Chapter 10:横這いグラフ
その日からおよそ一か月、毎日何かしらの動画を投稿する日々が始まった。
動画の内容は家具やインテリア系のアイテムの紹介動画だ。
と言ってもこの5000年後の未来では俺がかつて勤めていた会社で取り扱っていたキッチン用品や掃除用品はただのインテリアに変わり果てていた。
なにせ料理を作る必要もなければ、埃が溜まる部屋も実在しない。
そもそも肉体そのものが存在していないのだから、実用性という側面から考えれば限りなくゼロだろう。
それでもインテリアとして辛うじて残ったのは、インテリアの種類を増やしたい人たちの思惑と歴史的な価値を感じて少しでも未来に残そうとした人たちの願いが一致した結果らしい。
だから包丁で指を切ることはないし、コードレス掃除機の騒音に悩まされることもない。
事情を考えれば当然と言えば当然のことなのだが、それでも軽いカルチャーショックは受けた。
結果、俺は初めて見るものばかりを商品紹介することになり…まぁそのせいで色々とハプニングがあったわけだ。
あえて語らないが、察してくれ。
<Infinite>に投稿した3DVの総再生時間は微々たる数字ではあるがグラフにすれば右肩上がり。
3DVの再生回数やサポーター登録者数は集計グラフの横線とまさに水平に推移している。
さらに悪い事には、新商品の紹介には商品購入のコストが常につきまとう。
湯水のようにポンポンと何でも買って撮影ができるわけではない。
月初めに犯人サイドから一定額の活動資金が援助されるし、さらに3DVに広告がついたり企業協力によって収益が発生したらその何割かが上乗せされるらしいのだが…そんなのは夢のまた夢の話だ。
現実はそんなに甘くない。
毎日必ず3DVをアップロードし続けても誰にも見向きもされないって状態が続くのは、正直メンタルがゴリゴリやられる。
新商品というタイトルで3DVの視聴回数に多少の色がついてもサポーター登録者は一向に増えない。
それが現実だ。
世間は世知辛い。
マザーサーバーのおかげで飢えることもなければ凍えることもないのが唯一の救いか。
だがタイムリミットは非情に迫ってくる。
まだ2年近い猶予はあるものの、このミミズのようにグラフの横線に寄り添っている視聴回数とサポーター登録者数をどうにかしなければ容赦なくバッドエンドを迎えることになるだろう。
「リュシオン、時間を100倍に引き延ばすことができるアイテムってないの?」
タイムリミットが残り200年近くに伸びたら、もし仮に課題が達成できなくても仕方なかったって諦められるような気がする。
220歳まで生きられたならまさに大往生だろう。
きっと悔いはない。
《そのように錯覚させるアイテムなら存在します。
購入しますか?》
「錯覚させるだけなら、いい」
やっぱりダメか。
あーあ。
以前3DVで紹介したソファーベッドの上に寝転がりながら溜息をつく。
展開ワード一つでゆったり寛げる広々ソファーにも寝心地の良いふかふかベッドにもなる、便利アイテム。
しかもデータ本体は手のひらサイズのキューブで収納にも場所を取らない。
これ、5000年前に欲しかった。
お日様の匂いがする枕に顔を埋めて脱力する。
うっかりそのまま二度寝しそうになって無理矢理体を起こした。
あぶない、あぶない。
睡眠だけで一日が終わってしまうところだった。
干したてのおふとんの威力は凄まじい。
それは5000年の時を経ても変わらないようだ。
起きたところで起死回生の一手になる様な発想は浮かんでいないのだが。
それでもまだ何かやれることはないか、探さなければ。
3DV撮影に必要な資金援助はあっても本人の許可なく脳の摘出するほどの悪行をこなしているくらいだ。
犯人は俺の元に奇跡が転がり落ちてくるのを黙って待っていてくれるほど心優しくはないだろう。
現状がずっと継続すれば俺に待っているのは死だ。
「リュシオン、今まで投稿した3DVごとのデータを出して」
《こちらに》
ベッドをソファにモード変更してそこに腰かける。
リュシオンが提示した各カテゴリーごとの数値はほぼ0からの横ばいにしか見えない。
「…もっと数値を細かく刻めないの?」
たとえば上限が100のグラフと10のグラフを使ったら同じ5というデータでも見え方が違う。
じっとリュシオンを睨むとリュシオンは僅かに一瞬だけ眉を動かしたがすぐにすまし顔になって口を開く。
《誤差を気にしてどうするんですか。
そんなデータを分析したところで時間の無駄です。
そんなことよりもっと気にするべき点があると思いますが》
「たとえば?」
《マスターの3DVは需要がないという事実です》
ぐっ…!
