Chapter 17:アメーベ・アイランド実況 HOME編
大手のゲーム会社が満を持して発表した話題の新作ゲーム『アメーベ・アイランド』の実況
リュシオンのアドバイスを受けてタイトルに“初心者でも安心の徹底解説”とか“独自の大胆予想”とかいう言葉を入れたのも良かったかもしれない。
タイトルが誇張にならないよう後から一部撮影をし直したり大胆にカット編集を加えたりもした。
でも今の俺にできる精一杯の3DVをアップロードできたと思う。
サポーター登録者数は相変わらずピクリとも動かなかったが、それでもチェックするたびにじわじわと視聴回数が増えていっているのを確認するのは、楽しい。
有名なゲームタイトルの恩恵を受けているせいか3DVの視聴回数はもう三桁目前だ。
今まで鳴かず飛ばずだったのを考えれば、思わず頬が緩んでしまうのは仕方のない事だろう。
《マスター、顔が気持ち悪いですよ》
「うるせいやい」
アップロードしたゲーム実況3DVのデータを表示させられているリュシオンがうんざりした顔で俺にツッコむ。
“毎日何度チェックすれば気が済むんですか”という文字がありありとその顔に浮かんでいるようにも見える。
しかしこのじわじわと増えている視聴回数こそが今の俺のモチベーションアップに繋がっているのだから、少しは我慢して黙っていてほしい。
今後は視聴回数を稼ぎつつもサポーターという名のファンを獲得できるような3DVを投稿し続けるのが課題となるだろう。
そのための活力を充電しているのだから。
《どうでもいいですが、撮影前までには引き締めて下さいね。
そうでなければいかに有名タイトルの実況3DVとはいえ、再生されなくなりますよ》
……はい。
アメーベ・アイランドというゲームは大型商業施設のようなゲームシステムを採用している。
HOMEというアバターが暮らしている(という設定の)自宅を起点として玄関ドアがゲートの役割を果たし、街だったりファンタジーなRPGの世界だったりといった様々な世界にアクセスできる仕組みだ。
言い換えれば母体となるデータ領域さえ確保できればどこまでも巨大化できるということでもある。
ゲーム公式サイトで募集をかけていた通り、本来競合しているはずの他社が参入できるようなゲームシステムだ。
5000年前では考えられなかった、どこまでも“自由”を体現しているものすごいゲームだ。
将来的な可能性は無限大で、俺の興味や関心も非常に高い。
それは実況3DVのネタに困らないというだけでなく、一人のプレイヤーとしてのゲーム期待しているという話でもある。
要するに、俺はこのゲームを大好きになりかけている。
“アバターの雰囲気を壊さないよう、HOMEも5000年前に主流だったデザインにするといいでしょう”というリュシオンからのありがたいアドバイスをほどよく聞き流せる程度には。
決して自暴自棄になって開き直ったわけではない。
寝室サイトよりずっと落ち着けて過ごしやすい部屋にしてやろうというささやかな対抗心は頭の片隅にあったかもしれないが。
しかし完成した部屋はどうということはない部屋になった。
あくまで俺からしたら、だが。
いわゆる“人間をダメにする”クッションと毛の長いラグ、ガラステーブルの上にはスナック類が並び、壁際にはアイランドのCMを延々と流し続ける大きな薄型テレビが鎮座している。
なんということはない部屋だ。
一人暮らしのワンルームにしては高めの家具や家電も紛れているが、それには目を瞑ろう。
何も取り出さなければベッドどころか何一つ存在していない寝室に比べれば、断然こちらの方が落ち着く。
「さて、行くか」
HOMEの紹介3DVで部屋のコンセプトを語りいつもの当たり障りのない挨拶を終える。
そして一息つく間もなく浮かべていた営業スマイルを引っ込めてソファから立ち上がる。
厳密に言えば実際にソファから立ち上がったのは俺が作ったカクタスというアバターの方だ。
でも俺は今アバターのカクタスと“同化”してカクタスの目線でゲーム内を見渡したり喋ったりしている。
5000年前のVRが進化してまったく違和感なくゲームの世界に溶け込んでプレイできるようになったのだと形容すれば近いだろうか。
アバターという限りなく薄い着ぐるみを着てプレイヤー自身がゲーム世界を楽しめるゲームスタイルだ。
まさかこんなプレイ方法があるとは、このゲームを実際にプレイするまで知らなかった。
だからこそ余計に大本命のRPGが楽しみだというのも大きい。
子供の頃に密かに抱いていた夢がこれからうっかり叶ってしまおうとしているのだから。
5000年後の進化したRPG、気にならないわけがないだろう。
一刻も早く移動したい。
《随分と興奮していますね。
脳波の乱れが著しいです。
少し落ち着いてください》
アバターに完全に同化してゲームの中に入り込んでしまっているため、リュシオンの姿はどこにも見えない。
リュシオンは寝室サイトからそこで展開している3Dのアメーベ・アイランドのHOMEと俺が同化しているカクタスを撮影しているだろう。
今の俺にはリュシオンの音声しか届かない。
「落ち着くとか無理だし。
さっさと行くぞっ」
玄関ドアのドアノブに手をかける。
ドアノブを掴みながら移動したいワールド名を言葉にすると、ドアを開いた先はもうそのワールドに繋がっているという仕様だ。
《撮影のことも忘れないでくださいね。
ただ遊んで終わりではないんですから》
RPGのゲーム名を口にしようとしていた俺はリュシオンの言葉に一瞬固まる。
初めてRPGワールドに移動するシーンは3DVとして一番の見せ場になるのではないか?という考えが頭を過った。
過ってしまった。
ああああああああぁぁぁぁ!
くそぅ。
俺の休日はいつ始まるんだ…。
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