君もキジムナー

 花火の音が鳴り響く中、何故だかちょっと勝ち誇ったように微笑むアコちゃんを前に、天音くんも僕もボーっとしていた。

告宣戦布告にも似たアコちゃんの言葉に、天音君はどう返事をすればいいかわからない様子だった。

 そんな僕らをよそにアコちゃんは夜空へと視線を向け、変わり種花火の絵柄に小さく笑い声を上げている。


 返事なんて要らないよ。

 そう言っているみたいに。


 天音君の腕の中から見上げるアコちゃんは、僕の知らない女の子みたいだ。

 花火が打ち上がる度、大きな瞳の中できらめきが咲いて、白い滑らかな頬には色とりどりの光が踊っている。

 花火が何発か夜空で散った後、次の乱れ打ちの為に少しの間があった。そこで、天音君がようやく口を開いた。


「その人って・・・・・・木下さんの――」


 質問の終わりの方は、花火の打ち上がるドオンという音にかき消された。

 けれど、アコちゃんには天音君が何を尋ねたのか判ったみたいで、目を細めて微笑んだ。潤んで光る黒い弧は、健気に何も零さかった。


「うん」


 花火が激しく打ち上がって、歓声が上がる。

 もう誰にも何も、花火の爆ぜる音しか聴こえない。

 でも僕には聞こえた。


「だから私も神楽君を好きになれて幸せ」


 再び夜空が大人しくなった。

「次の花火玉に不備があったのでしばらくお待ちください」と、アナウンスが流れて、ガジュが天音君に「なんか言えよ」というようなジェスチャーをしている。

 二人が会話しやすいように、花火玉に何かしたみたいだ。

 余計なことを。という目で見ると、ガジュは僕に尻を振って言った。


――ワン、ナンヤティンナイサ~♪


 天音君はそんなガジュに苦笑いした後、拗ねた子供みたいにアコちゃんに言った。


「応えられないかもしれないのに?」


 その拗ねた言い方は、「本当に玩具買ってくれるの?」って疑う子供みたいだった。


「それとこれとは別なんだよ。応えられないのはやっぱり悲しいけど、好きでいるのは幸せなの。絶対にそうなの」

「ふぅん・・・・・・」


 ふぅん・・・・・・おもしれーオンナ、みたいになるのだけはやめて欲しいなぁと、僕は願った。

 

「今まで全然気づいてなかった。それどころか、蔑ろにしていたの。失って気づくくらいなら、失わずに気づかないでいたかったけどね、そうもいかないね。私はたくさん愛をもらったのに、もう返せない」


 アコちゃん。

 ごめんねアコちゃん。

 あの時、なんで見ず知らずの親子を助けに行ってしまったんだろう。

 こんな言葉を、アコちゃんが言わなくても良かったのに。

 だけどあの親子が君に見えてしまったんだ。

 あの赤ん坊も、若い母親も。僕の甘やかな過去と未来に見えてしまったんだ。

 そんな錯覚を起こしてウッカリ死んでしまうくらい、君に出会ってからの僕はまともじゃなくって、ほとんど狂っていて、だからたまらなく幸せだった。


 そうだ、愛するって幸せなんだ。どんな結果になっても「ああ幸せだったな」って小指の先ほどでも思えるものなんだ。

 アコちゃん、君は正しい。(そして僕も正しい)(アコちゃんはえらい)


 どうしようもない事実を抱えた同級生の女の子を前にして、どうしようもない事情を抱えた天音君は黙ってアコちゃんの後悔の言葉に頷いた。

 アコちゃんは天音君が頷いた事に少しもどかしげに言葉を紡ぐ。

 

「ちょっと違うかもしれないけれど、神楽君は私と同じだと思う。愛を返す先が、受け取ってくれる先が、今まで崩れてしまって無かったんでしょ? ・・・・・・こんな言い方って失礼かな?」


 そう言って天音君の顔を見上げたアコちゃんは、ハッと表情を強ばらせた。

 

 どうしたのかと、僕が彼の顔を見上げる間でも無かった。

 ぽた、ぽた、と、僕の葉に滴が数滴落ちて来ていた。

 

 お話の最後には必ず関係が破綻してしまう。そんなキジムナーが、天音君の中にもいたんだ。


――ンチャ、ンチャ・・・・・・

 

 実際のキジムナーであるガジュだけが、何やら頷きながら陽気にぴょんぴょん跳ね踊っていた。


「泣かないで。ごめんね」

「いや、俺こそごめん。えー、なんだろう」

「ねぇ、きっと大丈夫だよ。私たちに、きっと良いことがあるよ」

「うん」


―――カフーアラシミソーリ!!


 ガジュが叫んだ。

 すると炭酸ジュースの栓が一斉に抜けたみたいに、花火がバンバン打ち上がって光が至るところで瞬いたんだ。



 なんかなぁ。面白くない。

 16か17年の内にどれだけ無理解と拒絶にあってきたのか知らんが、僕だってアコちゃんから無理解と拒絶のオンパレードだったぞ。善かれと思ってする事全て裏目に出るし、キモーいとか臭ーいとか面と向かって言われたり、お小遣い欲しい時だけすり寄ってきたり・・・・・・うぅ・・・・・・痛気持ち良すぎる・・・・・・アカン、思い出すのをやめよう。

 とにかく、なのにお前はなんだ!!

 愛せないとかなんとか愚図って、あげくにふんわり死にたがりやがって!!

 

 僕は怒った。天音君のいろいろな問題に振り回されていたが、本来僕はアコちゃんの為だけに粉骨砕身する存在なのだから、そっちに集中させてもらうわ。うちはうち、よそはよそ!!

 それによくよく考えたら、性的欲求はあるものの、愛がもにょもにょだから後ろめたくてアコちゃんを性的対象に出来ないの大いに結構、最高のスペック(?)じゃないか!!

 一生愛に目覚めずに悶々として生きるがいい。そしてアコちゃんは一生清らかなままで、ゆくゆくは妖精になり、ガジュマルの根元でガジュとほんわか永遠にハッピーに過ごせばいいのだわはは!!

 すんごく気分がいいーーーー☆

 よっしゃ、やったるぜ!!

 

 僕は天音君の涙を養分にしながら、気分爽快、やる気満々で天音君の運命を覆す覚悟を決めた。

 アコちゃん。何度でも言うけど愛してるよ。

 今度は、僕がすぐそばにいた事に気づかないでくれ。

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