Chapter 21:クロス・ファンタジー実況 転職編



「では薬草の査定額である50コインです。

 ご確認ください」


「どうも」


 もう何度も通っている顔見知りの薬屋のNPCから50枚のコインを受け取る。


 腰のベルトにくくりつけた革袋にジャラジャラと硬貨を仕舞い込んで店を出る。



 所持金 30000コイン


 装備品 素朴なレザースーツ、素朴なレザーパンツ、旅人の靴、見習いシーフのスカーフ

 

 所持品 革のリュック(小)、パン×3、サバイバルナイフ、包帯×3



 “熱中し過ぎです”と呆れるリュシオンの顔が浮かぶ。


 だが思った以上に薬草採集が楽しかったのだから仕方ない。うん。


 厳密には買い取り5コインの薬草だけでなくポーションの素材になる怪しげなキノコや香木の皮、蛍のような発光する虫を捕獲して店に持ち込んだりしていたので薬草採取だけで稼いだわけではなかったが。


 だがこれだけの資金があれば序盤においてはそこそこの威力をもつ弓や矢を揃えることができる。


 薬屋を出たその足で武器屋に向かおうとした俺の目の前に明るい効果音と共にウィンドウが唐突に表示される。


「おっ?えっと…?」


【・商店で売買した回数 10000回以上

 ・商品に卸したアイテム数 30000点以上

 ・商店に卸したアイテムの金額合計 50000コイン以上

 ・現在の職業Lv1以下


 以上の条件を達成しました。

 “商人”への転職が可能になりした。


 商人へ転職しますか? YES/NO】


「えぇっ!?」


 思わず道の往来で大声を出してしまった。


 周囲を歩いていた様々な職業のキャラクタープレイヤー達の視線を一身に浴びてしまい、誤魔化し笑いを浮かべて彼らの興味が俺から離れるまでやり過ごす。


 そんな俺の脳内に短いリュシオンの一言が響いた。


《撮影を再開します》



 いやいやいや!


 ここ街の中だけど!?


 そこら中に他プレイヤー達がいるけど!?



 しかしもう撮影が始まっていると言われるとそう叫ぶわけにもいかず、撮影モードに意識を切り替えた。



「い、いやぁ、ビックリしましたね~。

 弓と矢を買い揃えるまではと資金を溜めていましたが、まさかこんなシステムがあるとは…」


 リスポーンしたら経験値の減少とアイテム全ロストのペナルティをくらう。


 しかしゲームをはじめたてのRPG初心者にはなかなか厳しいルールだと言えなくもない。


 そのための救済措置、なのだろうか。


 その割には提示されている条件があまりにもメチャクチャではあるが。



 …どちらかというと製作スタッフたちが仕込んだ悪ふざけという方が正しそうな気はする。


 真相は確かめようがないけど。



【※注意※

 1つでも条件を満たせなくなった場合、商人への転職はできなくなります】


 つまり狩人レベルを1つでも上げたら無効だよ、ということだろう。



「商人、か…。

 商人ねぇ…」



 リュシオンの制限時間に追われて選んだ狩人という職業だけど、とにかく転職条件が揃う狩人Lv50まではコツコツとレベルを上げようと思っていた。


 その予定を全部放り出して、今から商人プレイに切り替えるか?


 これは重要な分岐点だ。


 狩人として獲物を狩りより強い装備を買い揃えて弓を極めるか、エルフの種族特性である知識という強みを生かすべく商人プレイに切り替えるか。


 王道的なRPGの楽しみ方を追求するのなら確実に狩人プレイを選ぶべきだろう。


 3DV的にも見事に獲物を仕留めるカッコイイ画が撮れるようになるだろうし、逆にピンチに陥れば取れ高も期待できる。


 それに対して商人プレイは堅実な金儲けをし続けなければおそらくゲームシステム的に詰む。


 自分の店を持てたとしても仕入れ、管理、販売のどこまでこのゲーム

で遊べるのかも未知数だし、仮にそれが可能だったとしてもとにかく画面が地味な予感がする。


 3DV的な取れ高といっても何をどうしたら取れ高に繋がるのか、ちょっと想像ができない。


 だが…。


【商人に転職しますか? YES/NO】


 ぽちっ


 パンパカパーン♪


【特殊クエスト達成によりカクタスは商人に転職しました】



 目立つつもりなどなかったのに、ゲーム側が勝手にエフェクトと共に効果音が周囲に鳴り響かせた。



「い、いやぁ参りましたね。

 こんなつもりでは」


 再び通行人の視線が集まるが、俺は慌てて苦笑いを浮かべて何でもないというアピールをする。


 いや、本当にこんな演出があるとは思わなかったんだ。


 お騒がせして申し訳ない。


 だが、3DVの画面は華やいだだろう。


 内心では密かにガッツポーズをしていた。


 こんなマゾ条件、仮に知っていたとしてもおいそれと真似して達成しようとする酔狂はそうそういないだろう。


 普通にゲームをプレイして順当に職業レベルを上げていった人達はそもそもこの条件を満たすことができない。


 職業Lv1に戻すためにはノーマルの転職条件である職業Lv50以上を達成する必要があり、そのためにはリアルタイムでもっと時間がかかるだろう。


 つまり本サービス開始してすぐのこの時期にあらかじめ条件が公開されていない特殊クエストを達成し、その報酬である商人に転職するシーンを撮れたことこそに希少価値があり、3DVの取れ高になるはずだ。


 リュシオンもそれが分かっていたから撮影を再開したのだろう。


 この特殊クエストの報酬として商人に転職するのなら、通行人には全部モザイク処理をしてでもこのシーンを撮影するくらいの価値はあるはずだ。


「狩人も楽しそうですが、思いがけず転職のチャンスがやってきたからには商人プレイにチャレンジするのも楽しそうですね。

 このゲームは自由度が高いですからどこまでゲームシステムとして作りこまれているのかも見てみたいですし、最初から商人を選んでプレイしている人も少なそうですから」


 画面が地味?


 背景や素材を駆使した演出で画面そのものを華やかにすればいい。


 取れ高?


 必要なら仕入れと称して各地を放浪するキャラバンでも組めばいい。


 キャラバンが襲撃されてアイテム全ロストのプレッシャーを越える以上の緊張感は商人プレイ特有の取れ高ポイントになるに違いない。



 ふっふっふ!


 これで今回の3DVの取れ高ゲット…!



 ひたすら単調な森と薬屋との往復に付き合わされていたリュシオンもこの取れ高を撮影できたのなら納得してくれるだろう。


 俺自身としても商人プレイの楽しみがないわけではない。


 エルフには種族特性として森に生息している動植物の知識というのがある。


 そしてそれと同じように、ドワーフには洞窟や鉱山の知識、人魚やセイレーンには海の知識といったように他の種族にも特殊な知識をもっている者達がいる。


 とすれば、森以外であってもその地域のアイテムの知識を得ることができれば山でも海でも砂漠でも素材の宝庫に変わる。


 多くの冒険者たちはその価値に気づかず素通りするだろう。


 競争相手は少ないに越したことはない。


 RPGの王道プレイからは外れてしまうかもしれないが、俺が楽しめて3DVのネタにもなるのならそれで十分だ。



 こうして俺の商人プレイが始まったのだった。




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