Chapter 8:チューリオナーの実力



 言葉を発しない俺の顔を見たリュシオンがまた指を鳴らした。


 すると目の前でぐるぐる回っていた小窓の一つが膨らんで大きくなり巨大スクリーンに変わる。


 そしてスクリーンの“枠”が消え、動画の奥行きが目の前の風景として広がる。


 まるで自分の肉体ごと動画の中…宇宙空間をイメージしたその空間に飛び込んだような、不思議な光景だった。


「うおっ!?

 何だこれ!?」


《これが3DVです。

 こちらはあくまで映像ですので立体的に見えても触れることはできません》


 な、なるほど…?



 さすが5000年後の科学、と褒めるべきなのだろうか。


 驚いている俺の目の前でどこからともなく楽し気な音が響き渡ると同時に赤髪の少年が直前まで何もなかった空間から現れる。


 身長は俺よりだいぶ低く、中学生くらいの容姿をしている。


[やっほー!Rubyだよっ☆

 今回は星間サーキットをエアバイクで爆走しようと思ってるんだ!]


 目を引く明るい赤髪の少年がウサギを思わせるような動きで目の前を箸回りながら語りかけてくる。


 派手なラメ入りの赤いライダースーツを着用しているが、それが気にならないほど元気だ。


 まだ変声期を迎えていないのか声もボーイソプラノの音域が出せそうなほど高い。


[今回オレが乗る相棒は、コレ!

 テンペスト社が開発した新商品ギャラクシア・ウィングGC7800!

 しかもこれはRubyカラーのオーダーメイドで一台だけしかない特注品なんだ~☆

 どう?カッコイイでしょ?

 さっきちょっと試乗してみたんだけど、すっごく乗り心地いいんだ!

 オレも超お気に入り!]

 

 宇宙空間をイメージしているのだろうサーキットコース場を背景に、自分の隣に出現した赤くスタイリッシュな機体に片手を置きながらカメラ目線の少年が楽し気に笑う。


 少年が触れているのは車輪がない代わりに銀色の大きなマフラーがつき、スリムでシャープにデザインされた真っ赤なバイクだ。


 衣装のラメに負けず劣らずパールレッドを基調としたボディは、まさに少年の為にデザインされたのだと言われても納得できるほどマッチしている。



 でもこの子免許持ってるのか?


 いや、これ全部“幻想”なんだっけ。


 だったら事故を起こす心配もないから免許はそもそも必要ないとか?


[一緒に走ってくれるのは、星間サーキット常連の五つ星ファイブスターズのみんな!

 さすがに今回はオレでも無理だと思う?思っちゃう?

 いくらスピードスターなRubyでも五つ星をごぼう抜きなんて絶対無理だって思っちゃう?

 思っちゃうよね?結果はどうかなー?それじゃ、スタートしようか!]


 赤髪の少年が後方へ腕を向けると色とりどりのライダースーツを着た大人たちが出現した。


 皆一様に笑みを浮かべていて、Rubyとも楽しく談笑している。


 やがてそれぞれが自分のエアバイクに跨ってスタート地点についた。 


 乗り手たちの体格差だけでなく乗り手にベストマッチした機体のサイズもそれぞれ違うらしく、スタートラインに並ぶと一番手前にいる赤髪の少年が他の選手たちよりずいぶんと小さく映る。


 まるでプロのライダー達の中に一人だけ小柄な少年が子供用のバイクに乗って混じっているような違和感。


 観ている側としてはごぼう抜きどころか少年の赤いエアバイクが大人たちについていけるのかさえ不安になってしまう。


 それなのにスタート地点についた少年の目はキラキラと輝いていて、ちっとも不安を感じてはいないようだった。


 きっとこれからビックリするようなことが起きるぞ、という不思議な高揚感が胸の奥から湧き上がってくる。



 この時の俺はすっかり動画の空気に呑まれていた。



 やがてスタートの合図がされるや6台のエアバイク達はエンジン音をたててスタート地点から瞬く間に遠ざかった。


 マフラー部分からはキラキラとラメをふんだんに散りばめた様な空気が噴射されてバイクが走った道筋を彩る。


 カメラの視点はすぐに走行中の少年のバイク上に変わり、少年が今どんな視点で走っているのかを同じ目線で伝えてくる。


 星間サーキットというだけあって星々が輝く宇宙空間をイメージしたであろうサーキットコースはそのコースラインこそ蛍光色で線が引かれているがそれ以外は宇宙空間を本格的に再現している。


 そこを疾走するバイク上から見える景色はまさに星の一つ一つが流星のように流れて消えていくような、驚くような疾走感を感じさせながらもどこか幻想的で神秘的な映像だった。


 コースがカーブに差し掛かると6台のバイクは先を争うようにしながらも一列に並び、それが直線コースに再び切り替わると後方で走っていた赤いバイクのエンジンが唸り声をあげグングンと加速して他のバイクを何台も追い抜いていく。



 だがそのうち一つの疑問が胸の内に湧いた。



 なんでリュシオンはこんな3DVを俺に見せたんだろう?



