Chapter 4:夢と幻想



「よ、よろしく…。

 えっと…たしか鎌と翼は収納できたはず…だよな?」


 中二病を発症していた頃に作ったオリジナルキャラクター。


 中二病的な要素をこれでもかと盛り込んだ設定だったが、背中から生えている黒い翼と身長と同じ長さの鎌は出し入れ自在だったはずだ。


 もちろん、魔法的なアレで。


《はい。

 “死の鎌デス・サイス”と“漆黒の翼ダーク・ウィング”は自由に出し入れすることができます。

 実行しますか?》


 やめてっ!


 星夜のSAN値はもうゼロよっ!



 両手で熱くなっている顔面を覆いつつ、もう叫ぶことも出来ずにブンブンと首を縦に振る。


 すると、“了解しました”という涼やかな声ですんなり受け入れられた。



 あの姿、あの声で、“くっ、左胸が疼く…ッ”とか“邪眼の効力が…”とか言われたら悶絶死する自信がある。


 漆黒の黒に染まった翼と左肩から左胸にかけて刻み込まれた龍が実は呪いの証だとか、右目には別の魔物が封印されていて効力を発揮するとオッドアイになるとか。


 “彼”は…そりゃ色々な妄想を詰め込んだオリジナルキャラクターだからだ。


 当時色々と似合う名前を考えてはいたのだがこれだという名前には出会えなかった。


 だが『リュシオン』とその声で堂々と名乗られると、不思議なものでそれがしっくりくるような気もしてくる。


 最初からそんな名前だったように。



《マスター、ご命令オーダーを》


 何とか心拍数を正常に戻して顔を上げようとした俺の耳に再び破壊力のある言葉が投げかけられた。


 不意打ちを喰らってぐぅっと喉の奥が鳴った。


 何なの!


 俺が何をしたっていうのっ!


 黒歴史の塊(過去の産物)にグーで殴り続けられるような悪いこと、した!?


「死体蹴りは反則だとおもう!」


《は…?》


 思わずキッと睨んで恨みがましく叫ぶと小首を傾げられた。


 どうやら本気で理解していないらしい。



 俺の口で1から全部説明しろって言うのかあああぁっ!



 声にならない叫びを胸の内で迸らせながら床をゴロゴロと転げまわった。


 思う存分転げまわった。


 結果、とても疲れた。


 依然として何も問題は解決しなかったけど、なんだかスッキリした。



 俺って結構単純…ごほん。



 リュシオンは呆気にとられているのか呆れているのかは知らないが、ただ無言でそれを眺めていた。


 転げまわったせいで乱れた呼吸を整えつつ俺が立ち上がって咳払いするまで。


「そういうの、いらないから。

 “普通”でいいから、“普通”で」


《はぁ…》


 いまいち理解していないような、頼りない返答が返ってきた。


 だがいい。


 極力触れないでほしい。


 俺は平穏無事に夢から目覚めたい。


《特にご要望がなければ、さっそく業務の説明に移らせて頂きます。

 まずは3DVサイト<Infinite>をご覧いただきましょう》


 そう静かに告げたリュシオンがパチンと指を鳴らすと目の前の風景が一変した。


 天井も壁も床も、目の前にあった巨大スクリーンさえ掻き消えて何もない真っ暗な空間になる。


 言葉を失っている俺の目の前いっぱいにずらりと様々な映像が流れている小窓がひしめき合うように並ぶ。


 契約内容に挙がっている動画サイトの説明以前に、この空間は何だという混乱に呑み込まれた。


「えっ?!あっ、部屋は!?これは何?!サイト!?」


《“寝室”の3Dデータサイトから3DVサイト<Infinite>にアクセスしました。

 何か問題でも?》


 きょとんとした顔で見つめられても、納得できない。


 そもそも寝室が3Dデータサイトってどういうことだ?


 今俺は立っているのに、踏みしめているはずの床が見えない。


 それは単に床が消えたとかいうのとは違う。


 確かにそこには何かがあってそこに立っているはずなのに、それが見えない。


 例えばそれが黒い木で作られたフローリングにしろ黒い絨毯にしろ、その上に立っているのだからそれは視覚的に見えるはずだ。


 それなのに、それが見えない。


 まるで重力のある真っ暗な空間に立って、煌々としたいくつもの小さなモニターに周囲をぐるりと囲まれているような妙な状態だった。



 いや、もしかして…。


「これ全部が立体映像か何かってことか?

 リュシオンみたいな立体映像を部屋全体に展開している、とか」


 それならば納得がいく。


 立体映像としては大規模ではあるが、それでも実現不可能なわけではないだろう。


《その認識は誤りです。

 これらは全てデジタルグラフィックを電子信号に変換しマスターの脳内に直接発信することにより認識されているいわば“幻覚と幻聴”です》


「…は?」


 思わず声に出ていた。



 何を言っているんだ、コイツは。


 誰か俺に解るように説明して。


《理解できないのであれば、“幻想”と言い換えてもいいでしょう》


 うん、わからない。


 夢の中の登場人物が「これは幻想です」っていうのはある意味で珍しいけども。


「いや、目が覚めたら忘れるんだっていうのは分かってるけどさ。

 えっと…つまり夢特有の不条理理論とか、そういう…?」


 リアルの色んな法則やら定義を余裕で無視しているから、あんまり突っ込んでアレコレ聞いちゃいけないやつだろうか。


《いえ、これは“夢”ではありません。

 実際には実在していていない、という意味です。

 マスターが立っている床も、マスターが触れているご自身の肉体も…つまりマスターが今五感を使って理解・認識しているもの全てが“幻想”だということです》


 うん、だからどういうことだってばよ?


 “これはただの夢です”と“これらは全部幻です”がイコールにならない状況というのは、つまりどういうことだ?



 更に脳内に“?”が散らばり渦巻くのを感じつつ眉を寄せてリュシオンに問いかけた。


「これはいわゆる“夢”じゃないんだよな?」


《はい》


「でも“幻”なんだよな?」


《その通りです》


「じゃあこれは何だよ?魔法、とか?」


 いくらリュシオンを構成するものが俺の黒歴史でも、こんな特殊設定の世界観を基にしてリュシオンを創ったわけではない。


 リュシオンは天使とか悪魔とかが普通に存在している世界観を背景に作ったのであって、5000年後の未来とか露ほども設定がかすらない。


《そんなファンタジックなものではありません。

 これは現代科学…いえ2019年時点から考えると5000年後の未来科学が生み出している“幻想”なのです》



………は?




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