Chapter 7:チューリオナーと呼ばれている者達



「さすがに疲れた。

 椅子が欲しいんだけど。

 これが全部幻想だっていうなら、そういうのも作れるってこと?」


 実際にはそれほど時間は経っていないのかもしれない。


 けれど精神的にどっと疲れた。


 だからリュシオンにリクエストしてみた。


 決して先程の嫌味に対する仕返しでは…ない。


《はい。

 マスターの脳内記憶領域より該当データを参照、イメージ構築を開始します》


 リュシオンがそう言うやいなやリュシオンを構築した時のように俺の後方が発光する。


 その光が収まったあたりで振り返ると、いつも自室で愛用していたゲーミングチェアがそこに出現していた。


「お、おぉ~?」


 まさか本当に目の前に現れるとは。


 おそるおそる肘置きに触れみて、その馴染みのある感触に驚く。


 思いきって腰を下ろしてみるとすっぽりと何の違和感もなく体が定位置におさまった。


 ちょっと感動。


《では3DVサイト<Infinite>にアクセスします》


 キャスター付きのゲーミングチェアを座ったままぐるりと一周回転させて遊んでいると呆れたリュシオンの声が耳に届いて慌てて椅子の回転を止める。


「あ、ちょっと待った。

 3DV“サイト”って言ってたよな?

 でもみんな脳みそだけになっちゃってるんだったら、どうやってそこにアクセスするんだ?」


 2019年でサイトといえばインターネット上に存在しているサービスの一つだ。


 しかし5000年後の今は脳だけになってしまっていて、スマホやパソコンには触れることもできない。


 どういうシステムでサイトにアクセスできるのだろうか?


《人間の脳は複数の層、複数のブロックによって構成されています。

 大脳新皮質には五感や記憶を司る側頭葉と後頭葉、運動能力や空間認知を司る頭頂葉と小脳、呼吸や心拍を司る脳幹などがあります。

 中でも司令塔の役割を果たしているのが前頭葉です。

 ここでは思考や判断、情緒など様々な情報を扱います。

 現在の科学ではこの前頭葉の一部を“窓口”として巨大な記憶媒体である“マザーサーバー”に繋がっています。

 そして“マザーサーバー”を通してあらゆる人の脳にアクセスできる状態になっているのです》


 つまり前頭葉の一部をスマホやパソコンとして使っているっていうことか?


 それって大丈夫?


「そんなことして大丈夫なのか?

 だって脳みそって必要なものだろ。

 そんなふうに使えるように人類そのものが進化したとか?」


《DBプロジェクトが本格始動してから今現在まで数百億人の脳をリンクさせてきていますが、何か問題があったという記録はありません。

 そもそも人間の脳は普段使われていない部分がとても多いのです。

 マザーサーバーに接続しているのはそういった使われていない前頭葉の一部です。

 マスターの脳も既にマザーサーバーに接続していますが、これといった違和感はないでしょう?》


 逆に問いかけられて頷きで返す。


 確かにどこか違和感があるかと問われたらそんなことはない。


 むしろ脳みそだけになっていますということのほうが信じられないくらいに。


 不思議だ。


 さすが5000年後の科学力だ、と言うべきか。


《“マザーサーバー”は巨大な記憶領域をもつだけでなく、人類の一人一人の生命維持も管理しています。

 脳だけになった人類が意識を持って存在していられるのは、それ以外の臓器の役割を“マザーサーバー”が全て担っているからです。

 接続できなくなるような事態が起きれば一日も延命できないでしょう》


 ヒッ…!


「お、おどかすなよ…」


 恨みがましい目でリュシオンを睨むが簡単にスルーされた。


 可愛くない。


「でも脳をリンクさせるってことは、自分が考えてることが駄々洩れになったりするってことじゃないのか?

 嫌だぞ、自分の考えていることが他人から透けて見えるなんて」


《そちらもご心配なく。

 “窓口”になっているのはあくまで表層部分のごく一部です。

 マスター自身が“伝えよう”と思わなければどんなに脳内で罵詈雑言を叫ぼうといやらしい妄想をしようと他人に知られる心配はありません》


「言い方!」 


 そりゃそういったことこそ他人には知られたくないのは事実だけども!


 リュシオンはいちいち嫌味を言わないと会話ができないのだろうか?


《ご理解いただけたところで3DVサイトにアクセスしてもよろしいですか?》


「…うん」


 言いたいことは山のようにあったが、俺は全て呑み込んだ。


 今はとりあえず知識をつけることが先決だ。


 変に揉めたらそれが滞る。


 なにせ5000年先の未来というのは俺にとってはとんでもない異世界のようなものなのだから。



 俺が頷くと軽快な音と共に目の前の光景ががらりと様変わりした。


 わずか数センチの長方形の画面がびっしりと並んで俺の周囲を囲んでゆったりとした速度で回転する。


 わざわざ指を伸ばして横スクロールせずとも勝手に流れていくので便利そうだ。


《先程もご説明した通り、DBプロジェクトは肉体を捨て脳だけの存在となって地上世界の回復を待つ者達の集団です。

 五感はもとより人生の全てが電気信号によって補われ成立していると言っても過言ではないでしょう。

 そんな肉体をもたず生物的な欲求が制限されている彼らにとって娯楽は重要なストレス解消策です。

 課題として提示されていた3DVサイト<Infinite>はとても有名で人気のあるコンテンツの一つです。

 <Infinite>の月間総アクセス人数は75億人。3DVサイトの中ではトップを独走している状況です。

 どれほど3DV投稿を続けてもうだつが上がらない投稿者達が掃いて捨てるほど存在する一方で、才能とセンスと運とコネクションがあれば提示された課題の数値達成は決して実現不可能な数字というわけではないでしょう》


 才能とセンスと運とコネ。


 俺の人生とは無縁のものだなぁ。


 特にコネクションなんて、5000年も前から拉致されてきて知り合いなんか一人もいない俺にどうしろっていうの。


 無茶苦茶すぎる。


 これ何て無理ゲー?


「ちなみに<Infinite>で一番稼いでる人ってどのくらい稼いでいて、全体のどのくらいの割合いるの?」


《俗に“チューリオナー”と呼ばれる人達ですね。

 同じチューリオナーでもピンキリだとも言われますが、総じて年収は“兆”単位だそうです。

 3DVパフォーマー動画投稿者の割合で言えば0.000001%にも満たないようですが。

 彼らのレベルに到達するにはよほど人並み外れた能力や運やコネクションが必要でしょうが、幸いにも課題ではそこまで求められていません》


 “良かったですね”と何の感情も込められていない言葉が付け足されるが、それらは俺の耳を素通りした。


 単位がアレすぎて、もうついていけない。


 “兆”単位って国の国家予算とか、そういうレベルじゃなかったっけ?


 それとも5000年後にはものすごいインフレでも起こっているの?



 そんな人たちが積み上げてきた実績と動画投稿のイロハも知らない今の俺を比べて“良かったですね”とか言われても、正直何も響かない。


 理解できる範疇を軽くスキップで飛び越えてしまっている。


 ポカンとしている俺にわかることといえばただ一つ。



 5000年後の動画市場…いや、3DVの市場ってスゲー…。




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