 確かに走っているバイクの疾走感はすごいと思うしコースの星々が流星のように次々と流れていく様はまるで映画のワンシーンを切り取ったようにすら見える。


 だが、それは会話の本題ではない。


 動画をプライベートでじっくり観ればさぞ楽しいだろうとは思うが、今はそんな話はしていない。


 出されている難題をどうクリアするのかというのがまず問題だったはず。


「たしかに凄いとは思うけど、これが何か…?」


 首を傾げつつリュシオンを見ると、リュシオンは黙ってまた指を鳴らした。


 すると目の前の光景はそのままに、視界の端に半透明のウィンドウが表示される。


 ウィンドウ内に表示された内容はどうやら3DVについての情報のようだ。


 アップロード日時、3DVの総再生回数、3DV概要、投稿者であるパフォーマーのサポーター登録ボタンと現在のサポーター登録者数etc


 リュシオンの指先がその中の一行を指し示した。


 そこに表示されていたのは3DVの総再生回数。


 もうそろそろ1000万に届きそうだという数字の大きさもそうだが、それだけではない。


 表示されている数字の下五桁が目まぐるしく回転してひと時もじっとしていない。


 特に下四桁などは今現在どの数字が表示されているのか一時停止ボタンでもなければわからないくらいのスピードで変動している。


 これは、つまり…。


「まさか、リアルタイム…?」


《はい。

 この3DVそのものは3時間前に投稿されたものです。

 それが今現在も数えきれないほど多くの人々の脳内で再生されている、ということになります》


 アップロードした3時間後にはもう1000万再生目前ですか、そうですか。


 凄すぎるあまり驚きすら霞んでくことってあるんだなー。あはははは。


「うん、無理。俺には縁のない世界かなー」


 どういう世界だ。


 未来じゃなく異次元と言われた方が納得できる。


《これはチューリオナーと呼ばれているパフォーマーがアップロードした3DVの一例です。

 マスターに与えられた課題は2年内にこのレベルに到達しろ、というものではありません。

 そんなに悲観することはないでしょう》


 …この時代だとその感覚が普通なの?


 3DVをアップロードさえしていたらあの程度の課題はそんな簡単に誰にでもクリアできるレベルなの?


 いや、でも数字が稼げない人達は山のようにいるってさっき言ってたよね?


 俺の聞き間違いかな?


「5000年前にも似たような人気動画サイトはあったけどさ、登録者数100万人でお祝い騒ぎだったんだけど?

 しかも投稿者の中でもごくごく一部の超有名人しか到達できないって感じで」


《人類の総人口が80憶に満たなかった時代の話ですね。

 しかもインターネットにアクセスできる総人口はさらに少なかったはず。

 当時と今とでは、そもそも市場規模が違います。

 単に数字だけ並べて比べることに意味はありません》


「市場規模がどれだけ大きくなってもたくさんの人が興味をもってくれるような動画を投稿し続けないと難しいだろ。

 言うほど簡単じゃないと思うけど」



 なにせ俺は5000年前の人間だ。


 5000年後の人間社会の常識や流行なんてほぼ知らないと言っていいだろう。


 そんな俺がどう頑張ったらあんな数字を達成できるというのか。


 皆目見当もつかない。


 悲観的な考えしか浮かんでこなくて唇を尖らせている俺の視線の先にリュシオンが移動してくる。


《そんなマスターのサポートをするために私が存在しているのです。

 マスターは確かに5000年前の人間ですが、業務や生活に不自由しないよう私がサポートします。

 私をいかに有益に活用できるかがマスターの命運を分けることになるでしょう》


 右手を胸に当てつつ浮かべている笑みにはどこか自信が滲み出している。


 しかも無駄に整った顔立ちをしているから浮かべる微笑みには非の打ち所がない。



 なに、このイケメン君は。



 さんざん俺を脅かしたり嫌味を放ったのと同一人物なんて嘘のようだ。


 よほど自分のサポート能力に自信があるのだろう。



「じゃあ課題クリアの必勝法を」


《最初に言っておきます。

 私の仕事はマスターのサポートです。

 具体的にはマスターの知識不足を可能な範囲で補ったり、データの収集や解析を行ったり、動画の撮影や編集を手伝ったりといったことです。

 私はマスターの手足として動きますが、あくまで考えるのはマスター本人だと言うことをお忘れなく》


 喋っているところを眉一つ動かさず被せ気味に遮られた。


 浮かべている笑みは変わらないのにその表情越しに透けて見える感情は穏やかではない。


 某ネコ型ロボットのような優しさは微塵もないようだ。



 あぁ、不安しかない…。 




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