伝染してパワーアップするもの

 僕は、天音君にもっと生きたいと思って欲しがっていた。

 死んだら未練となるような、大切なものや夢を持って欲しかった。

 この世を地獄と思って欲しくない。

 だってさ、奇跡を起こしにくいじゃないか。

 だからさ、誰か奇跡を起こしてくれないかな。

 天音君が「やっぱりこの人生も悪くないかも」なんて考え直すようなさ。



 僕も花火が見たいと言って頼むと、天音君は快く僕の鉢を抱えて花火大会の会場へと連れて行ってくれた。

 法被ガジュマルたちのおかげで成長した僕の鉢は、ずっしりと重くて結構なお荷物極まりなかったし、それを持つ天音君の「なにあの人?」感も半端なかった。

 でも会場には小型犬とか抱いて歩いている人がたくさんいたし、重さも大きさもそう違いはないだろうと、僕は楽観する。

 なんなら、屋台の食べ物を見て涎を垂らしたりしないし、糞尿もその辺でしたがらないからガジュマルの方が偉いしファッショナブルだとすら思う。その辺に置いておいても勝手にどっか行かないしな。連れて歩くのにこれ以上のお利口さんはいないだろう。


 だけどアコちゃんは天音君が抱える僕を見て、怪訝そうに顔をしかめた。

 うんうん、花火大会にガジュマルの鉢抱えて来る奴になんか、誰だって顔をしかめるよな。僕も同じ立場だったら顔をしかめるし、「置いてきなさい」って言う。

 まぁ、あくまでガジュマルを連れてくる奴が奇特なだけで、ガジュマルが悪いわけじゃないから、僕は傷つかないが。

 

「神楽君・・・・・・ガジュマル持ってきたんだね」


 アコちゃんは「なんで?」とか「邪魔じゃない?」とか色々言いたい事はあるけど取りあえず呆気にとられてこれしか出ない、という様子で、目の前の天音君の状況を口にした。


「うん。植物に話しかけると元気になるっていうでしょ? そういうのと同じで、綺麗な花火をみせるのも良いんじゃないかなって思ったんだ」


 天音君は本当にそう思っているみたいにアコちゃんに説明した。

 アコちゃんはそんな彼を見て、くすぐったそうに微笑んだ。

 可愛い。久しぶりの生アコちゃん可愛い。

 涼しげで愛らしい桃色の浴衣を着て、髪をくりくりっと可愛く纏めてるアコちゃんが可愛い件について本一冊分くらい叫びたい。

 

「音でびっくりしちゃうかも。キジムナーも来ているの?」


―――ハイサイ! アコ~、デージ、チュラカーギー♡


 ガジュが僕の根元からぴょーんと飛んで、アコちゃんの肩にとまってデレデレした。

 僕の成長と共に大きくなったガジュだが、アコちゃんはガジュの姿を見れないし重さも感じていないみたいだ。

 

「来てるよ。今日はお祭りだし、木下さんが邪悪な願いを思い浮かべる暇も無いだろうと思ったんだけど、どうかな」

「・・・・・・ありがとう。うん、大丈夫。鉢を変えたんだね。大きくなってる」


 アコちゃんは天音君がもたらした(と、彼女は思っている)僕の変化を探しては、嬉しそうにした。

 僕の幹にまわされた締縄を見つけると、不思議そうにしていた。


「これはどうしたの?」

「あー・・・・・・お祭りだから。お祭りっぽいでしょ?」


 天音君が適当な説明をした。

 僕もこれがなんなのか、実はあまりよく分からない。なんとなく分かる事といえば成長に必要なものなんだろうな、ということくらいだ。

 結局あの法被のガジュマルも大きなキジムナーもなんなのか分からないし。

 アコちゃんは納得したのかニッコリ笑った。 


「そっか。大事にしてくれてありがとう」

「いや、こちらこそ。ガジュマルを部屋に置いてから、なんか賑やかで楽しいよ」


 天音君がそう言うと、アコちゃんは微笑んだ。だけど僕の角度からは、微笑んだ後にうつむいた時の寂しそうな表情がよく見えた。

 僕はその表情がちょっと嬉しかった。いや、大分・・・・・・。

 ガジュマルになってからずっとそうなんだが、アコちゃんがこういう時に喜んでしまうのは本当に皮肉で、ジレンマを感じる。

 でも、そんなの感じている場合でもない。

 僕は注意深く辺りを見回した。

 暴漢がいつどんな風に危害を加えてくるか、判らないからだ。

 辺りは人、人、人だらけだ。

 皆楽しそうに屋台と屋台の間を行き交ったり、花火がよく見えそうな場所を求めてウロウロしている。

 天音君とアコちゃんも彼らの波に乗って、屋台でたこ焼きやイチゴ飴などを買いつつ会場の河川敷を楽しげにそぞろ歩いた。そしてなんとか腰を下ろせる場所を見つけ出すと、楽しげに・・・・・・って、デートじゃんこれ!!

 僕のアコちゃんが天音君と思いっきりデート楽しんどる!!

 

 嫌!! 嫌アアアアアアア!!!

 ぶち壊したい欲が破裂しそう!!