やる前からわかってるよ、そんなことはっ!
大きな声で苛立ちをぶつけたくなるのを奥歯を噛み締めて堪える。
落ち着け、俺。
もっと有益で建設的なことを考えられないと、現状の打破はできない。
「じゃあ具体的にどうすればいい?」
《それを考えるのがマスターの仕事です》
そおでしたねっ!
口を開いでも憎まれ口しか叩かないリュシオンが常に傍にいるという状況は地味にストレスが溜まる。
基本的に無表情でクール。
口を開けば嫌味が飛び出し、呆れたら遠慮なく視線で俺を刺してくる。
今もまさにそんな目で俺を見つめている。
無能な上司に付き合わされてうんざりしてる部下のような…。
《明言しておきますが、マスターは私の本来の性能を10%も活用できていません》
「そっ、そんなこと言ったって…」
リュシオンが提示してくるのは俺の動画がいかに伸び悩んでいるかという数値グラフくらいだ。
改善策を求めてみても、新しいアイディアを求めてみても、“考えるのはマスターの仕事です”と突っぱねてくる。
俺自身が気づいて質問したことには答えてくれるが、そうでないことを自分から気を回して説明してくれたりはしない。
なんとも不便なナビゲーターだ。
それとも5000年後では当たり前になっていることをいちいち説明することにうんざりしているのだろうか?
「リュシオンはもうちょっと俺に気を遣ってくれてもいいと思うけど。
俺は無理矢理未来に連れてこられたんだし、知らないことがほとんどなのは当たり前だろ」
《ですからマスターの質問には可能な範囲で答えているでしょう》
「そうじゃなくて!
気遣いっていうの?
気を効かせて先回りして説明してくれるとか、そういう…」
《そのようないわゆる“お節介システム”はユーザーからの不評が相次いだため現在のAIシステムには搭載されていません》
「あぁ、そう…」
俺はかつて遊んでいたゲームのチュートリアルを思い出した。
ゲームの序盤、いちいちプレイヤーの手を止めさせるあのシステム。
一部の特殊な操作が必要とされるゲームの除いて大体のゲームは操作性が似通っている。
このボタンはインベントリを開くボタン、こっちはアクションを起こすボタンというのが大体決まっていた。
だからそれさえ覚えてしまえばチュートリアルは序盤の軽快なゲーム進行を妨げる要因の一つと考えてしまうユーザーも少なくないだろう。
それと同じことが5000年後のナビゲーターの評価にも起こったのかもしれない。
例えば新商品を買う度に使い方や注意事項を取扱説明書の如く1ページ目から全部読み上げられたら、たまらない。
だからそんな機能はいらない、という流れになったのかも。
可能性としては十分にあり得そうだ。
「はぁ…。俺はまず動画以前の問題なんだよなぁ…」
知らないことの方が多い俺にとってはとても不親切設計のAIだが、動画以前にまずはリュシオンとの折り合いがつけられないとどうにもならないような気がする。
リュシオンは俺の手足だ。
目であり耳でもあるといえるだろう。
そんなリュシオンとの関係がこれでは、明るい未来など見えてこない。
第一、こんなリュシオンに見つめられながらの撮影なんて、上手くいくはずないじゃないか…。
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