Chapter 18:クロス・ファンタジー実況 種族選択編



 せっかくのワクワク感に水を差された俺は溜息をつきながらドアノブから手を離してゆっくりと背後を振り返った。


 そこには誰の姿も見えなかったが、どうせリュシオンは今撮影モードに入っているだろう。


 何となくだが、わかる。


 自然と顔に営業…もといカクタスのとしての表情が張り付いた。


「こんばんは、カクタスです。

 今夜も話題の新作ゲーム『アメーベ・アイランド』を実況していきます。

 今回はアイランドの中でも僕が一番注目していたRPG『クロス・ファンタジー』の世界に今から飛び込んでみたいと思います」


 アバターという着ぐるみを着ているだけで言葉がスラスラと口からこぼれてくる。


 リュシオンの冷たい視線がないというのは大きいかもしれない。


 だがカメラレンズすら見えない空間に向かって大きな独り言を言っている状況というのも冷静に考えてみれば異様だ。


 けれど、それももう慣れつつある。


 何せ今まで数えきれないだけ撮影をしてきた。


 リュシオンにダメ出しされながらも今では一緒に動画編集もしている。


 リュシオンが今どの位置、どの角度から撮影しているかがうっすら理解できている。


 あくまでリュシオンカメラを意識してそちらに背中を向けないように注意しながら玄関ドアの隣に横向きに立つ。


 そしてドアノブに触れながら静かに唱えた。


「『クロス・ファンタジー』」


 俺の言葉に反応するように玄関ドア全体が一瞬呼吸するように発光した。


 掴んでいるドアノブを床に向かって下ろして押し開くと、パアアアッとドアの向こう側が一瞬強く光り輝いた。


 その光が収まり数秒待ってからゆっくりとドアの向こうに足を踏み出す。


 そこに広がっていたのはステンドグラスが美しい厳かな教会っぽい室内だった。


「うわ…、さすがですね。

 細部まで作りこまれていて、こうして触れることもできるみたいです。

 BGMもそれっぽいし、雰囲気があるな~」


 喋りながら並んでいる木製の長椅子の一つに触れてみると本物に近い質感があった。


 大理石っぽい床に敷かれた絨毯の上を歩いて壁の高い位置に掲げられている銀色のシンボルらしきものに近寄る。


 ゲームの公式サイトで見た、このゲーム世界内で最も主流な宗教の一つ(という設定)らしい。


【迷える魂よ、ようこそこの世界に降り立ちました。

 この世界の創造神としてあなたを歓迎します】


「おぉっ…!」


 壁に掲げられた銀色のシンボルが明滅し、男とも女ともつかない声が直接に脳内に語り掛けてくる。


 背後で静かに流れてきている厳かなBGMも場の雰囲気を盛り上げていた。


【カクタス、この世界の大地を踏む為には肉体が必要です。

 あなたの種族と職業を教えてください】


 その言葉と共に目の前にウィンドウが表示される。


 人間から亜人種、妖精や妖怪といったものから、果ては魔族に至るまで実に様々な種族が名前を連ねている。


 プレイヤーは必ずしも勇者でなくていい、というゲームコンセプトの通りだ。


 聖王国に与して騎士となり魔王討伐に向かうも良し、逆に実力を示して魔王軍の将軍の地位を狙ってもいい。


 新興宗教を立ち上げて教祖を名乗ってもいいし、商人として露店を開いたりキャラバン隊を結成してもいい。


 職人として武器や防具を製作するのもいいし、はたまた農家になって畑を耕してもいい。


 あとから転職できる職業と違って種族だけは今決定したものから変更は出来ないが、いずれの種族を選んだとしても確率という名の補正値がつくだけであらゆる可能性が実現不可能になるわけではない。


 “自由”を掲げるRPGは伊達ではない、ということらしい。


「種族も色々と用意されていますね。

 デフォルトは人間みたいですが、獣人やリザードマン、ドワーフやエルフのあたりは亜人種の鉄板でしょうか。

 それ以外にも妖精族とかホビット族なんかもありますね。

 悪魔族も思っていた以上に多種多様です。

 ケルベロス、バハムート、オーガ、ゴブリン、バンアイア、サキュバスにデュラハン、デーモンスパイダーまでいる。

 まだまだありますが、これだけ沢山並んでいるとどうしても迷いますね」


 一応公式サイトの種族一覧の中からあらかじめ種族は選んでおいたのだが、実際のゲーム内ではその2倍以上の種族が挙げられている。


 どの種族を選んでも職業選択の足枷にはなりにくいと分かってはいても後から変更できないとなると悩みどころだ。


 たとえば勇者になりたければ人間を選べば騎士になりやすかったり王様に認められやすくなったりする。


 しかし人間の種族の基本ステータスは軒並み低く、これといって突出したものがない大器晩成型だ。


 逆に魔王軍に与したければ悪魔族の異形種を選択すれば初期ステータスにボーナスがつく。


 だがその姿の異質さのせいで人間の国で平穏に暮らすことはできない。


 人間を襲いその身を喰らって所持品を奪うことはできるが、冒険者たちに常に命を狙われる危険性も非常に高い。


 なにせプレイヤーが操作する悪魔の異形種は倒した時の経験値ポイントが量産型のNPCを倒した時の10倍と非常に高い。


 その上所持品も強奪できるとあれば、多くの冒険者や勇者たちに狙われることになる。


 人間であれ魔族であれ、倒されたら平等にデスポーンする。


 それまで溜めていた経験値減少と所持品の全てを失っての再スタートだ。


 “自由”だからこそPVPも起こりえる。


 誰かプレイヤーを傷つける者は誰かプレイヤーから傷つけられる覚悟がなければならない、ということなのだろう。


「………リュシオン、カメラ止めて。

 ちょっと考えたいから」


 ウィンドウに上げられた種族名のどれもこれもに目移りしてしまう。


 種族ごとにどんなロールプレイが可能なのか考え始めたらもう止まらない。


《…30分だけですよ》


 呆れた様なリュシオンの投げやりな返答。


「短い。

 1時間くれ」


《……》


 リュシオンはもう何も言わなかった。


 ただ溜息が返ってくるのみだった。





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