだが…そう簡単にひょいひょい転職させてくれないゲームシステムになっている。


 転職のイベントの発生条件は転職前の職業がLv50以上であること。


 それに加えてゲーム内で入手できる特殊アイテムを複数揃える必要がでてくる。


 今の俺にはそんなものを揃えられるわけもなく…。


「詰んだ。完全に詰んだ…」


 リアルにorzの姿勢になる。


 ゲーム的にはドMプレイを耐えさえすればいずれは装備品を揃えることはできるだろう。


 狩人Lv50に到達して他の職業に転職すればもっともっとゲーム内で出来ることの幅は広がる。


 が、その為にはどうしても時間が必要だ。


 だがサクサク進められなくなったゲーム実況の撮影にリュシオンが許可を出すだろうか?


 じっくり楽しむプレイにはとことん理解のないリュシオンが。



 サクサクプレイができるようになるまでの時間をどうやって捻出する?


 毎日毎日朝から晩まで、休憩もろくに与えらえずに働き続けている俺に自由時間などないのでは?



 リュシオンという監視役がいる以上、俺に自由な時間などない。


 よくよく思い返してみれば睡眠と食事以外の休憩時間はまともに与えられていないかもしれない。


 トイレは存在しないし、その必要もない。


 <Infinite>の視聴は全て3DV編集の勉強のため。


 3DVのための撮影と編集作業は言わずもがな。



 …あれ、俺って働きすぎ…?



 冷静に考えてみると、実質的にはブラック企業並みの勤務時間を強いられている。


 それもこれも実体をもっていない上に個室に閉じ込められて、何かするにはリュシオンの協力が必要だという足枷があるからだ。


 リュシオンがサボるな遊ぶなという姿勢を崩さない限り、俺にはボイコットという最終手段をもってしかそれに対抗する手段はない。



 ぐぬぬぬ…。


《何故そんなに悲観しているのですか?

 取れ高としては十分だったでしょう。

 まともに装備品も装備できないままモンスターの一撃でデスポーンした上、規定値以上の脳波を観測してゲームサイトから離脱するなんてなかなかあるものではありません》


 お、鬼ぃ…。



 ニコニコと上機嫌なリュシオンの笑顔が憎たらしい。


 嫌味や皮肉を言われた時とは違う、意地悪や悪意を感じ取れないからこそのモヤモヤ感。


 リュシオンは本気で取れ高のある映像が撮影できて良かったと思っているに違いない。


 でなければもっと黒い笑みを浮かべているはずだ。


 3DV編集をする、そしてその3DVアップロードして視聴回数を稼がなければならないとなったら取れ高は確かに必要だろう。


 エンターテイメントである3DVには苦戦したりやらかしたりといったハプニング要素が必要なのだ。


 だからそういうシーンをバッチリ撮影できたと喜ぶリュシオンの気持は理解できる。


 理解できてしまう。


 俺自身もいつかその3DVの編集をリュシオンと共に行うことになるからだ。


 だが、だからこそ複雑なのだ。


 自分に降りかかった不幸を俺自身が歓迎してしまうという、矛盾した感情によって。



 考えるの、やめやめ!


 底なし沼に落ちる気がする!



 ブンブンと首を横に振って暗雲を振り払らい、改めてリュシオンに向き直った。


「でもその取れ高を十分に利用する為には、3DVの続編が必要じゃないか?

 リスポーンして全アイテムロストの照明シーンも必要だろうし、その先どれだけ冒険が過酷かっていう画も欲しいだろうし、そうなったら持ち直すまでの経過もないと3DVの締めが暗くなってしまうし」


 たしかに取れ高は必要だ。


 が、どん底気分のまま3DVを終わらせたくない。


 明るいバラエティ系の3DVであれば笑いに変えることはできるが、俺もといカクタスのキャラクターはそういうタイプではない。


 努力してどん底から這い上がってせめてマイナスをゼロに、できるなら少しでもプラスにもっていって明るく3DVを締めたい。


 けれどその為にはドMプレイをこなすためのリアル時間が必要だ。


《何か問題でも?

 マスターはアイテムを全ロストをしたくらいでゲームプレイを投げ出すのですか?》


 おぉ…、おぉ…っ!



 リュシオンのイケメン笑顔からキラキラエフェクトが放たれているように見える。


 鬼教官リュシオンが行き倒れに手を差し伸べる聖人に姿を変えたように映った。



 やるよ!

 

 やるとも!


 むしろどうやってリュシオンから時間をもぎ取ろうか考えようとしていたのに、まさかリュシオンの方からそう言ってくれるなんて…!



 目頭が熱くなった…ような気がした。


 同じ釜の飯は無駄ではなかった。


 苦労を共にしたなら、昨日の敵は今日の友になるのだ。


 ごちゃついた脳内から飛び出した言葉の誤用が気にならないくらい、俺は感動していた。



「俺、今ならリュシオンと付き合ってもいい」


《は…?》



 感動の勢いに任せて迷言を口走ったらリュシオンに怪訝な顔をされた。


 5000年後のAIをもってしても俺の感動冗談を理解することは出来ないらしい。


 惜しい。





 それからゲーム内に舞い戻って全ロストを確認するシーンを撮影した。


 リスポーンしたらアイテム全ロストのシステムは知識としては知っていたが、実際に丸裸(下着は着用している)になってしまったアバターをこの目にするとやはりそれなりにショックだった。


 そこからはただただ地味な作業を繰り返した。


 つまり森で植物を採取してすぐ傍の街の薬屋に売りに行くという単調な作業をただひたすらに繰り返した。


 ただ俺も学習したのでエルフの聴力を常にアンテナとして張り巡らせ他のモンスターやプレイヤー達と鉢合わせないように注意した。


 モンスターは当然全ロストを回避するため。


 グループを組んで森の中を探検しているらしいプレイヤー達を回避したのは撮影の関係だ。


 うっかり彼からが撮影範囲内に入り込んでしまった場合、撮影した映像を好きなように3DVに使えなくなってしまう。


 つまりこちら側に彼らの権利を侵害したり害をなしたりするつもりがなくても、万が一彼らが肖像権とか盗撮した映像のアップロードとか言い始めたら面倒だからだ。


 こちらとしてもたった一瞬3DV内に入り込んだだけのプレイヤー達の身元をわざわざ一人一人特定して交渉するなんていう手間をかける暇がないというのもある。


 そんなこんなで森にいる間中ずっと聞き耳を立て続けた結果、思いがけず聴力のスキル値が上昇しついでに隠密スキルの獲得までしてしまった。


 クロス・ファンタジーはとても自由なゲームシステムを採用している。


 獲得するスキルや能力値の上昇は全てキャラクターの行動による。


 種族や職業によって各能力値に補正はかかるし、関連スキルの成長速度が上昇したりスキル習得までに必要な時間が短縮されたりはする。


 が、実際の経験に勝るものはないという精神性らしい。


 狩人にとっても狙っている獲物にみつからないようにという意味では隠密スキルは関連スキルとも言えるだろう。


 だがメインとなる弓の射撃スキルの2倍の隠密スキルもちとなると、狩人というよりは忍者のステータスに近づいて行っているような気がする。


 複雑な気分だ。


 必要なスキルの能力値が成長するのは喜ぶべきことなのだが。




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