 

「もうすぐ花火があがるねー」

「そうだねー」


 僕の心境をよそに、二人はポヤポヤと祭りの空気を楽しんでいる。

 夏の空がうっすら暗くなってきていた。

 待ち遠しそうに空を見上げて、アコちゃんがぽつりと言った。

 

「今日一緒に来てくれてありがとう」

「うん。俺こそ誘ってくれてありがとう」

「えへへ・・・・・・。本当は、人混みがちょっと怖いの」

「大丈夫なの?」

「うん。大丈夫にしなきゃと思って」


 アコちゃんはそう言って無理に笑って見せた。

 

 ・・・・・・なぁ、天音君。こんなアコちゃんを見て、本当に男としてなんとも思わない?


「無理しない方が良いと思うけど、今日はキジムナーが木下さんを守ってくれるよ」


 うんうん。僕が一生守るよ、アコちゃん。

 けれど、天音君の言葉にアコちゃんはこう答えた。


「・・・・・・うん。でも、私はね、神楽君と一緒だからって自分を励ましているの」

「え、どうして?」


 キョトンとし過ぎるくらいキョトンとして、天音君が尋ねたから、僕は傷つく暇もなく「わかんないのかよ!?」とツッコミそうになった。


「ど、どうして・・・・・・? ええと、誰にも言えない悩みから助けてくれたからかな。さっきみたいに正直に怖いとか頑張ろうとしている事とか言えるし、きっと隠さなくていい事が心地良いんだと思う」

「うーん。木下さんは、俺だけじゃなくて誰にだって素直な気持ちを隠さなくて良いんだよ。だって何も悪い事していないんだからさ」


 天音君は、とりつく島もない。僕に気を遣っているとかじゃなくて、天然でツルツルの絶壁なんだと思う。

 

「う、うん・・・・・・ありがと」

「木下さんなら、木下さんの気持ちを理解して側にいてくれる人がたくさんできると思うよ。頑張ってね」

「うん・・・・・・、あの、あのね、あの・・・・・・」


 ツルツルの絶壁になんとか手を引っかけたいアコちゃんなんだけど、ちょっと難しいツルツル具合で可愛そう過ぎる。


「で、できれば、神楽君にずっと側にいて欲しいの」

「あはは。そんなこと、改めて言わなくても木下さんが可能な限りは友達でいるよ」

「と、とととと友達じゃなくて・・・・・・っ、か、彼女としては、どうですか・・・・・・」

「あー・・・・・・それは、ゴメンナサイ・・・・・・」


 キッサマー(貴様)!!

 なんかもう、告られたりフッたり色々天音コノヤロウキッサマー!!


 葉脈がブチ切れそうな僕を、ガジュが抱きしめてくれた。羽交い締めに見えなくもなかったけど。


 アコちゃんは真っ赤になってうつむくと、やっとこさ声を出した。


「だ、誰か好きな人がいるのかな?」

「いないよ。俺、恋とか愛とか感じないんだ。本当は友情もあんまり分からない。それは、子供の頃から見えたり感じたりしている事を信じてもらえずに、気味悪がられたり否定され続けたからかもしれないし、そんな理由関係なくて、ただ単にそういう人間なのかもしれない。でも性的な欲求は持っているから、我慢できずにいつか誰かに嘘をつくかも」

「・・・・・・」

「木下さんには嘘吐きたくない。お返しができるフリをして何かを貰いたくない」


 ああ、アコちゃん。君が余計に天音君に惹かれていくのがわかる。

 だけど、どうかこの男から心を離して欲しい。

 愛情を持たない善い奴なんて愛したら地獄だぞ。

「こんなに愛しても」とか「もっと愛してあげたらきっと」とか、そういう地獄に落ちるんだ。

 けれど、天音君は善い奴だから君を地獄へ落とさないようにするだろう。君に冷静になるように諭すか、君から自ら離れていくか・・・・・・。

 その時君は、君が恐れた「裏切られたキジムナー」になっちゃうんじゃないかな。

 そんなの嫌だ。君の恋が叶って誰かのものになるよりも嫌だ。

 やっぱり無理矢理にでもそばにいて、消えてしまってもいいから二人が親しくなるのを阻止するべきだった。

 もっともっと気をつけて、与える幸福に気づかれないようにすればよかった。そうしたら、こんな風にはならなかったんだ。

 

 いや・・・・・・でも・・・・・・。

 天音君は今日死ぬんだ。

 だから・・・・・・だから、こんな心配も後悔も必要ないんだ。


 ヒューッ、と、花火が打ち上がる音が空へ昇っていく。

 魂の音みたいだ。

 大きな音をたてて弾ける色とりどりの閃光に、アコちゃんと天音君と僕の陰が伸びる。

 アコちゃん、どうして微笑んでいるんだ。

 火の粉が小さく爆ぜながら落ちる音に紛れて、アコちゃんが言った。


「私、愛情とか全然分かってなかった頃からずっと、お返しなしでも平気で愛を与える人を知ってるけど、幸せそうだったよ」


 ドーン、と花火が鳴る。

 花火よりもキラキラと瞳を輝かせるアコちゃんを、僕と天音君はポカンと見つめたんだ。







 


 


 

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